Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、フォルクスワーゲン・アルテオン 2.0 TSI R-Line のレビューです。

イーロン・マスクによると、テスラは火星に向けて電気自動車のロードスターを打ち上げ、いずれ宇宙人に見つけてもらおうと計画しているらしい。彼ならテスラ・ロードスター以外にも宇宙に存在意義のよく分からないものを打ち上げることができるだろう。自動ボタン縫い機やシンクレア C5、BSB受信用衛星アンテナ、トム・ワトソンなどなど…。それから、フォルクスワーゲン・アルテオンもだ。
アルテオンは特殊部隊のスナイパーのごとく市場に潜入してきた。普通、どの自動車メーカーがいつ頃に新型車を発売するかはだいたい事前に知っているのだが、アルテオンは何の前置きもなく、突然私の職場にやって来た。
アルテオンはパサートCCの後継車ではない。営業成績の良くないセメントの営業マンのために作られているパサートに、スタイリッシュなクーペ版など必要なかったということを、きっと厳しい状況にあったフォルクスワーゲンは自覚していたはずだ。飾り紐の付いたクロックスを作るようなものだ。
それに、フェートンの後継車でもない。フェートンは残り物を料理した車だ。フォルクスワーゲングループはベントレー・コンチネンタルGTを新規開発したあと、どういうわけかフォルクスワーゲンブランドからも同じ4WDシステムと大排気量エンジンを採用する高級車を出してしまった。
フェートンは優秀な車だったのだが、地味な高級車を欲しがる成功者などいなかった。高級車を欲しがる人は、中身だけでなく、外見も、そしてバッジも高級なものを求めた。結局、フェートンを購入したのは、周囲に対して庶民派アピールをする必要のあったBBCの社長だけだった。
つまり、アルテオンは何の後継車でもない。4万ポンドのまったく新しい車だ。
まずなにより、見た目が良い。普段、仕事終わりの時間はジェームズ・メイのせいで鬱憤が溜まっているので、職場の前にどんな車が停まっていようとも意にも介さずすぐに車に乗り込んで走り出してしまう。
しかし、アルテオンを前にした私は、靴を鳴らすほどの勢いで立ち止まった。アルテオンを見ると文字通り足を止めてしまう。その理由は、幅の広いフロントグリルのおかげで地を這うような印象になっているからでも、ピラーレスドアでも、押しの強いマスタード色のボディカラーでもない。こんなデザインの車にフォルクスワーゲンのバッジが付いているからだ。アルテオンは飾り紐の付いたクロックスなどではない。ダイヤモンドと真珠で飾られた本革製のクロックスだ。

それだけではない。アルテオンは巨大だ。トランクの中にショルダーバッグを入れるのは、ケネディ宇宙センターのスペースシャトル組立棟にネズミを入れるようなものだ。実際に試したわけではないのだが、トランクに頭を突っ込んで大声を上げれば間違いなくこだまが響くはずだ。
室内に関しても同様だ。ルーフラインが傾斜しているので天井は高くないのだが、リアシートの空間はメルセデス・ベンツ Sクラスと同じくらいに広大だ。足を伸ばして座ることもできてしまう。
私はレイシストではないのだが、この車が生まれた背景には中国人が存在する。最近ではどの自動車メーカーも中国市場を重要視しているのだが、特にフォルクスワーゲンは中国市場の販売比率が多くを占めている。つまり、開発者は常に「中国人はどう感じるのか」を考えて設計を行っている。だからこそ、アルテオンには広大なリアシートが用意されている。
中国人男性の平均身長は170cmにも満たないし、中国人女性の平均身長は約155cmなのだが、どういうわけか中国人は車の購入時にリアシートの広さを最重要視する。中国人は、燃費性能も、スピードも、ハンドリングも気にせず、リアシートのことしか頭にない。
リアシートが広いことは我々にとっても朗報だ。子供が成長するほどに、広いリアシートがありがたくなってくる。中央の座席に誰が座るかで喧嘩が起こることもなくなるし、室内の環境は大幅に改善されることだろう。
要するにアルテオンという車は、デザインは魅力的だし、室内は広大だ。それに、質感も非常に高いし、設計は非常に合理的だ。しかし、シートに座ってみると、真横には古代の電車の分岐器のようなシフトレバーが鎮座していた。こんな車なのに、どうしてボタン式でも電子式でもない昔ながらのシフトレバーなのだろうか。
それに、エンジンを始動すると、どうやってもごく平凡な4気筒ガソリンエンジンの音しか聞こえてこない。昔のフェートンのようなW12エンジンどころか、V6エンジンすらも設定されない。

