Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2007年に書かれたミニ クーパーS のレビューです。


Cooper S

先日、ある男性から「携帯の着信音は何にしているんですか?」と尋ねられた。私はそんな質問を嘲笑いつつこう答えた。

最初の設定のままですよ。携帯電話の音をわざわざ変えるような、変えている暇のあるような人間になど見られたくはないですからね。そもそも、私が周りの目を気にして着信音を決めるような人間に見えますかね。

その男性は私がやたら刺々しい反応を示したことに困惑したようだったが、私は気にせずさらにまくし立てた。

そもそも私の髪を見てごらんなさい。私の髪型をセットしているのは時間と侵食です。それに、服装だってそうです。1978年からずっと同じ服を着ていますよ。そんな人間がつい先日買ったばかりの携帯電話の着信音を変えると思いますか?

ただ、私はむきになりすぎてしまったようだ。実は私は何であれ同じことがずっと続くのが嫌いだ。なので以前に所有していた携帯電話は着信音を毎度のように変えていた。ブライアン・アダムスの『想い出のサマー』にしたこともあるし、穏やかな「ピー」という音にしたこともあった。もっとも、この着信音は穏やかすぎて犬が吠えはじめるまで着信に気付かなかった。

それだけではない。私は気が向くたびに居間の家具の配置を変えている。家のソファーの総移動距離は並のボーイング747の総移動距離よりは長いはずだ。

それどころか、たまに居間の場所ごと変えてしまうこともある。私は今の家に10年ほど住んでいるのだが、居間の場所は4回変わっている。明日の朝にはキッチンのリフォームのために建築家が相談に来ることになっている。

毎日子供を9時に寝かそうとしているのだが、しばしば11時を過ぎてしまう。客間は私のコートで埋まってしまっている。それどころか、通勤の道すら毎日変えている。

そして何より私にとって嬉しいのは、仕事柄、毎日のように違う車に乗れることだ。ランボルギーニから降りた次の瞬間に日産・マイクラに乗り込むような人生は非常に刺激的だ。車どころか、時折他人の子供を羨んでしまうこともある…。

rear

きっと私とBMWの経営者は気が合うだろう。BMWは特に理由もなくミニを刷新した。旧型ミニはかなり人気のある車で、ジェームズ・メイ以外のすべての人に愛された。ただ一人、ジェームズ・メイだけはおそらく髪型のせいでミニの魅力を理解できなかったようだが。

なぜ、人気のあるミニのエンジンやインテリアを変えようと思ったのだろうか。おそらくは単に変えたかったからだろう。私にもその気持ちはよく分かる。特に気に入ったのが新しい内装の照明だ。

つい最近までBMWはルームミラーの下に赤い小さな照明を配置しており、室内はデフコン3状態の潜水艦のような雰囲気だった。これはキャデラックがセルモーターを発明して以来の自動車業界における大きな一歩だ。

メルセデスもそれに追従したのだが、照明の色は赤から黄色に変えた。これも魅力的だった。夜中に運転するとどこか暖かな気持ちになった。

新しいミニには気分によって照明の色を変更できるシステムが装備されている。しかも、色の変更はスライダーによって行うため、色の選択肢は赤から紫を経て青に至るまで無限大だ。

個人的には車のエンターテインメントシステムの中で最も気に入っている。お気に入りの色にして走り出しても、5分後に気が変わって色を変える、なんてこともできてしまう。

それに、ナビの視点も変えることができる。スポーツボタンを押せば車の攻撃性も変えることができる。オーディオの設定変更も簡単にできるので、私も当然のごとく毎度のように設定を変えた。

スピードメーターすらも選ぶことができる。ミニには小さなデジタル表示のスピードメーターと巨大な円形のスピードメーターがある。『Sniff Petrol』というウェブサイトを運営し、Top Gearの台本を書いているリチャード・ポーターは実際にスピードメーターの大きさを計測したそうだ。彼によると、ミニのスピードメーターは自分の顔よりも大きかったらしい。おそらく彼が象だったとしても結論は変わらないだろう。

新しいミニには魅力的な要素がたくさんある。先代ミニ同様、初代ミニに対する敬意が感じられるし、結果的に車格を感じさせない。それに、たくさんのギミックが用意されているので現代的な面白さもある。

interior

唯一気に入らなかったのはクーパーSのボンネットにあるパワーバルジの見た目だ。これには何の意味もない。今後、もっとパワーのあるモデルが登場することは知っているのだが、現時点で最もパワフルなのはプジョーの冴えない207と共通の1.6Lターボだ。

ただし、ミニに搭載されると印象は大きく変わる。シフトチェンジが面倒なときはギアを変える必要がないほどトルキーだし、シフトチェンジをする気があるときにはそれを楽しむことができる。

それに、新しいミニは経済性も高い。旧型クーパーSの燃費は11km/Lだったのだが、新型は14km/Lまで向上している。

ただし、前輪にパワーが送られすぎるがためにコーナーの出口でアクセルを踏み込みすぎると暴れ気味になってしまう。大きな問題ではないのだが、それでも気にはなってしまう。暴れる車を制御するためには両手でステアリングを握らなければならないので、照明や音響の設定を変えながら運転することができない。

それに、トラクションコントロールも厄介だ。健康と安全がなにより重視されるようになった結果、わずかな危険すらも排除しようとしてくる。なので、私は基本的にトラクションコントロールをオフにして乗った。ただし、飽きるとオンにしてみたりもした。

リアのレッグルームは狭く、脚を切断した人向けに設計されているようだ。荷室はさらに狭く、ネズミ用のパンツすら入りそうにない。

それに、苛立たしい部分もいくつかある。スターターボタンを押す前にキーをスロットに挿入する必要があるのだが、そのスロットはステアリングの後ろ側の見えない部分にある。それに、操作系の位置はある程度覚えていてもすぐには見つけられない。窓を開けようとしても、結局は室温が下がるだけだ。もっとも、これはこれで気分転換にはなるのだが。

中でも最大の問題が価格だ。ミニクーパーSのように見た目も走りも楽しい小型車が欲しいなら、スズキ・スイフトを11,499ポンドで購入することができる。一方、ミニクーパーSは15,995ポンドもする。うっかりオプションを装備しすぎると簡単に20,000ポンドを超えてしまう。あまりにも高価だ。

なので、私ならスズキを選ぶだろう。そしてその決断をした5分後にはやっぱりミニが欲しくなるだろう。