Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
1980年代に放送されていたウィリアム・ウーラード時代のトップ・ギアに出演していた私は、面白い車にはまったく乗ることができなかった。当時の上層部は「面白い車になど誰も興味はない」と言っていた。
なので私は毎週毎週つまらない車のレビューを行っていたのだが、そんなある日、私はルノー・クリオに試乗した。私は「何の変哲もないただの車」以外の表現ができず、結局番組を降板することになった。
先日、シュコダ・ファビアに試乗して似たような感覚を味わった。ファビアは単なる金属とガラスとプラスチックの集合体でしかない。決して欠陥のある車ではなかったのだが、同様に魅力も存在しなかった。
こんな車について記事を1本書ける気がしなかった。ただ、幸いなことにファビアと入れ替わりでやってきた試乗車についてなら簡単に記事が書ける。その車こそ、プジョー・リフターだ。
この試乗車を見た The Grand Tour のスタッフは大笑いし、その笑い声は読者の耳まで届いたかもしれない。賢明にもプジョーの担当者は駐車場の端にリフターを停めてくれたのだが、それでも皆が集まって嘲笑した。
「お気の毒に。今週はずっとこんな車に乗らなきゃいけないんだな。」
その反応も当然だ。ファッション評論家が自分に合わないXLサイズのビニール服を着て1週間過ごすような話なのだから。
リフターという名前も問題だ。まるで大麻吸引器具のような名前だ。あるいは、フランクフルトの空港で行われているサービスの名前のようだ。しかもこれはプジョーだ。壊れたレコードのように言っていることだが、プジョーはかつてのボルボの精神を継ぐ会社だ。
ルームミラーに何かを吊るしている人はプジョーを運転している。ルームミラーに物を吊るすのは運転できないサインとして世界的に知られている。「何の前触れもなく間抜けな行動に移ることがあります」と周りに警告しているようなものだ。そしてだからこそ、Uberの運転手は全員ミラーに何かを吊るしている。
しかも、車に乗り込んでエンジンをかけてみると、陰鬱なディーゼルの音が響いた。私はこれを聞いて非常に嬉しかった。これは低評価を付けられる車だ。出来の悪い車についてならいくらでも文章を書くことができる。
ところが、文章について考える暇など与えられなかった。乗り込んですぐに潜水艦の警笛のような音量でシートベルト警報音が響いた。その音をなんとか止めるためにシートベルトを締めると、今度は駐車場の入り口のゲートを感知し、ぶつかりそうだと大音量の警報を響かせた。この車はほぼ常時パニックに陥る。しかもかなりやかましい。リフターはきっと、自分がプジョーであると理解しており、運転する人間の傾向も察知しているのだろう。
ただ、駐車場にいるときに気付いたのだが、この車はやたら小回りが利き、ステアリングは笑えるほどに軽い。しかも、駐車場の出口にあったスピードハンプに乗り上げても何も感じなかった。
街中では普通に買える車の中でこれより快適な車は存在しないだろう。タイヤはまるで特殊部隊の兵士だ。街中の路面の衝撃に常に対処しつつも、その苦しみを上層部には一切伝えずに平然とした顔をしている。ところが、高速域になると途端に対処できなくなり、完全なる混乱が生じてしまう。とはいえ、プジョーのドライバーはスピードなど出せないので、これが問題になることはないだろう。
一度老婆の運転する遅いローバーを追い越したのだが、その際に右側のタイヤが道端の草地に乗り上げた。その際の振動はかなり酷く、50口径の機関銃で撃たれたのかと思った。ただもちろん、プジョーのドライバーがこんな経験をすることはない。プジョー乗りは一生で一度たりとも誰かを追い越すことはない。プジョーのドライバーにとって、追い越しとは犯罪以外の何でもない。
リフターに問題点はない。この車はニュルブルクリンクで記録を生み出すために設計された車ではない。この車は、ニュルブルクリンクで記録を生み出そうとしない人、つまり世界中にいるすべての人間のために設計されている。
街中での乗り心地の良さや軽いステアリング、小回りの良さは誰もが気に入るだろう。それに、室内空間の広さも気に入るだろう。
ここで言っておきたいのだが、リフターはバンだ。後ろには工具ではなくシートが存在するのだが、あくまでバンとして設計された車であり、シートが付いたところでバンであることに変わりはない。こんな車でモンテカルロの高級ホテルに行けば業者用の搬入口に誘導されてしまうだろう。しかし、子供を学校に送迎したいなら、あるいは休日の行楽に使いたいなら、この車はぴったりだろう。
