Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのリチャード・ハモンドが英「Top Gear」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2012年に書かれた TVR タスカンS のレビューです。


Tuscan

この車には、なんとドアハンドルが存在しない。今やファミリーカーにすらレーダークルーズコントロール、デュアルゾーンオートエアコン、マッサージ機能、ナイトビジョン等々が装備されるような時代なのだが、僕はタスカンのドアミラーの下に隠されたスイッチを押してドアを開けることで、自分がジェームズ・ボンドになったかのようなスリルを感じた。

TVRの前オーナーであるピーター・ホイラーによると、車の美しいボディラインを損なわないためにドアハンドルが排除されているそうだ。しかしそれ以上に、自分しか知らない秘密のボタンを押して颯爽と車に乗り込むために、そして誰かを乗せるときに驚いた顔を見るために、この機能があるのだろう。

タスカン スピード6を購入するような人は、きっとこういったギミックが大好きだ。大量のテストステロンが体中を巡っているような人でなければ、この車の速さにも耐えられないだろう。

この車は、カーディガンを着ても老人と間違われることのない人のための、掌すらシェービングしなければいけないような人のための車だ。顎にも届かんばかりのコッドピースのような車だ。

ピーター・ホイラーいわく、「フラットなパネルよりも曲がったパネルのほうが頑丈」なのでボディが曲面的だそうだ。それは事実なのだろうが、しかし高い剛性を確保するためにはパネルの形状よりもその固定方法のほうが重要なのではないだろうか。

Side

タスカンはスチール製のシャシを採用しており、十分に強固で剛性感があった。しかし、TVRの真骨頂はシャシではなくやはり音だろう。

TVRの音はV8エンジンの音とも違う。タスカンにはサーブラウ スピード12に搭載されるV型12気筒エンジンの半分の直列6気筒エンジンが搭載される。直6といえばイギリスのスポーツカーの代名詞なのだが、車幅を6mにでもしない限り横置きにできないため、1990年代頃にはほとんど絶滅してしまった。

それでもTVRは直6に固執し、バランスを重視して縦置きとした。この音がまた素晴らしい。分かりやすく派手な音を奏でるV8エンジンやV12エンジンと比べると気筒数は少ないのだが、直6の機械的な音は純粋で現実主義的だ。

ただし、TVRは精密機器ではない。絶対的な結果を求めた車ではなく、”経験”を重視している。イギリスらしい直6を積んだ、イギリスらしいスポーツカーを運転するという経験は、他では得られないものだ。

TVRのドライバーといえば、体毛が濃いことだけでなく、頻繁にロードサービスを呼ぶことでも知られている。TVRは昔からずっと壊れやすいことで有名だ。

interior

Top Gear テストトラックを走るときも、スタート地点から離れ過ぎないように常に気を付けていた。いざ車が動かなくなったとしても、ちゃんと歩いて帰れるようにするためだ。ただ、正直なことを言うと、僕はちょっとしたズルをしていた。僕が乗ったのはレーシング・グリーン・カーズ (RGC) が手を入れた個体で、シリンダーヘッド、サスペンション、ディファレンシャル、ステアリング、トランスミッションが改造されていた。

要するにこれは、RGCの考える理想のタスカンだ。そして実際、この走りは非常に良かった。最高出力はオリジナルの350PSから436PSまで向上しているし、なにより信頼性はオリジナルよりはましになっている。

最大の変更は、フィンガーフォロワーが従来式のバケット式に変更されている点だ。フィンガーフォロワーはエンジンの最大の弱点だったので、これでかなり信頼性が向上している。毛深いイギリス男児が煙を吐く車の横で悲しく佇むリスクを回避できるなら、追加費用を払う価値もあるだろう。