Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ジャガー I-PACE のレビューです。


I-PACE

何年か前、ジャガーは危ない貿易業を営む少し下品な昔馴染みの顧客と決別することを決意した。ジャガーは快適で静かで美しい車を作るのをやめ、騒々しいスポーツセダンを作ることに注力するようになった。

しかし、長年のイメージというものは簡単には消え去ってくれない。どんな理由があれ、それには抗えない。結局、騒々しいスポーツセダンが欲しい人はBMWを購入する。実際、ジャガーは年間わずか4万台しかXEを販売していない。一方、BMWはXEより10万台以上多く3シリーズを販売している。しかもこれはヨーロッパに限った話だ。

今のジャガーの走りは疑いようもなく素晴らしいのだが、何かが違うように感じてしまう。レースのテーブルクロスが敷かれ、店内にパッヘルベルが流れるマクドナルドを想像してみてほしい。決して悪いことではないはずなのだが、どうしても違和感を抱いてしまうはずだ。

ジャガーには木目パネルと柔らかなレザーシートが求められている。エンジンをかけたときに「壊れているのか?」と思ってしまうほどの静けさや滑らかさが求められている。そして同時に、見た目の美しさも求められている。個人的には、シリーズ3のXJ12の時代こそがジャガーの全盛期だったように思う。

嬉しいことに、かつてのジャガーが戻ってきた。I-PACEという名前の新型モデルは、見た目も美しく、木目パネルを選択することもできるし、柔らかなレザーシートを装備することもできる。そしてなにより、この車は静かだ。実に静かだ。ネズミがカーペットの上を忍び足で歩くのと同じくらいだ。

静かさの理由は、エンジンが搭載されておらず、変速機も存在しないことにある。要するに、I-PACEは電気自動車だ。

いつの間にやら、我々の需要を満たす電気自動車が登場していた。今や、電気自動車を購入する人は変人ばかりではなく、単に自分のライフスタイルに合っている車だから電気自動車を購入するようになってきているようだ。

数日間にわたってロンドンでI-PACEを運転してみたのだが、非常に快適だった。路面の凹凸もスピードハンプも滑空するように乗り越え、パークレーンを魔法の絨毯に乗る白鳥のごとく優雅に走り抜けた。

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濡れた路面も走ったのだが、4WDのグリップは凄まじく、スヌーピーのように両目が顔の片側に寄ってしまった。ドライ路面では安心してアクセルを踏み込むことができるし、電気自動車らしく加速は暴力的で、今にも頭が取れてしまいそうに感じる。発進加速はフェラーリ級だ。

少なくともテスラよりは明らかに優れている。テスラは歴史が浅い小規模企業であり、歴史ある大企業と同じくらいに優れた車を開発できるほどの資金やノウハウはない。テスラは面白い企業だし、車には楽しい装備もたくさん付いているのだが、リアバンパー内に雨水が溜まって外れてしまったり、雪道を走ったらアンダーカバーが外れてしまったりといった報告が多数散見される。

こういった報告が事実だとしたら、テスラはジャガーなどの大企業とは違って、寒冷地でのテストを十分に行っていないことになる。ジャガーのドアハンドルは-10℃でも機能するように設計されているのだが、テスラのドアハンドルは、所有者の誰に訊いても-10℃ではまともに機能しないという。

つまり、I-PACEは欲しいと思える車だ。美しく、快適で、実用的で、賢明で、なにより、電動パワートレインのおかげで非常にジャガーらしい車に仕上がっている。さて、これくらいで締めたいところなのだが、そうは問屋が卸さない。

I-PACEの航続距離は公称値で約470kmだそうだ。実際、実験室の中で電子制御されたジェームズ・メイが運転したらその数値を実現できるだろう。しかし、カタログ燃費と同様、航続距離に関しても現実とカタログスペックにはかなりのギャップが存在する。

私は金曜の午後に4人の同乗者と満杯の荷物を乗せてロンドンを出発した。出発時、航続距離は190kmと表示されており、110km先の私の家までなら簡単に辿り着けるだろうと考えた。

ところが、M40を走っていると、航続距離が墜落中の航空機の高度計のごとく急落しはじめた。ひょっとしたらジャガーに表示されている距離の単位は一般的に使われている距離の単位とは違うものなのかもしれない。私の知っている1kmはわずか数秒で走り抜けられるような距離ではない。

さらに進むと、事故が起きていた。車2台の事故で、消防車が6台も集まっていた。集まり過ぎなのはいつものことで、おかげで長蛇の列ができていた。航続距離は減って、減って、減っていき、オックスフォードに到着する前に動けなくなってしまう可能性が出てきた。

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もし電気がなくなりそうになったら、アプリをインストールして老眼鏡を使って充電器を検索し、寒い中で40分間も充電を待ち続けなければならない。そんなことは絶対にしたくなかったので、あらゆるものをエコモードにしてなんとか延命を試みた。

制動時に充電するシステムもオンにした。ただ、このシステムをオンにするとまったくもって運転しづらくなってしまう。アクセルから足を離すたびに接着剤の海にはまってしまったかのごとく急減速する。それでも、絶対に充電だけはしたくなかった。これがいわゆる航続距離不安症候群だ。これからの時代、この症状に慣れていかなければならない。

慎重に運転し、なんとか航続距離計に35(単位不明)と表示された状態で家に到着することができた。エンジンのない不気味なボンネットから充電ケーブルを取り出し、家から電源を取ることにした。すると、家の電気がすべて消えてしまった。どうやらブレーカーが落ちたようだ。

悩んだ末、近くの友人の家で充電してもらうことにして、翌朝、8時間後に航続距離を確認してみると、なんと…(ドラムロール)…47kmだった。悲惨だ。

もちろん、急速充電器というものがあることは知っているのだが、わざわざそんなところに行って充電中ずっと同乗者を待たせるわけにはいかない。たかがホッキョクグマのために週末を台無しにするなんて御免だ。なので復路は自分のレンジローバーを使うことにした。

当然、急速充電器のある自宅と急速充電器のある職場を往復するだけなら、I-PACEでも何の問題もない。家と職場の往復だけで一生を終えるような人にとっては、I-PACEは最高の車だし、是非とも購入するべきだろう。

遠い場所に親類や友人が住んでいようと、週末を活動的に過ごしたかろうと、人生にアクティビティを求めていようと、I-PACEという車が素晴らしい車であることは変わらない。ただし、その場合はもう一台車を持っておく必要がある。