Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2005年に書かれたジープ・グランドチェロキー 3.0 CRD のレビューです。


Grand Cherokee

ほとんどのSUVは一見すると車が走れそうもないような道なき道を走破することができる。しかし一方で、一見すると普通に走れそうな緩く傾斜した芝生で立ち往生してしまうSUVもかなり多い。

私は以前、ジープ・ラングラーに乗ってカリフォルニア州のシエラネバダ山脈を走ったことがある。ラングラーは巨大な岩だらけの路面をものともせずに突き進んでいったのだが、グロスタシャーにもあるようなちょっとした丘で動けなくなってしまった。

レンジローバーにも同じようなことが言える。以前、レンジローバーでヴァル=ディゼールからイタリアまで移動したときには何のトラブルもなかったので、ヨークシャーデールズなど朝飯前だと思っていた。ところが、500mほど走るとドアハンドルのあたりまで沈み込んでしまい、地元住民(爆笑していた)には6月まではそこから抜け出せないだろうと言われてしまった。

ランドクルーザーを知らない人はいないだろう。ランドクルーザーはアフリカの砂漠地帯を走破できるように設計されている。世界中の紛争地帯で活躍できる国連用車両として設計されている。にもかかわらず、近所の農家がジプシー・キャラバン除けのために作った小山に負けてしまった。

大型オフロードカーの最低地上高は20cmほどあるのだが、25cmの障害物に直面すると間違いなく立ち往生してしまう。似たような例を挙げてみよう。私は2.1mの高さがあるスーパーの棚から商品を取って、近くにいる老婆を驚かすことはできる。けれど、商品棚の高さが2.2mだった場合、私にできることは何もない。

タイヤの問題もある。10代の顔以上に凸凹したタイヤでもない限り、斜面の緩やかな芝生すら乗り越えることができない。オフロードカーの世界では、濡れた草が「緑の氷」と称されている。

ここから、私が先日購入したARGOCATの話に繋がる。これはヘッドランプの付いたカナダ製の浴槽だ。ただし8輪駆動なので走破性に関しては驚異的だ。3輪が地面から離れたり泥のせいでグリップを失ったりしていたとしても、5輪はちゃんと地面を掴んでいる。それに言うまでもなく、8WDの車は4WD車の2倍、環境保護主義者を苛立たせるだろう。

私はこの車で2週間遊んでいるのだが、いまだにこの車を打ち負かすような障害物には出会っていない。クリス・ボニントンすら怯ませるような斜面に出会ったら、登れるはずがないと思うだろう。まして、搭載するエンジンがわずか25馬力ならばなおさらだ。フードプロセッサーを使って惑星を軌道に乗せるようなものだ。にもかかわらず、ARGOCATは進んでいく。阻むものは何もない。ケンジントン・アンド・チェルシー地区のスピードハンプすら打ち負かせるだろう。

目の前に広がる光景が気に入らないなら、ハンドルバーを回せばいい。すると、片側の4輪がロックし、まるで戦車のごとくその場で一回転することができる。

ARGOCAT
ARGOCAT

マン島を走っている際、うっかり海に入ってしまったときには肝を冷やした。しかし、ARGOCATは水に浮くし、大きなタイヤは蒸気船の外輪のごとく推進力になってくれる。最高速度1ノットで水の上を走ることができるそうだ。これは湖上ならば十分なのだろうが、満月直前、潮の流れがおよそ9ノットのアイリッシュ海では足りない。むしろ潮の流れに乗って反対側のベルファストの港に向かったほうが早いだろう。

ところが、タイヤに海藻が絡み付いた影響か、ちゃんと前進することができてしまい、なんとか元いた岸に戻ることができた。

では、ARGOCATの欠点はなんだろうか。床を外してその獣の構造を見てみると、そこはまるで狂気に満ちた秘密の地下牢だ。あちこちにチェーンが使われている。8歳の男の子ならば誰でも知っているだろうが、チェーンは外れやすく、結果として睾丸がサドルに激突してパンケーキの形になってしまう。チェーンに全幅の信頼を寄せることはできない。

