Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2005年に書かれたレクサス GS430のレビューです。


GS430

学生の頃、交換留学でフランスやドイツのような素晴らしい国に行った経験がある人もいるだろう。私は今、そんな状況に直面している。私の家の空き部屋には今、東京から来た11歳の少女が滞在している。

私も日本に行ったことがあるのだが、そこは奇妙な国だった。日本のホテルの浴槽は垂直で木でできており、食べ物はほとんど生きたまま出され、椅子というものはまるで存在せず、壁は米粒でできており、靴のサイズがマイナス3くらいの顔が真っ白な女性に応対され、バーはスリッパを履いた男性で満員で、客は全員歌っていた。道路は1952年から渋滞でまったく動かず、自動販売機で買えるのはスエット(汗)と書かれた缶と使用済みの女性用下着だけだ。

東京から横浜まで運転してみようとしたことがあるのだが、一切の案内標識が意味をなしておらず、まったくもって不可解だった。日本以外であれば、”center”という単語が”zentrum”や”centro”など、語源が同じ単語で書かれているのでなんとなく分かるのだが、日本語は意味不明な線の集合体でしかない。まだ金星のほうが分かりやすい看板がありそうだ。

1週間後、私はホテルに逃げ戻り、以降の旅程をずっとベッドの下に隠れてやり過ごした。そのとき、私は40歳だった。ましてや、11歳の少女がイギリスという異国にどうやって対応すればいいのだろうか。可哀想なことに、この子は英語を一単語も喋れないようだし、持っていたのはスタートレックの世界にしか、スティーヴン・ホーキングの頭の中にしか存在しないような、日本の電気街で売っていたであろう機械だけだった。

日本語でその機械に文章を打ち込むと、宇宙人が話すようなたどたどしい英語がスピーカーから流れてくる。空港から10kmも離れていない場所でその機械がが最初に話した言葉は「車酔い」だった。11年間ずっと東京の渋滞にはまり続けていた少女にとって、車が5km/h以上で走るというのは異次元の経験だったのだろう。

彼女は初日の夕食にも戸惑っていた。未来からのタイムトラベラーがレコードを眺めるのと同じように、彼女はスプーンのことをじっと見つめていた。彼女には訳が分からなかったはずだ。そして同様に、皿に盛られた料理も理解不能なものばかりだったはずだ。

マッシュポテトを1口食べただけで彼女はトイレに直行して爆発的に吐いてしまった。イギリスに到着してわずか2時間のうちに2度も具合を悪くしてしまった。なんとか、脚のあるベッドや椅子の存在に怯えないように宥めようとした。しかし、私が知っている日本語といえば、「こんにちは」、「さようなら」、「スバル」の3つだけだった。

彼女が持っていた機械を私が使うこともできなかった。キーボードはすべて日本語表記だったこともあるし、そもそも「車酔い」と言ってからというもの、「エラー」としか言わなくなってしまった。

rear

彼女がイギリスに来た理由は、「イギリスという国を経験するため」らしいのだが、スプーンの件以降、私は彼女に箸を使わせることにした。そして、箸でヨークシャー・プディングと格闘する彼女の姿を見て不憫になり、ロンドンまで車を走らせて寿司屋に入ることにした。果たして、こんな場所に来ることが彼女にとって幸せだったのだろうかと申し訳ない気持ちになった。

しかも、彼女が持ってきたスーツケースにはプレゼントがたくさん入っており、どれも素晴らしいものばかりだったのだが、正直なところ理解不能だった。ピンクや緑の粘着テープがたくさん入った柔らかい試験管のようなものを貰って、果たして私はどんな顔をすればよかったのだろうか。

後で分かったのだが、それは楽譜を書くためのペンらしい。私はそんなものを生まれて初めて見た。同様に彼女も、室内で犬を飼い、室外で木(それも15cm以上の)を育てている家を初めて見たはずだ。

