Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、アストンマーティン・ヴァンテージのレビューです。


Vantage

近所にあるレストランのオーナー達はどうやら客が全員不細工で食事相手の顔すら見たがらないと判断したらしく、照明を極端なほどに暗く設定している。

おかげで、食事相手の顔はよく見えないし(かといって相手をイルカや犬と見間違えることもない)、いぼや皮膚病に気付くこともない。とはいえ、トイレに行くたびに他人の机にぶつかるようなことはない。なぜなら、誰もがiPhoneのトーチ機能を使ってメニューを読んでいるからだ。

アムステルダムのホテルにも似たような問題がある。受付の場所が分かるくらいの明かりはあるのだが、足元に低い台が置かれていることには気付けない。受付の人は血だらけになったキーボードを操作しながら「皆さんここで躓かれるんですよ」と言う。

暗闇を求めている時や状況はある。例えば星を眺めるとき、例えば眠るとき。しかし、それ以外の場面においては、自分の目の前の光景はしっかりと見えるようにしてほしい。特にアストンマーティンの新型ヴァンテージに乗っているときはそうだ。

残念ながら、ヴァンテージでは前がまともに見えない。この車は私がこれまで運転してきた車の中で初めて「ムードヘッドランプ」とやらが装備されていた。このヘッドランプは間接照明レベル、もしくは上映中の映画館内レベルの光を発するのだが、雨の降る11月の夜10時に急カーブの先を照らすことはできない。

曲がった先に対向車がいたところでどうすることもできない。ロービームでこの車が放つことのできる光は、北斗七星のそばにある4等星よりも暗い。

昔はヘッドランプの暗さについてよく文句を言っていた。まともに窓を拭けないワイパーもあったし、風切り音の酷いドアミラーもあった。しかし、最近の自動車はまともになってきている。しかし、ヴァンテージのヘッドランプは現代の水準に達していない。

問題は他にもある。インテリアはDB11やDBSほど酷いわけではないのだが、メルセデスの操作系やディスプレイは2世代ほど昔のものだ。それに、ステアリングはいまだオースチン・アレグロのごとく四角いままだ。

rear

しかし、これ以上問題点はない。四角いステアリングや「前方に魔女がいます」と言うようなナビ、それに最悪のヘッドランプを例外として、ヴァンテージは心が締め付けられるほどに求めてしまう車だ。

言うなれば、高速道路のサービスエリアで売っているチョコレートバーだ。こんなもの、本当は欲しくなどないということは理解している。こんなもの、本当は必要もないことは知っている。けれど、店先で私のことを誘惑してくる。

その理由の大半は見た目にある。1960年中頃以来、美しくないアストンマーティンなど出ていない。しかも、ただ小さく美しかった旧型ヴァンテージとは違い、新型ヴァンテージには獰猛さがある。しかも、もはやヴァンテージは小さくもない。全長も全幅も約8cm拡大している。

ポルシェ 911とアストンマーティンはまったく別種の車だ。アストンは見た目がすべてであり、一方のポルシェはコーナーをどれだけ速く走れるかがすべてだ。ただ、新型ヴァンテージに関しては中身についてもそれなりに良くなっているようだ。

ヴァンテージに搭載されるのは510PSを発揮するAMGの4LツインターボV8エンジンで(現在アストンマーティンはメルセデスの戦略的パートナーとなっている)、笑ってしまうほどに後ろのほうに搭載されている。ボンネットを開けてダッシュボードの方まで覗き込まないとエンジンは見えない。ほとんどミッドシップのようなものだ。

おかげで前後重量配分は完璧で、運転中にそれを実感することも(先のことすら分からない夜間は例外だが)できる。日中であれば、旧型よりも活発で、上質で、そして俊敏な車だ。本気のスポーツカーのように感じられる。

クラッチを使った電子制御トルクベクタリングシステムも装備される。つい最近までハンマーを使って車を作っていたメーカーとしてはとんでもない進歩だ。それに、実際に運転してみるとリアが非常に軽やかだ。この車は本気のスポーツカーでありながら、同時に楽しさもある。

この車の重さについては賛否両論ある。ひょっとしたらアストンマーティンの車重計測は薄暗い部屋で行われているのかもしれないのだが、どうあれアクセルを踏み込めば遥か彼方に飛び出してしまうので、重さなど関係ない。

interior

トラックモードでアクセルを踏み込むとさらに遠くまで飛び出し、半径300m以内にいる人全員が耳から出血し、ほとんど聞こえなくなってしまうだろう。ドライバーが夜中に感じる視覚障害と同程度の聴覚障害を周りに与える。

“キチ○イ”モードにするとかなりうるさくなり、しかもその音はAMGのそれともまた違う。より生々しく、赤裸々な音だ。排気管からは裸の爆発音が聞こえてくる。

運転する楽しさでは911に匹敵する。しかし、目的地には911より速く辿り着けるはずだ。なにせ、皆アストンが大好きだからだ。ポルシェだったら絶対に譲ってもらえない状況でも、アストンならば誰からも道を譲ってもらえる。

嬉しいことに、アストンは荒々しいレーシングカーではない。ノーマルモードでも走りに問題はないし、なにより乗り心地が破綻することがない。アストンがニュルブルクリンクでポルシェに対抗しようとしているという話を聞いたとき、きっと新しいアストンはハードで不寛容な車になると予想した。

しかし、そうはならなかった。ヴァンテージは正統派グランドツアラーだ。2人乗りで、使えるトランクがあり、不当な重圧を受けることもない。ヴァンテージは素晴らしい車だ。しかし果たして、最高の車と言えるのだろうか。

この記事を書いている時点で、アストンマーティンは株式市場において成功しているとは言い難い。販売台数に関しては好調な時期なのかもしれないが、ゴードン・ゲッコーやジョーダン・ベルフォートはアストンマーティンの現状を問題視しているようで、株価は低迷している。

私はウォール街やシティの世界はよく知らないのだが、少なくとも自動車業界についてはよく知っている。そんな私から見たアストンの問題点といえば、素人が見るとどのモデルも同じに見えてしまうという点だ。

しかも、最も高価なDBSスーパーレッジェーラは225,000ポンドもする。157,900ポンドのDB11と比べて価格差分の魅力があるとは思えないし、それどころか120,900ポンドのヴァンテージと比較して大きな差があるとも思えない。

要するに、ヴァンテージは同等スペックのポルシェより優れているどころか、あらゆる点を考慮すれば兄貴分にすら勝っている。私は投資家ではないのだが、アストンが戦略ミスを犯しているということは私でも分かった。