Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、アウディ Q8 50 TDI quattro のレビューです。


Q8

上の写真はアウディ・Q8だ。そしてこれは同時にQ7でもあり、ポルシェ・カイエンでもあり、フォルクスワーゲン・トゥアレグでもあり、ベントレー・ベンテイガでもあり、ランボルギーニ・ウルスでもある。見た目も違うし、価格は大きく変動するのだが、どれも同じ会社から発売されている同じ車だ。

しかし、それぞれ異なった役割を持っている。ベントレーはデザインに鈍感な人にぴったりだ。ランボルギーニは紫のベルベットで車を包み、ウクライナ人だらけのナイトクラブに行く人に合っている。ポルシェは無駄に燃料を使う人に、Q7は車について何も知らない人に合っており、そしてフォルクスワーゲンについては…私もよく分からない。

ドイツ製という称号が欲しいのかもしれないが、実のところ、ポルシェやQ7同様、トゥアレグもスロバキアのブラティスラヴァ工場で製造されている。そしてランボルギーニはイタリアのサンターガタ・ボロニェーゼで製造されており、ベントレーはイギリスのクルーで製造されている。どれもドイツ車なのだが、ドイツで製造されているモデルは存在しない。

では、新型Q8はどうなのだろうか。Q8のリアエンドは傾斜しており、ピラーレスドアや太いタイヤが装備されているので、紫のベルベットやウクライナ人を求めているけど、ランボルギーニを購入できるほどの資金はない人向けのように思える。

rear

要するにこれは醜いX6のライバルであり、要するに狂人のための車だ。世の中には狂人がたくさんいるようだ。なにせ、ここ10年間でBMWは50万台近くX6を販売している。そしてアウディはそのおこぼれに与ろうとした。

試乗車には「50」と書かれたバッジが付いており、5Lエンジンが搭載されているかのように見えた。ところが実際に搭載されているのは3LのV6ディーゼルエンジンで、電気モーターと共に予測不能なパワーを生み出す。最初、アクセルを踏んでも何も起こらない。もう少し踏み込んでも反応してくれない。おそらく、この車の脳はホッキョクグマのことしか考えていないのだろう。

速く走ればホッキョクグマの住む小さな氷山を溶かしてしまう。それは大問題だ。なので、ドライバーは車の脳が「緊急事態だ」と理解するまで深く踏み込まなければならないのだが、そうなると7速から2速まで一気に変速し、バスに乗り遅れた太った男のように急加速する。Q8の速度を5km/h単位で調整するのはほとんど不可能だ。まったく加速しないか、狂ったように加速するかしかできない。

搭載されているのは実質フォルクスワーゲンのエンジンなのだが、1週間この両極端な加速を体感して、こうまでしてEUのホッキョクグマ保護規則を守るくらいなら、偽装してでもまともな加速をしてもらったほうがずっとましだと気付いた。

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試乗車はオプションが満載されており、ラウンドアバウトや交差点に差し掛かるとアクセルペダルが振動して減速を促してくれた。驚くべきことに、この車はナビ情報をもとに前方の道路情報を認識し、どのタイミングでアクセルを離せばぴったり停止線で止まれるかを算出してくれる。これは非常に賢く、実際に使い物にもなる。ただこれは、句読点を忘れるたびに振動するキーボードを使っているような気分だ。

Q8の賢さはこれだけではない。この車は白線に沿って自動的に操舵してくれるのだが、ステアリングを離したまま少し時間が経過するとステアリングを握るように警告してくれる。それでもドライバーがステアリングを握らないと、ドライバーの身に何かが起こっているのだと判断し、車が自動的にブレーキをかけて穏やかに停止したあと、自動的に緊急通報をしてくれる。

車載カメラのアングルを指を動かすジェスチャーによって調整することもできる。ただこれには何の意味もない。ただ同乗者に自慢するためだけに存在するようなものだ。

何度も述べたように、この車は非常に賢い。中には実用に耐える技術まで存在するし、安全性に寄与する機能もごく稀に存在する。しかし、この車に乗って分かったのだが、アウディはクルマの本質を見失ってしまっているようだ。クルマには楽しさがなければならない。運転することが楽しめないなら、Uberのほうがましだと判断されてしまい、誰も車を買わなくなってしまう。

4WDシステムや四輪操舵やステアリングやサスペンションの”フィール”を変えるモードスイッチは装備されていたのだが、心臓の鼓動を速めるような走りではなかった。Q8は移動手段であり、クルマではない。