Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、キア・スティンガー GT S のレビューです。


Stinger

私が航空会社の経営者でなくてよかった。もし私が航空会社の経営者なら、客は誰も飛行機に乗ってくれないだろうし、それゆえ1週間もしないうちに倒産してしまうことだろう。

驚くべきことに、3月上旬にはイギリスからケルキラ島まで直接飛行機で行くことはできない。私なら緊急会議を開いて、ケルキラは中流階級にぴったりの素晴らしい場所なのだからケルキラへの便を運航するべきだと提言するだろう。しかし実のところ、中流階級はアルプスに行ってしまう。3月上旬にほとんど閉鎖されているような寒い島のビーチで過ごしたがるような人など存在しない。

ロンドン-ニューヨーク便は1日に30本も運航されているという事実をご存知だろうか。要するに、29本まで増便されても、なお需要は満たせていないと誰かが判断したということだ。しかし私なら、29本でも足りないと部下に言われても、「馬鹿言え」と一蹴してしまうだろう。しかし、その判断は間違っている。

それに、私ならパリへの便など運航しない。電車を使ったほうが早いからだ。それに、私ならロンドン-ピサ便を30分ごとに運航するだろう。なぜなら、トスカーナは魅力的な土地だし、電車で直接行くこともできないからだ。

先日、火曜の午前中にシャーロット行きの飛行機に乗った。きっと貸切状態だろうと予想していたのだが、飛行機は満員だった。わざわざノースカロライナに行こうと思うイギリス人が1日に300人以上いるなんて、私には信じられなかった。

先日、コロンビアの首都、ボゴタからバルバドスに行こうとしたのだが、そんな飛行機は運航されていなかった。そのため、4時間かけてマイアミに行き、6時間待ってからさらに4時間かけて出発地点にほど近いバルバドスへと戻らなければならない。

なのでプライベートジェットを使おうとしたのだが、密輸を恐れてかコロンビアまでプライベートジェットを運航してくれる業者がなかなか見つからなかったのでそのときは大変だった。

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私は航空会社のトップに向かないが、それ以上に自動車会社のトップに向いていない。もし私がキアの社長で、部下に「高出力のV6エンジンを搭載する4万ポンドの後輪駆動4ドアクーペを開発したいです」なんて言われた日には、頭がおかしくなったのかと頭を撃ち抜いてしまうことだろう。

イギリスにおいてキアは、車について何も知らない人向けのハッチバックやセダンを売っている。見た目は良いし、作りもしっかりしているのだが、結局は耄碌した老人向けの車だ。ここに問題がある。耄碌した老人は高出力のスポーツセダンなんて欲しがらないし、高出力のスポーツセダンを欲しがるような人はキアなど欲しがらない。

そもそも、イギリスをはじめ、ヨーロッパでは車に魅力を感じる人がどんどん減っている。規制や取り締まりが厳しくなり、渋滞も増えている。車はただ高価なだけの無用の長物になりはじめている。今はUberがあるし、いずれGoogleあたりが自動運転車を普及させることだろう。

派手な車を購入する人は「サッカー選手」と嘲笑され、速い車を購入する人は「走り屋」のレッテルを貼られる。車を愛するという風潮自体が死にかけている。では、そんな時代にキアがスティンガーGT Sという速い車を出す意味はどこにあるのだろうか。

上述した通り、私はちょっと前までコロンビアにいた。コロンビアは戦争を終えたばかりの土地であり、戦後らしい復興精神が広がり、人々は新車のキアやダチアを乗り回していた。先進国の人間から見ればキアやダチアなど安物でしかない。しかし、コロンビアの人間からすれば、宝石に匹敵するほどの贅沢品だ。ボゴタで「キア」という言葉を発すれば、周りの人々はきっとひれ伏すことだろう。

コロンビアは暗黒の時代から脱し、いずれ国民はまともな車を購入できるほどの収入を得られるようになるだろう。そうなれば、きっと国民は最高のキアを欲するようになるはずだ。彼らにとってキアは、我々にとっての1960年代のフォードのようなものだ。当時、イギリス人は誰もがコーティナ 1600Eを欲しがっていた。

スティンガーは非常に優秀な車だ。ルーフラインが低いので乗り込むのは難しいのだが、乗り込んでしまえば、ドライビングポジションには「特別な車のステアリングを握っている」という感覚がある。

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事実、スティンガーは特別な車だ。3.3LのツインターボV6エンジンは最高出力370PSを発揮し、0-100km/h加速は5秒を切る。しかし、この車の最大の魅力は直線加速ではない。この車の凄いところは、普段から運転していて感じる「特別感」だ。

スティンガーを開発したのがかつてBMWのMディビジョンにいたアルベルト・ビアマンであることが関係しているのかもしれない。M3同様、スティンガーには彼のDNAが感じられる。

ステアリングは重い。かといって決して扱いにくいわけではなく、むしろ肉感的で、自分で運転しているという感覚がある。純粋で美しく、そして正統派の操作性だ。

快適性も素晴らしい。目玉が飛び出るような乗り心地を想定していたのだが、実際はスポーツ+モードにしても滑空するように走った。コンフォートモードにするとスポーツセダンであるとはまるで思えなかった。ジャガーはこの車に学ぶべきだ。

経済性は予想よりも少し良かったし、装備内容も予想を超えており、欠点を見つけるのは難しかった。強いて言うなら、インテリアがややグレーすぎるのと、他のキアと比べるとエクステリアは特別スタイリッシュには思えないのが欠点かもしれない。特にボンネットのフェイクベントが気に入らなかった。それから、後方視界の悪さも気になった。

しかし、欠点はそれくらいしかない。それ以外はどこも「素晴らしい」か「最高」か「予想以上」のどれかだった。BMW M3やアウディRSやメルセデスAMGか気になっているなら、キアを買ったほうがいいかもしれない。しかし、キアを買うことを夢見るような人間など存在しない。キアなんて買ったら近所の人にどう思われるだろうか。

実際、私もスティンガーを買いたいとは思えない。しかし、コロンビアやルワンダの人ならどうだろうか。もし私がキアの経営者だったら、その点に気付かなかったはずだ。やはり私がキアの社長でなくてよかった。


The Clarkson Review: 2018 Kia Stinger GT S