試乗した5人乗りモデルの荷室はかなり広く、セントバーナードなら3頭は乗せられるだろう。しかも、天井にもスーツケースが入るほど巨大な収納スペースが用意されている。室内には大量の収納スペースがあり、冗談抜きで1Lのペットボトルを車内でなくしてしまった。室内でかくれんぼをしても太っていない限り誰にも見つからないだろう。
室内の居心地も良い。ダッシュボードからガラスルーフに至るまで、車内にはアールデコ調の見事な照明が装備されている。ステアリングは個性的だし、ダッシュボードの見た目も良い。試乗車にはリアシートに飛行機のような折畳式テーブルまで装備されていた。
新フォーマットで再始動した2002年のトップ・ギアで私が最初に試乗した車はシトロエン・ベルランゴで、この車もシートが装備されたバンだった。私はベルランゴを気に入り、正直なことを言えば、リフターも気に入った。
悪天候の日に高速道路を運転すると横風に煽られてしまったのだが、プジョーのドライバーは高速道路を高速で走ることはないので心配する必要はないだろう。彼らは高速道路の負け犬車線を車内でハンドバックを探しながら65km/hで走る。
もしそんな運転をしがちな人…つまり、普通に子供を持って、普通にホームセンターに行って、普通に旅行をするような、車に興味のない普通の人なら、リフターこそがぴったりだろう。
まだこの車の最大の魅力に言及していない。価格は19,689ポンドからだ。大量の警報付きの7人乗り8速AT車を選んだとしても、価格はわずか27,359ポンドだ。ボディサイズを考えれば狂気的な安さだ。
和牛を嗜んだり、やたら泡立ったソースを見て感激したりする食通も存在する。けれど、そういう人達も普通の塩と普通の酢で味付けしたフィッシュ・アンド・チップスで満足できるはずだ。
プジョー・リフターは自動車界のフィッシュ・アンド・チップスだ。見た目は決して良くないし、大して信頼性も高くない。けれど、コストパフォーマンスは良いし、ただ車が”必要”なだけなら、これほど良い車はないだろう。
今回紹介するのは、プジョー・リフターのレビューです。
1980年代に放送されていたウィリアム・ウーラード時代のトップ・ギアに出演していた私は、面白い車にはまったく乗ることができなかった。当時の上層部は「面白い車になど誰も興味はない」と言っていた。
なので私は毎週毎週つまらない車のレビューを行っていたのだが、そんなある日、私はルノー・クリオに試乗した。私は「何の変哲もないただの車」以外の表現ができず、結局番組を降板することになった。
先日、シュコダ・ファビアに試乗して似たような感覚を味わった。ファビアは単なる金属とガラスとプラスチックの集合体でしかない。決して欠陥のある車ではなかったのだが、同様に魅力も存在しなかった。
こんな車について記事を1本書ける気がしなかった。ただ、幸いなことにファビアと入れ替わりでやってきた試乗車についてなら簡単に記事が書ける。その車こそ、プジョー・リフターだ。
この試乗車を見た The Grand Tour のスタッフは大笑いし、その笑い声は読者の耳まで届いたかもしれない。賢明にもプジョーの担当者は駐車場の端にリフターを停めてくれたのだが、それでも皆が集まって嘲笑した。
「お気の毒に。今週はずっとこんな車に乗らなきゃいけないんだな。」
その反応も当然だ。ファッション評論家が自分に合わないXLサイズのビニール服を着て1週間過ごすような話なのだから。
リフターという名前も問題だ。まるで大麻吸引器具のような名前だ。あるいは、フランクフルトの空港で行われているサービスの名前のようだ。しかもこれはプジョーだ。壊れたレコードのように言っていることだが、プジョーはかつてのボルボの精神を継ぐ会社だ。
ルームミラーに何かを吊るしている人はプジョーを運転している。ルームミラーに物を吊るすのは運転できないサインとして世界的に知られている。「何の前触れもなく間抜けな行動に移ることがあります」と周りに警告しているようなものだ。そしてだからこそ、Uberの運転手は全員ミラーに何かを吊るしている。
しかも、車に乗り込んでエンジンをかけてみると、陰鬱なディーゼルの音が響いた。私はこれを聞いて非常に嬉しかった。これは低評価を付けられる車だ。出来の悪い車についてならいくらでも文章を書くことができる。