遺伝学的に、人類の元を辿るとニューギニア人とバスク人の2つに行き着くそうだ。しかし実際のところ、遺伝的に最も遠いのは、きっと身長2m近いイギリス人と11歳の日本人少女だろう。

そしてこの話が、ここ数日間試乗したレクサス・GS430の話に繋がる。他の車同様、この車にもドアやシート、ペダル、ステアリング、ライトがある。しかし果たして、スプーンに困惑するような人間がどうやってこんなまともな車を生み出したのだろうか。マッシュポテトを吐き出さずに食べることのできない人種が、どうやって「車」と認識できるようなものを生み出すことができたのだろうか。

我々はナイフとフォークを使う。日本人は箸を使う。我々は横になって風呂に浸かる。日本人は縦になって風呂に浸かる。我々は食材に火を通す。日本人は火を通さない。日本文化は我々の文化とまったくもって違うにもかかわらず、レクサスは少なくとも表面的にはジャガーやメルセデスやBMWと同じような車を作り上げている。

しかし、実際はまるで違った。レクサスは欧州車よりもよっぽど穏やかだ。110km/hだと静かすぎて髪が成長する音さえ聞こえる。庭でのんびりしているときのほうがずっと騒々しい。室内は外界から隔絶されており、死とはどういうものなのかを少し実感することができる。

6速ATの変速もまるで感じさせず、アクセルを踏み込んでも大排気量のV8エンジンは教会に花を飾る人のように穏やかな鼻歌を聴かせるだけだ。この車を運転するのは、羽毛に包まれ、雲に乗って移動するようなものだ。

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しかし、この車は速い。スポーツカーとはまったく違うのだが(この車で運転を楽しもうとするのは、抱き枕で剣と戦おうとするようなものだ)、少なくとも直線であれば4.3Lエンジンがその高い実力を発揮してくれる。同価格帯のBMW 5シリーズについていくのは簡単だ。

しかし、この車の最大の魅力はインテリアのレイアウトだ。おぞましい木目パネルさえ無視すれば、ミスター・スポックなど比ではないくらいに合理的に配置されている。主要な操作系はあるべき場所に収まっており、ちゃんとやるべき仕事をしてくれるし、あまり使う機会のない操作系は目立たない場所に隠されている。

この車の木目パネル以外の問題点を指摘するのは、もはや粗探しでしかない。トランクは妙な形状だし、リアシートは思ったほど広くはない。しかし、いずれも購入を躊躇する理由にはならない。長距離クルーザーとして、GS430の実力は驚くほど高い。ガルフストリームVよりも優秀だし、なんならテレポーテーションにすら匹敵する。

ただ残念ながら、私はこの車をまったく好きになれない。そもそも心惹かれるものが無いし、最近のレクサスを運転しているのはゴルフをするような人か、裏稼業に勤しんで商売敵と抗争するような人ばかりだ。私はギャングだともゴルファーだとも思われたくはない。

しかし、何より私がこの車を好きになれない理由は、本物の車の模造品のような感じがするからだ。それも当然の話だ。実際、この車はコピー車だ。メルセデスのクローンだ。

そこにあるのは日本の精神などではなく、スプーンとマッシュポテトだ。日本人がそんなものを作れば不自然になるのも当然だ。確かに、日本人がメルセデスをコピーすれば大量の外貨を獲得できるのだろうが、同様にセンスや伝統、フィールまでコピーできるのだろうか。その答えはノーだ。この車の走りには魂というものが欠けている。

ベジタリアンが作ったハンバーガーのようなものだ。見た目も、味も、食感も、本物そっくりになるように作られている。けれど、それはどうあがいても偽物だ。

理論的に考えれば、GS430はメルセデスよりも優秀だ。しかしそれはカール・ファベルジェが作ったインペリアル・イースター・エッグよりも精密機械で加工した宝石のほうが優秀だと言うのと変わらない。果たして、人々はどちらを欲しがるだろうか。