Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、マクラーレン・720Sのレビューです。

概して、フェラーリが優秀な市販モデルを作る時にはF1での成績は芳しくなく、逆に市販モデルの出来が悪い時にはF1で難なく勝利を勝ち取る。
2000年代はじめ、フェラーリはサーキットの覇者だった。5年連続で世界選手権での勝利を収めている。では、その頃販売されていた市販モデルは何だっただろうか。550はまあ優秀な車だったのだが、360は到底出来が良かったとは言えない。
しかし、2009年になると458イタリアという素晴らしい車が登場し、その頃に登場したフロントエンジンのグランドツアラーは男たちを魅了した。それ以来、フェラーリはF1で優勝していない。
このような問題に苦しんでいるのはフェラーリばかりではない。マクラーレンはほとんど毎回トップ3に入っていた。ところが、独自に市販車を作るようになってからというもの、F1レーサーは周回遅れで走るようになり、最終的にはリタイアしてしまうようになってしまった。
ホンダ製エンジンの性能の低さや信頼性の低さが原因だと言うコメンテーターも多く、実際、それも理由のひとつなのだろう。しかし、よく考えてみてほしい。市販車を開発するようになれば、普通はその開発部門に優秀な人材を集めるはずだ。
実際のところ、市販車の開発に関しては成功している。最初の市販モデルであるMP4-12Cは見た目は退屈だったし、爪切りで芝を刈るような人間が設計したような感覚もあった。強迫観念が感じられた。それでも、非常に先進的で速い車だった。
それから市販モデルは増え、車に楽しさが増していき、P1という車が登場した。P1はいまだに、私の知る中で最も狂った車の一台だ。マクラーレンはバッテリーをスピードを生み出すために利用した。私はこの車を「兵器化された風力発電所」と表現した。私はこの車を非常に気に入った。

F1チームはいまだ混沌の最中にあるのだが、マクラーレンはP1のようなハイブリッドシステムを使わずに、どうやったのかP1と同じくらい速い市販車を生み出した。とりあえず数字で説明しよう。P1の0-400m加速は10.2秒だ。一方、720Sの0-400m加速は10.4秒だ。この差はそれほど大きなものではない。
コーナーではこの差を埋めることができる。P1の運転に慣れるためには非常に時間がかかる。なんとか慣れたあとに気付いたのだが、P1は極限状態になるとアンダーステアを呈する。720Sもアンダーステアは引き起こすのだが、程度は違う。その結果、恐竜はレインボー・ウォーリアよりも速くサーキットを走ることができる。この理由は重量や電子制御で説明できる。
720Sの場合、車からデータをダウンロードし、夕食後に職場から家までの道程での自分の走りを分析することができる。要するにこれはオタクのための車だ。
見た目は素晴らしいのだが(試乗車はブラウンだったのだが、それでも魅力的に思えた)、フェラーリのような魂はない。いつでもどこでもフェラーリの尻を蹴ることのできる実力を持ちながらも、車自体はトラベロッジでのフリップチャートを使った会議を経て設計されたものであることが手に取るように分かる。ワインを飲みながら和気藹々と設計された車ではない。
これは大きな問題となってくる。剛性は650Sと比べて5.548%向上しているだの、ストロークが延長して排気量が195cc増加しているだの、カーボンファイバー製の「タブ」に改良が施されているだのと、語るべき点はたくさんある。これらがベルギー、スパ・フランコルシャンのオー・ルージュにおける限界を上げることに寄与しているのは事実だろう。しかしその代償として、M40でマンホールの蓋に乗り上げると怯んでしまう。
これまでのマクラーレンの凄さは操作性の高さとしなやかな乗り心地を両立しているところにあった。しかし、720Sにはそれがない。あまりにも硬すぎる。
ブレーキペダルもおかしい。最初にちょっと踏んだときには何も起こらず、パニックになって一気に踏み込むとあまりの制動力に車が浮き上がってしまう。ブレーキペダルを少し踏んだだけだとクリープ現象で車が前に進んでしまう。かなり踏み込まないとブレーキは効いてくれない。

ブレーキ自体には何の問題もない。問題なのはペダルだ。この問題に気付いたのは私だけではない。オートカーもこの点について指摘しているし、ジェームズ・メイも気付いた。それだけに、早急に改善すべきだろう。
インテリアの問題点は早急に改善することは難しいだろう。故意にやたら複雑にされているようだ。パワーシートの調節機構がその代表例だ。そこにはロジックというものが存在しない。「トラック」、「コンフォート」、「スポーツ」といった走行モードにも似たような問題がある。ナビはこれまでのマクラーレンやフェラーリのナビよりはましなのだが、フォルクスワーゲン・ゴルフのナビと比べると見劣りする。
総合すると、720Sは非常にトリッキーな車だ。確かに速さは衝撃的だ。しかし、名目上はフェラーリ・488の競合車なのだが、実際はまったく違ったタイプの車だ。ビッグマックとアリシア・ヴィキャンデル以上に違う。
乗り心地は悪いし、操作系はあまりにも扱いづらく、ブレーキペダルは欠陥品だ。しかし、それ以上に大きな問題点がある。この車はヨーやスリップアングルなどの物理的問題に詳しい頭の良い人が設計したのだろう。この車を運転しているとそれが伝わってくる。
720SにもP1のような魅力が必要だ。人間らしさが、無邪気さが必要だ。トラベロッジではなくパブで開発を進めるべきだったのだろう。
The Clarkson Review: 2017 McLaren 720S
今回紹介するのは、マクラーレン・720Sのレビューです。