当然、ディーゼルも設定されるのだが、諸事情により誰も買わなくなってしまったので、今回の試乗車は4WDのガソリンモデルのR-Lineというグレードだった。R-Lineは大径ホイールが装着されるスポーティーグレードだ。しかし、中身を考えればどこか矛盾している。
普通、車の試乗をするときには、どんな人がその車を欲しがるのかを想像しながらテストする。「ランボルギーニ・ウラカンの荷室は塗装業者には適さない」なんて言おうとも何の意味もないし、フィアット・プントが300km/h以上で走れないことを非難する意味もない。
しかし、リアシートが広大で、フロントシートはそれほど広くなく、経済的な4気筒エンジンを搭載し、4WDで、フォルクスワーゲンブランドから販売され、4万ポンドという値段のスタイリッシュな4ドアクーペを欲しがる人など、会ったことどころか見たことさえない。履物の例えをまたするなら、アルテオンは片足がTod'sのローファーで片足がウェリントン・ブーツのセットのようなものだ。
アルテオンを購入する人は、きっとこんな風に考えているのだろう。
「メルセデス・ベンツ CLSでも、BMW 4シリーズでも、アウディ・A5スポーツバックでもなく、それに似たスタイルで、フォルクスワーゲンのバッジの付いた、ブルージョン洞窟と同じくらい広いトランクを備えた車が欲しい。」
アルテオンは非常に優秀な車だ。どんな状況にもしっかり対処できるし、乗り心地も良い。ボタンを押したりレバーを引いたりすると、しっかりした手応えがあり、きっと長持ちするだろうと確信できる。きっと、死ぬまで乗り続けることだってできるだろう。
けれど、私はこの車を購入したいとは思わないし、きっと私以外の全員も同じ考えだろう。なぜなら、この車は実在しない需要を満たした車だからだ。冒頭に記した通り、この車はマスクの電動ロータスやBSB受信用衛星アンテナと変わらない。なので、この車は宇宙へと打ち上げるべきだろう。そうすれば、100万年後に宇宙人にとっての興味深い研究材料になることだろう。未来の宇宙人なら、この車が生まれた意味を解明できるのかもしれない。
The Clarkson Review: 2018 Volkswagen Arteon
今回紹介するのは、フォルクスワーゲン・アルテオン 2.0 TSI R-Line のレビューです。

イーロン・マスクによると、テスラは火星に向けて電気自動車のロードスターを打ち上げ、いずれ宇宙人に見つけてもらおうと計画しているらしい。彼ならテスラ・ロードスター以外にも宇宙に存在意義のよく分からないものを打ち上げることができるだろう。自動ボタン縫い機やシンクレア C5、BSB受信用衛星アンテナ、トム・ワトソンなどなど…。それから、フォルクスワーゲン・アルテオンもだ。
アルテオンは特殊部隊のスナイパーのごとく市場に潜入してきた。普通、どの自動車メーカーがいつ頃に新型車を発売するかはだいたい事前に知っているのだが、アルテオンは何の前置きもなく、突然私の職場にやって来た。
アルテオンはパサートCCの後継車ではない。営業成績の良くないセメントの営業マンのために作られているパサートに、スタイリッシュなクーペ版など必要なかったということを、きっと厳しい状況にあったフォルクスワーゲンは自覚していたはずだ。飾り紐の付いたクロックスを作るようなものだ。
それに、フェートンの後継車でもない。フェートンは残り物を料理した車だ。フォルクスワーゲングループはベントレー・コンチネンタルGTを新規開発したあと、どういうわけかフォルクスワーゲンブランドからも同じ4WDシステムと大排気量エンジンを採用する高級車を出してしまった。
フェートンは優秀な車だったのだが、地味な高級車を欲しがる成功者などいなかった。高級車を欲しがる人は、中身だけでなく、外見も、そしてバッジも高級なものを求めた。結局、フェートンを購入したのは、周囲に対して庶民派アピールをする必要のあったBBCの社長だけだった。
つまり、アルテオンは何の後継車でもない。4万ポンドのまったく新しい車だ。
まずなにより、見た目が良い。普段、仕事終わりの時間はジェームズ・メイのせいで鬱憤が溜まっているので、職場の前にどんな車が停まっていようとも意にも介さずすぐに車に乗り込んで走り出してしまう。
しかし、アルテオンを前にした私は、靴を鳴らすほどの勢いで立ち止まった。アルテオンを見ると文字通り足を止めてしまう。その理由は、幅の広いフロントグリルのおかげで地を這うような印象になっているからでも、ピラーレスドアでも、押しの強いマスタード色のボディカラーでもない。こんなデザインの車にフォルクスワーゲンのバッジが付いているからだ。アルテオンは飾り紐の付いたクロックスなどではない。ダイヤモンドと真珠で飾られた本革製のクロックスだ。