ところが、文章について考える暇など与えられなかった。乗り込んですぐに潜水艦の警笛のような音量でシートベルト警報音が響いた。その音をなんとか止めるためにシートベルトを締めると、今度は駐車場の入り口のゲートを感知し、ぶつかりそうだと大音量の警報を響かせた。この車はほぼ常時パニックに陥る。しかもかなりやかましい。リフターはきっと、自分がプジョーであると理解しており、運転する人間の傾向も察知しているのだろう。
ただ、駐車場にいるときに気付いたのだが、この車はやたら小回りが利き、ステアリングは笑えるほどに軽い。しかも、駐車場の出口にあったスピードハンプに乗り上げても何も感じなかった。
街中では普通に買える車の中でこれより快適な車は存在しないだろう。タイヤはまるで特殊部隊の兵士だ。街中の路面の衝撃に常に対処しつつも、その苦しみを上層部には一切伝えずに平然とした顔をしている。ところが、高速域になると途端に対処できなくなり、完全なる混乱が生じてしまう。とはいえ、プジョーのドライバーはスピードなど出せないので、これが問題になることはないだろう。
一度老婆の運転する遅いローバーを追い越したのだが、その際に右側のタイヤが道端の草地に乗り上げた。その際の振動はかなり酷く、50口径の機関銃で撃たれたのかと思った。ただもちろん、プジョーのドライバーがこんな経験をすることはない。プジョー乗りは一生で一度たりとも誰かを追い越すことはない。プジョーのドライバーにとって、追い越しとは犯罪以外の何でもない。
リフターに問題点はない。この車はニュルブルクリンクで記録を生み出すために設計された車ではない。この車は、ニュルブルクリンクで記録を生み出そうとしない人、つまり世界中にいるすべての人間のために設計されている。
街中での乗り心地の良さや軽いステアリング、小回りの良さは誰もが気に入るだろう。それに、室内空間の広さも気に入るだろう。
ここで言っておきたいのだが、リフターはバンだ。後ろには工具ではなくシートが存在するのだが、あくまでバンとして設計された車であり、シートが付いたところでバンであることに変わりはない。こんな車でモンテカルロの高級ホテルに行けば業者用の搬入口に誘導されてしまうだろう。しかし、子供を学校に送迎したいなら、あるいは休日の行楽に使いたいなら、この車はぴったりだろう。
試乗した5人乗りモデルの荷室はかなり広く、セントバーナードなら3頭は乗せられるだろう。しかも、天井にもスーツケースが入るほど巨大な収納スペースが用意されている。室内には大量の収納スペースがあり、冗談抜きで1Lのペットボトルを車内でなくしてしまった。室内でかくれんぼをしても太っていない限り誰にも見つからないだろう。
室内の居心地も良い。ダッシュボードからガラスルーフに至るまで、車内にはアールデコ調の見事な照明が装備されている。ステアリングは個性的だし、ダッシュボードの見た目も良い。試乗車にはリアシートに飛行機のような折畳式テーブルまで装備されていた。
新フォーマットで再始動した2002年のトップ・ギアで私が最初に試乗した車はシトロエン・ベルランゴで、この車もシートが装備されたバンだった。私はベルランゴを気に入り、正直なことを言えば、リフターも気に入った。
悪天候の日に高速道路を運転すると横風に煽られてしまったのだが、プジョーのドライバーは高速道路を高速で走ることはないので心配する必要はないだろう。彼らは高速道路の負け犬車線を車内でハンドバックを探しながら65km/hで走る。
もしそんな運転をしがちな人…つまり、普通に子供を持って、普通にホームセンターに行って、普通に旅行をするような、車に興味のない普通の人なら、リフターこそがぴったりだろう。
まだこの車の最大の魅力に言及していない。価格は19,689ポンドからだ。大量の警報付きの7人乗り8速AT車を選んだとしても、価格はわずか27,359ポンドだ。ボディサイズを考えれば狂気的な安さだ。
和牛を嗜んだり、やたら泡立ったソースを見て感激したりする食通も存在する。けれど、そういう人達も普通の塩と普通の酢で味付けしたフィッシュ・アンド・チップスで満足できるはずだ。
プジョー・リフターは自動車界のフィッシュ・アンド・チップスだ。見た目は決して良くないし、大して信頼性も高くない。けれど、コストパフォーマンスは良いし、ただ車が”必要”なだけなら、これほど良い車はないだろう。
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