音にも問題がある。コーラー製のエンジンは排気量が小さいにもかかわらず、やたらと騒音を発する。あまりにもやかましいので、周りで文句を言う環境保護主義者の声すらも耳に入ってこない。なんなら、彼らが杖を振り回す姿を歓迎のジェスチャーと捉えることもできる。

私はARGOCATが大好きだ。最高速度はわずか35km/hなので、普通に歩くよりも速いし、普通に歩くよりも楽だ。それに、6人乗りだし、価格は14,000ポンドだ。つまり、ジープ・グランドチェロキーよりも16,000ポンドも安い。

ジープは1930年代にオフロード事業を開拓した。せいぜい15分くらいの歴史しかない一般的なアメリカ企業同様、ジープも「伝統」を会社の柱としている。

ところが意外なことに、新型グランドチェロキーにはそこそこ魅力的だった旧型のデザインを継承しようという努力の痕跡がまったくない。ただの全長4.9mの車でしかない。ヒュンダイと何ら変わらない物体でしかない。

しかし、室内に目を向けると、ある意味でジープの伝統は失われていなかった。室内には一切の空間が存在しない。新型グランドチェロキーは旧型よりも10cmほど長くなっているし、全幅も拡大しているはずなのだが、車に乗り込むと双眼鏡を逆から覗くような気分が味わえる。リアシートに乗り込むためには両脚を切断する必要があるし、荷室に乗せることのできる犬は轢かれた犬だけだ。

しかも、室内にあるものすべてがディスカウントストア品質だ。ただし、サイドブレーキだけは極東のバイブレーター品質だ。本革は加工乳で育てられたアメリカ産ポリウレタン合成牛の革を使っているとしか思えない。

interior

グランドチェロキーはディスカバリー同様モノコック構造をとっている。クライスラーにメルセデスの影響が徐々に浸透してきているのだろう。しかしまだ足りない。リアサスペンションがいまだに車軸懸架なので、ちょっとした路面の段差を乗り越えるだけで髪がずり落ちてしまう。

シートがまともならまだいい。しかし、シートすら使い物にならない。唯一の良いところは、サイドサポートに欠けているため、アメリカの考える最新式サスペンションが生み出す振動が伝わってくるときに空中にいられるという点くらいだ。

要するにこの車は、快適性に欠け、狭く、レゴを溶かした材質で作られている。しかも、価格は3万ポンドだ。確かに、価格を考えれば装備は豊富だ。エアコンはアメリカの外交政策と同じくらいにまともだ。非常に熱い空気や非常に冷たい空気を出してくれる。ただし、ちょうどいい温度の空気は出してくれない。しかも、後部座席に乗ることのできる奇形のためにヘッドレストが3つも用意されている。ただし、ルームミラーを覗くと真ん中のヘッドレストしか映らない。

ただ、良いところもある。ヘッドランプが非常に明るいので、クマを照らすこともできる。それに、メルセデス製のV6ディーゼルエンジンは静かだし洗練されているし燃費も良いし非常にパワフルだ。

ただし、上述した良い点に気付くためにはこの車を運転しなければならない。こんな車を運転していると、思わず発狂しそうになる。なぜなら、エンジンとヘッドランプの明るさ以外、ありとあらゆる部分が異常だからだ。

内側に使われている技術すら石器時代相当だ。トラクションを検知して前後駆動力配分を変更する電子式のディファレンシャルは付いているのだが、サスペンションが上下しないため、地面を離れてしまえばそれで終わりだ。それに、セルフレベリングも付いていない。ひょっとしたら、荷室が狭いのは重い荷物に耐えられないからなのかもしれない。

オフロードカーとして考えると、グランドチェロキーはARGOCATに大敗を喫する。車として考えると、ほとんどありとあらゆる車に大敗を喫する。


Jeep Grand Cherokee