米国「Car and Driver」によるヒュンダイ・ヴェロスターNの試乗レポートを日本語で紹介します。


Veloster N

“N”は南陽の頭文字だ。少なくとも、2013年にヒュンダイがパフォーマンスサブブランド「N」の設立を発表した時にはそう説明されていた。しかし、ヒュンダイの研究開発拠点が置かれる韓国・南陽には大した伝統があるわけでもなければ、高名なテストコースがあるわけでもない。

南陽研究所のテストコースと比べればウォルマートの駐車場のほうがアップダウンが激しいし、車の走行性能を鍛えたいなら広い駐車場にコーンを配置して車を走らせたほうが良いかもしれない。これまでのヒュンダイ車が、品質やデザイン、装備等で高い評価を得てきた一方、走行性能に関しては大した評価を得られなかったのも、ひょっとしたらこの面白みのない南陽のテストコースが原因なのかもしれない。

ヒュンダイの内部の人間もこの矛盾に気づいたのか、今では”N”に2つの意味付けがされている。南陽とニュルブルクリンクだ。ニュルブルクリンクといえば世界最長にして最難関のサーキットだ。ニュルブルクリンクのノルトシュライフェで鍛えられたヒュンダイなら、従来のヒュンダイとはまったく違う車に仕上がっていることだろう。

そうして誕生したのがヒュンダイ・ヴェロスターNだ。2018年11月発売予定のヴェロスターNは279PSのFFホットハッチで、”N”ブランドの2車種目にして、アメリカ上陸を果たす最初のモデルだ。今回我々はヒュンダイからの招待を受け、ニュルブルクリンクとシュヴァルツヴァルトの公道でヴェロスターNを試した。

全長20.8kmのノルトシュライフェを2ラップ、そして田舎道を1時間運転し、躍動するエンジン、誠実なステアリング、安定した操作性、強力なブレーキ、徹底して排除されたアンダーステアを堪能し、これまでのヒュンダイでは決して感じることのなかった情動が生まれた。

ヒュンダイがこれだけの変身を遂げたのにはちゃんと理由がある。ヒュンダイの”N”とBMWの”M”は響きも似ているのだが、実はMとの関係はそれだけではない。ヒュンダイは、元Mディビジョン米国法人トップのトーマス・シェメラ氏と、そしてMディビジョン元開発責任者のアルベルト・ビアマン氏を引き抜いた。

ヒュンダイのNディビジョンには専門のエンジン開発チームは存在せず、ヴェロスターNに搭載される2.0L 直列4気筒ターボエンジンはミドルセダンのソナタと共通だ。ただし、ピストンは新設計となり、圧縮比は下げられ、ツインスクロールターボチャージャーは大型化され、排気システムも変更されたことで、最高出力253PS、最大トルク35.9kgf·mまで性能を向上している。また、オプションのパフォーマンスパッケージ装着車には専用のオーバーブースト機能が付き、最高出力は279PSとなる。

パフォーマンスパッケージではエンジン以外にも、電子制御LSDや大径ブレーキ、アクティブエグゾースト、ピレリ P ZEROタイヤ(19インチ)が装備され、タイヤはこの車のために専用の設計となっている。また、ハードウェアに合わせ、サスペンションとステアリングにも手が加えられている。ちなみに、標準のヴェロスターNはミシュラン Pilot Super Sport(18インチ)を履き、オープンデフが備わる。

rear

ヴェロスターNは獰猛にコーナーを攻め、フロントグリップは尽きることを知らない。限界付近のアンダーステアはフォルクスワーゲン・ゴルフGTIよりも抑えられており、低速域では無表情なフォルクスワーゲンより情熱的だ。フォード・フォーカスSTほどの楽しさはないのだが、それは他のほとんどの前輪駆動車にも言えることだ。

310PSのホンダ・シビックタイプRとはスペックや駆動系が近いだけでなく、走りも似ている。いずれも流れるようなシャシを持ち、パワートレインの応答性は高く、トルクステアなど存在しない。

ヒュンダイの4気筒ターボエンジンはレッドゾーン付近で息切れしてしまうようなものも多いのだが、ヴェロスターNは違う。6,750rpm付近においても非常に力強い。ターボラグもほとんど存在せず、1,450rpmから発揮される最大トルクのおかげでまったく気にならない。ニュルブルクリンクはほとんど3速と4速で走り抜けることができ、中域の力強さを感じた。

