Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フォルクスワーゲン up! GTI のレビューです。


up GTI

前にも同じことを書いているかもしれないが、もし私が航空会社の経営者になったら、1週間で潰してしまうだろう。

最大の問題となるのは路線だ。ちょっと前にノースカロライナ州シャーロットに行ったのだが、ブリティッシュ・エアウェイズはシャーロット行きの直行便を毎日運航している。飛行機は貸し切り状態になるだろうと予想していた。なぜなら、朝起きて「そうだ、ノースカロライナに行こう」なんてことを考える人間が400人もいるはずなどないからだ。

ところが、私は間違っていた。以前、ボンベイからデリーまで行く鉄道に乗るとき、うっかり普通車を選んでしまったのだが、シャーロット便はそれに負けないほどの混雑ぶりだった。

コルフに関してはまったく逆だ。コルフは美しい島で、長期休暇を異国で過ごす金持ちに人気の場所だ。ところが、どういうわけか、冬になるとイギリスからコルフまで直接飛行機で行くことはできない。

ウランバートルに行こうとしたこともあるのだが、それもまた嫌な経験だった。ウランバートルはモンゴルの首都なのだが、そこに行くためにはモスクワ経由か香港経由で行かなければならない。モスクワ経由だと、サッカーのサポーターで満員の安いシートに座って行かなければならないし、空港の警備員はイギリス人と見るやたちまち態度が悪くなる。香港経由で行くと、地球を半周したあと、またイギリス方面に戻ることになる。

もし私が航空会社の経営者になったら、この問題を是正しようとするだろう。そして、聞いたこともないような土地にも直接行けるように路線を整備する。これは一見すると素晴らしいことにも思えるのだが、航空業界においてこんなことをするのは、フォルクスワーゲンが「ちょっと誤魔化そう」と言うのと同じくらい危険なことだ。

そもそも私には、航空会社どころか、自動車会社を経営する才能すらない。

先週、私はフォルクスワーゲンの新型 up! GTI に試乗した。そして私は、この車の税抜価格が11,713ポンドであるという事実に感激した。仮にフォルクスワーゲンの利益が20%だとしても、この車を製造するのに必要なコストはわずか9,761ポンドということになる。

どうしてそんな価格が実現できたのだろうか。タイヤも窓も椅子も、数はロールス・ロイス ファントムと同じなのに、ファントムは36万ポンド以上する。どちらもエンジンとトランスミッションが搭載され、中には無数の配線が通っている。どちらもエアコンやフロントパワーウインドウやスタビリティコントロールが装備されている。

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にもかかわらず、どうしてわずか9,761ポンドで車が作れるのだろうか。そんなのは不可能に決まっている。なので、もし私がフォルクスワーゲングループの経営者なら、up! の存在など無視し、利益率のずっと高いであろうベントレーに力を注ぐはずだ。

ただ、幸いなことに私はフォルクスワーゲンの経営者ではないので、テリーザ・メイへの上納金もとい付加価値税込みでもわずか14,055ポンドでこの up! GTI を購入することができる。この価格で、なんと初代ゴルフGTI の実質的な後継車を手に入れることができる。

up! GTI は初代ゴルフGTI とほとんど同じ大きさで、デザインも初代ゴルフGTI 同様、派手すぎることはない。見かけて感激することはないが、敵愾心を抱くこともない。ただし、搭載されるのは1Lの3気筒エンジンだ。3気筒エンジンは本質的にバランスが悪く、それゆえに個性的な音を響かせる。

わずか1Lなので強力とは言えないだろうし、そんな車が「GTI」を名乗るべきではないのかもしれない。ところが、フォルクスワーゲンはターボチャージャーを使うことで最高出力を115PSとしている。これは初代ゴルフGTI よりも5PS高い数字だ。

とはいえ、up! GTI は初代ゴルフGTI よりも200kg以上重い。その主な原因は乗員の命を守るための装備にある。そしてこの重さは、高速道路で追越車線に出てみるとすぐに実感する。

6速でアクセルを床まで踏み込んでもほとんど何も起こらない。そうこうしているうちに後続のBMWはパッシングで威嚇しはじめ、BMWのドライバーが「馬鹿野郎!」と言っている口の形すら見える距離まで接近してくる。

とはいえ、それ以外の部分は完璧だ。街中では自転車レーンを走ることができるし、信号加速では他の車を置いていくことができるし、入り組んだ立体駐車場でも何の苦もなく駐車することができる。ナビは装備されないのだが、代わりにスマートフォンを置くクリップが装備されているので、携帯をナビ代わりにすればいい。

他にも、USBポートやAndroid/Apple対応のインターフェイスも付いている。このインターフェイスが何なのかは書いている私もよく分からないのだが、これを気にするのは25歳未満の人間だけだろう。私からすれば、昔のゴルフGTI とまったく同じ布地のシートや触り心地の良い本革ステアリングのほうがよっぽど重要だ。

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そして、郊外に出てみて、ハンドリング性能の高さにも驚かされた。かなりのスピードを出そうと、どれだけスピードを出そうと、常にしっかりと曲がってくれる。バンプがあろうと、コーナーがあろうと、それどころか馬がいようと、減速する必要はまったくない。

この車は見た目も愛らしいし、自転車のスポークにロリポップの棒を貼り付けたときのような音を奏でるので、100km/hで自転車を追い越してもきっと誰も怒らないだろう。この車を見かけたら、きっと誰もが欲しくなるはずだ。

この車を運転するのは最高の経験だ。ハンドリング、グリップ、トルク、それらすべてが調和して、現代の車の中でも最高の走りを見せてくれる。この車を好きにならない人など存在しないはずだ。賭けてもいい。

私の知人の母はこの車を見てすぐに購入を決めたそうだ。グランド・ツアーのエグゼクティブ・プロデューサーはBMW M3を下取りに出して up! GTI を購入した。私自身はこんな車など必要としていないのだが、どうしても欲しいと思ってしまう。この車は言うなれば、4シーターハッチバックの形をした犬だ。

上述したとおり、もし私がフォルクスワーゲンの経営者なら、こんな車を買う人などいないと考え、開発資金など一銭も出さなかっただろう。けれど、実際のところ、そんな判断は大間違いだ。

ビジネスは難しい。ビジネスは退屈だ。けれど、ビジネスによって生まれてきたものが必ずしも退屈であるとは限らない。