Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれたBMW Z4 M クーペのレビューです。


Z4 M Coupe

何年も前、名前は覚えていないがテレビ局の役員に話を持ちかけられたことがある。週末にJCBの重機を借り、食事すら忘れて庭の土いじりに熱中するような人だった。

その役員は「君に司会者をしてほしいテレビ番組を思いついたんだ」と言ってきた。聞くところによると、著名人たちを重機に乗せ、物を持ち上げたり下ろしたりさせる番組をBBC1で7時に放送するつもりらしい。私は分かったような顔で頷いたのだが、実際は自分の頬を噛み千切って笑いをこらえていた。真顔でいるためには自分の肉を飲み込むほかなかった。

私は太ったアイルランド人の現場監督が見守る中、キース・チェグウィンが泥を運搬する様子を思い浮かべた。話を聞き終え、「考えておきます」と返事をして外に出た瞬間、ずたずたになった両頬が痛む中、膝から崩れ落ちて涙を流しながら痙攣してしまった。両目の血管が破裂して失明するまで落ち着けそうにはなかった。

しかし先週、実際に自分でショベルカーを借りてみて、誰だか忘れたがあの役員があれだけ重機に魅了されていた理由をようやく理解することができた。そして、著名人が重機を運転する番組が必要とされているということも理解できた。

なにより重機の良いところは、一見して扱いづらそうなところだ。私はスペースシャトルのフライトデッキに座ったこともあるし、偵察機ブラックバードSR-71のコックピットに座ったこともあるのだが、いずれも重機の操縦席に比べればよっぽど単純だった。重機にはあまりに多くのレバーがあり、うっかり操作すれば大変な事態に繋がりそうだ。

視聴者はそういった事態を好む。キース・チェグウィンがうっかり自分の頭を切り落としてしまう姿を待ち望んでいる。

しかも、私が借りたボルボ製の重機は戦車のような小さな履帯を履いていた。おかげで、外から見ると一本足で立つ象のようなバランスだった。ちょっとした勾配を走っただけでも、あるいは枕よりも重い荷物を持ち上げただけでも横転してしまいそうだった。

実際に乗り込んでみると、一輪車に乗りながら腹腔鏡手術をしているような気分になった。まったく上手くいかなかった。

rear

「警告」と書かれた注意書きを見て嫌な予感がしたのだが、実際、私はバケットを180度回転させ、そのまま10歳の息子の脛に直撃させてしまった。息子に与えた衝撃はあまりにも絶大で、息子はライト兄弟が達成した以上の飛距離を記録してしまった。ショベルカーの力は小さくて不恰好な見た目から想像されるよりもはるかに大きい。

私はまず、池を埋め立てることにした。これを大の男2人がかりでやろうとすれば、きっと8時間はかかるだろう。しかし、重機を使うとわずか20分で終わってしまった。

予想よりも早く終わってしまったので、今度は庭を平らにすることにした。これも30分で終わってしまった。そして行き場のない土が積み上がってしまった。

バケットいっぱいに土をすくい、あちこちレバーをいじくりながら土をまったくこぼさないように目標の場所に土を持っていくことの楽しさは言葉では説明できない。私はそれを想像するだけで背筋がぞっとするほど興奮してしまう。まるで地球を自分で動かしているような感覚になる。

しかし、何より良かったのは、たった数分間で、自分の息子(もしくはキース・チェグウィン)を犠牲にして、すぐに操作方法が覚えられるという点だ。それも当然だ。はっきり言ってそんなに頭の良くない建築作業員にも使えるように設計されているのだから。

しかも、いつバランスを崩して横転してしまうか分からないという懸念もあるので、アドレナリンが放出され続ける。実際、何度かよろめいて車内の飛び出た部分に頭をぶつけてしまった。ボルボが自動車に抱いている安全についての強迫観念は重機には存在しないようだ。

しかし、いつよろめくかはすぐに分かるようになるし、油圧を利用してまっすぐな状態を維持できるようにもなる。私はこれが楽しくなってしまい、意味もなく土を移動させ続けた。昼が過ぎ、夕方が過ぎ、ついに日が落ちてもこの不安定な重機と遊び続けた。

私以外にも重機を一度使ってみることを勧めたい。一日中庭を掘り、そして再び埋めてみてほしい。

interior

重機と比べると、BMW Z4 M クーペはあまり楽しくなかった。成り立ち自体は良い。以前に乗ったソフトトップのZ4 Mは非常に快適で、ホンダ・ファイアーブレードよりもジャガー・XKに近い存在だった。なので、そのサスペンションを強化し、ルーフを装備してより走りに特化させるというのは魅力的に思えた。

この車の第一の問題点はこだわりのない人間がデザインしたとしか思えないリアエンドだ。昔のZ3 M クーペには、ジェラール・ドパルデューとパン屋のバンの間に生まれた子供のような、わざとらしい醜さがあった。一方、Z4 M クーペはスーパーのレジにいる女性のように平凡だ。

第二の問題点はこの車にかかる期待の高さだ。この車は昔のオースチン・ヒーレーのようなロングノーズ・ショートテールで、M3と共通のエンジンを搭載している。タイヤは太く、排気管は4本出ており、やたらリムの太いステアリングを握れば、とてつもない走りを期待してしまう。

ところが、その期待は裏切られる。それなりにちゃんと舗装された普通に運転している限り、普通のZ4 Mと変わらない。違うのはルーフが付いていることとリアが醜いことだけだ。なので、42,000ポンド近い価格設定に疑問が浮かんでしまう。

それから舗装の悪いワインディングロードに行くと、ようやくこの車の本領を発揮できる…と期待する。ところがそれも裏切られる。

確かにエンジンは傑作なのだが、サスペンションが硬すぎて後輪は全走行時間の半分くらいは浮いており、おかげでトラクションコントロールライトは常時点灯している。揺れやピッチングが酷く、かなり怖い。しかも、ブレーキはかなりシャープだし、クラッチ操作には練習が必要だし、ステアリングは強化されているとはいえまだ頼りなく、結局運転してもあまり楽しくない。これは今まで運転してきた中で初めてがっかりしたMカーだ。

このような車を検討しているなら、競合するのはポルシェ・ゲイマンだろう。こちらのほうが走りはまともなのだが、こんな車に乗っている姿など絶対に見られたくない。なので、私ならソフトトップのZ4 Mを選ぶ。それか、週末を楽しみたいなら、代わりに重機を買ったほうがいい。