唯一残念だったのは排気音だ。車内からだとエンジンがロシアのマトリョーシカのようにダンボールに何重にも覆われているかのように感じる。

現時点では6速MTのみが設定され、ステアリングのボタンでオンオフ操作が可能なレブマッチ機能も備わる。ビアマン氏によると、数年後にはDCTも追加される予定だそうだ。標準のヴェロスターの重量を考慮すると、ヴェロスターNの車重は1,350~1,400kg程度と予想され、0-100km/h加速は5.5秒程度になるだろう。

速度無制限のアウトバーンでは、重力の助けもあって、公称最高速度の250km/hを超え、メーター読みで267km/hまで出すことができた。しかし、その数字以上に高速域での走行安定性に驚かされた。安定しているだけでなく静粛性もかなり高く、ワイパーやボンネットが振動することもなく、非常に緻密に設計されていることが伝わってきた。

ヴェロスターNには四輪ベンチレーテッドディスクブレーキが装備され、フロントには2ピストンスライディングキャリパーが備わる。このブレーキシステムは韓国仕様のキア・K5と共通だ。ヒュンダイによると、ブレンボなどの他社製パーツではなく内製のパーツを採用することで独自性を維持し、また性能を犠牲にせずコストを抑えることができるそうだ。

ただし、ヴェロスターNは決してただパーツを寄せ集めただけの車などではない。標準のヴェロスターと比べると、Nは溶接点数が増加し、強化用ブレースも追加されている。パワーステアリング用モーターはステアリングラックに配置され(標準車はステアリングコラムに配置される)、摩擦を抑えてフィールを向上している。

interior

ビアマン氏が開発に関与したヒュンダイ車はステアリングのセルフセンタリングトルクが増加しているそうだ。これにより、ステアリングを中立域から曲げる時に重さを感じるようになる。ヴェロスターNもステアリングの重さは適度だ。

アメリカの道路で運転したらどうだろうか。ヴェロスターNはニュルブルクリンクでもかなり硬く、悪名高いカルッセルでは暴れ気味だった。決して耐えられないほどではなかったのだが、i30 N TCRはこれよりもしなやかだったので、ヴェロスターも性能を犠牲にせずにもう少し乗り心地を改善できるのではないだろうか。

ヴェロスターNのスポーツシートは見た目にはそれほど特別感は無いのだが、サポート性と快適性を見事にバランスさせており、強化されたステアリングも非常に自然なフィールだった。

走行モードはエコ、ノーマル、スポーツ、N、そしてカスタムの5種類から選択することができる。カスタムモードではスロットルレスポンス、エンジン音(スピーカーおよびアクティブエグゾーストにより調整される)、LSD、ダンパー、ステアリング、スタビリティコントロール、レブマッチングを個別に調整することができる。

シートベルトをはじめ、内装にはNブランドのカラーであるパフォーマンスブルーのアクセントが入っており、フロントグリルやサイドシルにはシグナルレッドのラインが入っている(ボディカラーがレッドの場合を除く)。シビックタイプRほどの漫画っぽさはないのだが、それでも左右非対称の4ドアボディスタイルは個性的で、ゴルフRやGTIよりは若々しい。

しかし、まだヴェロスターNについて完全な結論を出すことはできない。現時点で価格は未公表で、ホンダ・シビックSi、スバル・WRX、フォルクスワーゲン・ゴルフGTIと、シビックタイプR、WRX STI、ゴルフGTIの間を狙っているということしか明かされていない。おそらく実際の価格は29,000ドル程度になるだろうが、この価格ならコストパフォーマンスは非常に高い。パフォーマンスパッケージがプラス2,500ドル程度とすれば、シビックタイプRよりもおよそ4,000ドル安くなる。

実際に安価な価格設定となったとしても、その安さは走行性能の低さを補うためのものではなく、ブランド力の欠如を補うためのものだ。ヒュンダイが今後、ヴェロスターNと同じくらい高い完成度で普通の乗用車も作れるようになれば、ヒュンダイのブランド力はさらに上がっていくことだろう。そうなれば、”N”が南陽の略であるということを、ヒュンダイも自信を持って言えるようになるだろう。