Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェームズ・メイが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フェラーリ・ポルトフィーノのレビューです。


Portofino

フェラーリ・ポルトフィーノは出だしから厄介な車だった。車を運転する前にメーカーからの説明を受けることは避けられない。私は高級ぼったくりバーのような赤い電球のもとでポルトフィーノの写真を眺めながら長々と説明を受けた。

説明中には実際にポルトフィーノの荷室にキャンプ道具を載せられることを示した写真も見せられた。しかし果たして、フェラーリでキャンプに行く人間など実在するのだろうか。冗談にしか思えなかったのだが、フェラーリが技術説明で冗談を言うのは、イングランド国教会の総会が賛美歌『たたえよ、王なるわれらの神を』のクラブリミックス版を容認するようなものだ。

7,500rpmにおける燃焼最高圧力がフェラーリ・カリフォルニアと比べて10%向上したことを示すグラフとともにピストンの写真が載ったスライドも見せられた。技術的には素晴らしいことなのだろうが、先ほど見せられたキャンプのイメージ戦略のせいで技術的なことはほとんど頭に入ってこなかった。

それでも、技術説明から得られたものはある。フェラーリの”エントリー”モデルのオープンカーを購入する人の70%は1台目のフェラーリとして購入し、走行距離はミッドシップフェラーリのオーナーの半分程度だそうだ。それに、多くはないのだが、他のモデルよりは女性オーナーの比率も高い。ちなみに女性がフェラーリをあまり購入しないのはほとんどの女性が男性より賢明だからだ。

それから、これは私が南イタリアに行く前からメールで散々言われたのだが、フェラーリいわく、フェラーリの維持費はそれほど高くないらしい。今のフェラーリには7年間の無償点検が付いてくるし(素晴らしいことだ)、ターボ時代になってからは燃費も向上しているし、リセールバリューも良いので長期的に見れば高級セダンやSUVやその他成金趣味な他の車と比べてもそれほど高くはつかない。実際、計算をすればそれは事実なのかもしれない。しかし、少なくともポルトフィーノを購入するためには166,180ポンドをまず用意しなければならない。

では、ポルトフィーノとはどんな車なのだろうか。600PSのV8ツインターボエンジンを搭載し、複雑なリトラクタブルハードトップを採用する、2+2のフロントエンジン車だ。それに、見た目も非常にスタイリッシュだ。しかし残念ながら、これは正真正銘のフェラーリではない。

(特に先進国において)問題なのは、屋根が車から外れると、それ以外の部分が忘れられがちになるという点だ。(オープンカーではない)フェラーリ・488ベルリネッタに乗れば、実用性の欠如や高額な価格の代償として、最高に純粋な「運転する楽しさ」を得ることができる。

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ポルトフィーノは最高の車だ。刺激的なスパイスの香りを漂わせながら道を駆け回り、夏が続く限り季節を楽しむことができる。しかし、それはマツダ・MX-5(日本名: ロードスター)だろうが、それどころか腐りかけのトライアンフ・ヘラルドだろうが似たようなものだ。

決して適当なことを書いているわけではない。私はあくまで、ポルトフィーノと他のフェラーリの違いをなんとか表現しようとしているだけだ。実際、中古車市場でもミッドシップのフェラーリの場合はスパイダーよりもベルリネッタのほうが高額で取引される傾向にある。前者のほうが軽薄でフェラーリらしさにも欠けると考えられている。

ただ、幸いなことに、私は偏屈な人間ではないので、フェラーリらしさに欠けるという欠点を無視すれば、ポルトフィーノという車の魅力もちゃんと認めることができる。

見た目はフェラーリっぽい。おそらくデイトナの影響を受けているのだろうが、これを見ても私はマーケティング部門の狡猾さを邪推したりはしない。フェラーリの凄さのひとつに、常に時代に即したデザインをしつづけているという点がある。今テスタロッサを見れば、1980年代という時代を明快に表現していることが分かる。それは1970年代の308も同じだ。ポルトフィーノには角ばった現代性があり、私の目からすると日本からの影響も受けているように感じられる。

匂いもフェラーリっぽい。それは高級感溢れる香りであり、私は落ち着きを感じる。操作系はどれもフェラーリらしい。ただし、ステアリングにあるマネッティーノスイッチではコンフォート、スポーツ、そして電子制御すべてをオフにするモードの3種類のセッティングしか選択できない。しかし、3番目のモードなど使う必要はない。これを使いたいなら488を買ったほうがいいはずだ。

フェラーリはこのモードを削除し、代わりにコンフォートモードの下に「浮遊」モードを追加したほうがよかった。個人的に、ハイパフォーマンスカーで重要なのはクルージング中の快適性だと思っている。だからこそ、ブガッティ・ヴェイロンという車は素晴らしかった。

ポルトフィーノのエンジンは完全に怪物級であり、自然吸気至上主義者も黙ってしまうことだろう。このおかげで、0-100km/h加速は3.5秒を記録する。エンジンのチューニングは見事で、パワーバンド(最大トルク発揮回転数と最高出力発揮回転数の間)は4,500rpmもの幅があるので、非常に扱いやすい車に仕上がっている。

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ペダルを踏み込み続ければ残忍なほどのギアチェンジも可能だ。つま先に力を入れ、パドルシフトを操作すれば、羽が生えたかのように走らせることができる。蠱惑的な排気音が鳴り響き、ステアリングは危険なコーナーにぴったりな重さで、前後重量配分はややリア寄りとなっているのでマッスルカーのような雰囲気すらも感じられる。

しかし、そんなことを誰が気にするのだろうか。どれほど飾り立てようと、結局のところこの車は屋根のない車であり、私もそういう車として評価しなければならない。

イギリス人はオープンカーが大好きだ。常に太陽が輝き続けるフランス南部に住んでいる人にとって、オープンカーは退屈な車に思えることだろう。しかし、極稀にしか屋根を下げることのできないイギリスにおける「快晴」とは、気象庁のインテリ共との知恵比べの末にようやく得られる勝利だ。

そしてだからこそ、私はポルトフィーノに惹かれた。最初にこの車の存在価値を疑ったのとまったく同じ理由でだ。前述の通り、フェラーリらしさはいくらか損なわれてしまっている。本来のフェラーリよりもずっとソフトで、そしてよりレジャー向けになっている。しかし、基本的にポルトフィーノは力強くて魅力的な、そして非常に効果的なウインドディフレクターの装備されたオープンカーだ。フェラーリらしく、富とセンスの良さの象徴でもある。

それだけではない。他のフェラーリと比べるとポルトフィーノは圧倒的に実用的だ。穏やかなV8に腰を落ち着けることは、老いを認めることと同義なのかもしれない。詩人ラーキンもかつて、年をとることの恐ろしさについて記している。しかし、老いに寄り添ってくれるフェラーリもあるというのは嬉しいことなのかもしれない。


The James May Review: 2018 Ferrari Portofino