Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれたBMW Z4 M ロードスターのレビューです。


Z4 M Roadster

BMW Z4が登場すると、多くの人がそのスタイリングを嘲笑し、デザイナーを非難した。プロポーション自体は悪くなかったのだが(ボンネットは長く、尻はかなり短かった)、ディテールが終わっていた。せっかく良い感じに曲線が続くかと思えば、無秩序に折れ曲がってすべてを台無しにした。有機的な曲面と無機的な直線が混じり合い、そこに生まれたのは混乱だ。折り紙の達人に粘土細工を作らせたようなものだ。

室内に乗り込むと、状況はさらに悪化する。インテリアはプラスチックまみれで、見た目も質感も決して満足の行く完成度には届いていない。デザイナーはアメリカ人らしいのだが、それも頷ける。

BMW自身、この車の出来には満足していなかったのだろう。だからこそ、CMでは「世界最速の電動ルーフ」についてしか説明していなかった。そんなものは誰の興味も惹かないし、それどころかその謳い文句すらも嘘であることが判明してしまった。ホンダ・S2000のルーフのほうが素早く開閉できた。

走りはBMWの実力とはかけ離れており、ごく平凡な性能しか有していなかった。ましてや痛々しいデザインを補うような性能などあるはずもなかった。

しかし、今改めて眺めてみると、Z4は印象的でモダンに見える。メルセデス・ベンツ SLKよりもずっと魅力的だし、ポルシェ・ボクスターより百万倍はまともだ。Z4は登場するのが早すぎたのだろう。

なので、BMWのモータースポーツ部門がZ4に手を加えると知って、きっと素晴らしい車ができるはずだと思った。私はBMW Mの車が大好きだし、Z4に搭載されるのがM3と共通の3.2L 直列6気筒エンジンだと知って、つい興奮してしまった。

最高の見た目の2シータースポーツカーに最高のスポーツエンジンが載る。それは理論的には最高の組み合わせだ。クランベリージュースにウォッカを加えるようなものだ。

もちろん、あくまで理論上の話なので、現実的には破綻も生じる。下着を濡らすほど美しかったBMW Z8を思い出す人もいるだろう。Z8にはM5と同じエンジンが搭載された。ライムジュースとベイリーズの組み合わせと同じくらいに魅惑的に思えた。

rear

Z8の残念さを理解するためにすべきことはひとつしかない。ライムジュースとベイリーズを実際に混ぜて飲んでみてほしい。さぞ美味しいだろうと思って口に運ぶのだが、ライムのせいでベイリーズがすぐに固まってしまい、おかげで不味いテニスボールを食べているような気分になる。固形物は巨大すぎて飲み込めず、吐き出したくなるのだが、口が塞がっているので鼻から嘔吐物が噴出する。汚い話をしてしまって申し訳ないのだが、これがBMW Z8の走りそのものだ。

では、Z4 Mも似たような車なのだろうか。それとも、ポルシェ・ボクスターでは醜すぎるし、アウディ・TTではホモっぽすぎるし、ホンダ・S2000ではホンダっぽすぎると考える人にとっての救世主になれるのだろうか。

少なくとも数字的には良さげだ。0-100km/h加速は5秒で、最高速度は250km/hでリミッターがかかる。つまり、Z4 Mは8,000ポンド高価なメルセデス・ベンツ SLK55 AMGと同じくらい速い。

しかし、これには裏がある。Z4 Mは42,795ポンドで、最も安いZ4と比べると19,000ポンドも高い。これは貧民街にわざわざ豪邸を建てるようなものだ。それに、そもそもZ4という車自体、Z3からそれほど変わっていない。Z3は車よりもヘアケア用品に近い存在だ。

なかなか難しいところだ。42,000ポンドという価格は見方によっては非常に安くも思えるのだが、他方、高すぎるようにも思えてしまう。Mの見た目が標準のZ4と明らかに違うのであればまだ良いのだが、実際はマニアでなければ見分けられない。内装についても同様だ。掌で包み込めないほど太いステアリング(妻はこれを非常に気に入っていた)を例外として、普通のZ4と何ら変わらない。

しかし、私はむしろ、このビジネススーツ的なカモフラージュを気に入った。それでこそBMW Mだ。内側の筋肉はいざというときまで隠されている。なので私は1速に入れ、クラッチを踏み込んだ。そしてエンストした。

BMWがスポーティーモデルにMTの設定を続ける姿勢自体は私も高く評価しているのだが(アストンマーティンやメルセデスとは違う)、頼むからクラッチは軽くしてほしい。BMWのクラッチは嫌になるほど重い。

とはいえ、なんとか走り出すことに成功し、そして私は失望してしまった。Z4 Mは期待していたような車ではなかった。あまり速いと感じられず、音も期待外れだったし、全力で走ろうとするとトラクションコントロールが激烈に介入してくる。

interior

愛車のSLKでも簡単に走れるくらいの速度でコーナーを曲がってみたのだが、それでもトラクションコントロールライトはほぼコンスタントに点灯し続けた。その原因は、過剰に安全志向だからなのだろうか。それとも、そもそもシャシ自体の出来が良くないからなのだろうか。いずれにしても受け入れがたい。

ステアリングも期待していたほどダイレクトではなかったし、それどころか、ルーフを下げると恐れていたスカットルシェイクまで発生した。これは最悪だ。こんな車がSLK55と並べるはずがない。

しかし、高速道路を走っていると、あることに気付いた。この車はかなり快適だ。初期のZ4はタイヤがエディンバラでできているかのような乗り心地だったのだが、最もスポーティーなはずのZ4 Mはかなりソフトでしなやかだ。それに、静粛性も高い。

私は自分のSLKに乗るとき、騒音を出すのが嫌で全力を出せないことがときどきある。一方、BMWはすべてが柔和で紳士的だ。

それこそがこの車のすべてだ。予想とは正反対に、Z4 MはM3の本気版などではなかった。AMGスカッドを撃破するために開発されたパトリオットミサイルなどではなかった。Z4 Mは速くて快適なクルーザーだ。性格的にはジャガー・XKに近い車だ。

そう考えると、価格設定も適切だし、見た目も良いし、エンジンも魅力的だ。不満点は少ししかない。BMWらしく頭の悪いナビは気に入らないし、燃料タンクは小さすぎるし、ルーフを下げてスピードを出すと破綻が大きくなってしまう。

Z4 Mはクランベリージュースとウォッカを組み合わせた車などではなかった。ライムジュースとベイリーズの組み合わせでもない。Z4 Mは”スロー”ジンとサザン”カンフォート”を組み合わせたカクテルだ。