それだけではない。アルテオンは巨大だ。トランクの中にショルダーバッグを入れるのは、ケネディ宇宙センターのスペースシャトル組立棟にネズミを入れるようなものだ。実際に試したわけではないのだが、トランクに頭を突っ込んで大声を上げれば間違いなくこだまが響くはずだ。
室内に関しても同様だ。ルーフラインが傾斜しているので天井は高くないのだが、リアシートの空間はメルセデス・ベンツ Sクラスと同じくらいに広大だ。足を伸ばして座ることもできてしまう。
私はレイシストではないのだが、この車が生まれた背景には中国人が存在する。最近ではどの自動車メーカーも中国市場を重要視しているのだが、特にフォルクスワーゲンは中国市場の販売比率が多くを占めている。つまり、開発者は常に「中国人はどう感じるのか」を考えて設計を行っている。だからこそ、アルテオンには広大なリアシートが用意されている。
中国人男性の平均身長は170cmにも満たないし、中国人女性の平均身長は約155cmなのだが、どういうわけか中国人は車の購入時にリアシートの広さを最重要視する。中国人は、燃費性能も、スピードも、ハンドリングも気にせず、リアシートのことしか頭にない。
リアシートが広いことは我々にとっても朗報だ。子供が成長するほどに、広いリアシートがありがたくなってくる。中央の座席に誰が座るかで喧嘩が起こることもなくなるし、室内の環境は大幅に改善されることだろう。
要するにアルテオンという車は、デザインは魅力的だし、室内は広大だ。それに、質感も非常に高いし、設計は非常に合理的だ。しかし、シートに座ってみると、真横には古代の電車の分岐器のようなシフトレバーが鎮座していた。こんな車なのに、どうしてボタン式でも電子式でもない昔ながらのシフトレバーなのだろうか。
それに、エンジンを始動すると、どうやってもごく平凡な4気筒ガソリンエンジンの音しか聞こえてこない。昔のフェートンのようなW12エンジンどころか、V6エンジンすらも設定されない。

当然、ディーゼルも設定されるのだが、諸事情により誰も買わなくなってしまったので、今回の試乗車は4WDのガソリンモデルのR-Lineというグレードだった。R-Lineは大径ホイールが装着されるスポーティーグレードだ。しかし、中身を考えればどこか矛盾している。
普通、車の試乗をするときには、どんな人がその車を欲しがるのかを想像しながらテストする。「ランボルギーニ・ウラカンの荷室は塗装業者には適さない」なんて言おうとも何の意味もないし、フィアット・プントが300km/h以上で走れないことを非難する意味もない。
しかし、リアシートが広大で、フロントシートはそれほど広くなく、経済的な4気筒エンジンを搭載し、4WDで、フォルクスワーゲンブランドから販売され、4万ポンドという値段のスタイリッシュな4ドアクーペを欲しがる人など、会ったことどころか見たことさえない。履物の例えをまたするなら、アルテオンは片足がTod'sのローファーで片足がウェリントン・ブーツのセットのようなものだ。
アルテオンを購入する人は、きっとこんな風に考えているのだろう。
「メルセデス・ベンツ CLSでも、BMW 4シリーズでも、アウディ・A5スポーツバックでもなく、それに似たスタイルで、フォルクスワーゲンのバッジの付いた、ブルージョン洞窟と同じくらい広いトランクを備えた車が欲しい。」
アルテオンは非常に優秀な車だ。どんな状況にもしっかり対処できるし、乗り心地も良い。ボタンを押したりレバーを引いたりすると、しっかりした手応えがあり、きっと長持ちするだろうと確信できる。きっと、死ぬまで乗り続けることだってできるだろう。
けれど、私はこの車を購入したいとは思わないし、きっと私以外の全員も同じ考えだろう。なぜなら、この車は実在しない需要を満たした車だからだ。冒頭に記した通り、この車はマスクの電動ロータスやBSB受信用衛星アンテナと変わらない。なので、この車は宇宙へと打ち上げるべきだろう。そうすれば、100万年後に宇宙人にとっての興味深い研究材料になることだろう。未来の宇宙人なら、この車が生まれた意味を解明できるのかもしれない。
The Clarkson Review: 2018 Volkswagen Arteon
その価格帯でレクサスRX450hが買える。
自分なら迷うこともなくRXを選ぶ。
アルテオンを選ぶのは、日本車なんか
ダサくて乗ってられるか!と意固地に
なっている一部の中高年でしょうね。
まあ、そういう層はベンツを選ぶだろうから
まさに極一部というべきか。