概して、フェラーリが優秀な市販モデルを作る時にはF1での成績は芳しくなく、逆に市販モデルの出来が悪い時にはF1で難なく勝利を勝ち取る。
2000年代はじめ、フェラーリはサーキットの覇者だった。5年連続で世界選手権での勝利を収めている。では、その頃販売されていた市販モデルは何だっただろうか。550はまあ優秀な車だったのだが、360は到底出来が良かったとは言えない。
しかし、2009年になると458イタリアという素晴らしい車が登場し、その頃に登場したフロントエンジンのグランドツアラーは男たちを魅了した。それ以来、フェラーリはF1で優勝していない。
このような問題に苦しんでいるのはフェラーリばかりではない。マクラーレンはほとんど毎回トップ3に入っていた。ところが、独自に市販車を作るようになってからというもの、F1レーサーは周回遅れで走るようになり、最終的にはリタイアしてしまうようになってしまった。
ホンダ製エンジンの性能の低さや信頼性の低さが原因だと言うコメンテーターも多く、実際、それも理由のひとつなのだろう。しかし、よく考えてみてほしい。市販車を開発するようになれば、普通はその開発部門に優秀な人材を集めるはずだ。
実際のところ、市販車の開発に関しては成功している。最初の市販モデルであるMP4-12Cは見た目は退屈だったし、爪切りで芝を刈るような人間が設計したような感覚もあった。強迫観念が感じられた。それでも、非常に先進的で速い車だった。
それから市販モデルは増え、車に楽しさが増していき、P1という車が登場した。P1はいまだに、私の知る中で最も狂った車の一台だ。マクラーレンはバッテリーをスピードを生み出すために利用した。私はこの車を「兵器化された風力発電所」と表現した。私はこの車を非常に気に入った。

F1チームはいまだ混沌の最中にあるのだが、マクラーレンはP1のようなハイブリッドシステムを使わずに、どうやったのかP1と同じくらい速い市販車を生み出した。とりあえず数字で説明しよう。P1の0-400m加速は10.2秒だ。一方、720Sの0-400m加速は10.4秒だ。この差はそれほど大きなものではない。
コーナーではこの差を埋めることができる。P1の運転に慣れるためには非常に時間がかかる。なんとか慣れたあとに気付いたのだが、P1は極限状態になるとアンダーステアを呈する。720Sもアンダーステアは引き起こすのだが、程度は違う。その結果、恐竜はレインボー・ウォーリアよりも速くサーキットを走ることができる。この理由は重量や電子制御で説明できる。
720Sの場合、車からデータをダウンロードし、夕食後に職場から家までの道程での自分の走りを分析することができる。要するにこれはオタクのための車だ。
見た目は素晴らしいのだが(試乗車はブラウンだったのだが、それでも魅力的に思えた)、フェラーリのような魂はない。いつでもどこでもフェラーリの尻を蹴ることのできる実力を持ちながらも、車自体はトラベロッジでのフリップチャートを使った会議を経て設計されたものであることが手に取るように分かる。ワインを飲みながら和気藹々と設計された車ではない。
これは大きな問題となってくる。剛性は650Sと比べて5.548%向上しているだの、ストロークが延長して排気量が195cc増加しているだの、カーボンファイバー製の「タブ」に改良が施されているだのと、語るべき点はたくさんある。これらがベルギー、スパ・フランコルシャンのオー・ルージュにおける限界を上げることに寄与しているのは事実だろう。しかしその代償として、M40でマンホールの蓋に乗り上げると怯んでしまう。
これまでのマクラーレンの凄さは操作性の高さとしなやかな乗り心地を両立しているところにあった。しかし、720Sにはそれがない。あまりにも硬すぎる。
ブレーキペダルもおかしい。最初にちょっと踏んだときには何も起こらず、パニックになって一気に踏み込むとあまりの制動力に車が浮き上がってしまう。ブレーキペダルを少し踏んだだけだとクリープ現象で車が前に進んでしまう。かなり踏み込まないとブレーキは効いてくれない。

ブレーキ自体には何の問題もない。問題なのはペダルだ。この問題に気付いたのは私だけではない。オートカーもこの点について指摘しているし、ジェームズ・メイも気付いた。それだけに、早急に改善すべきだろう。
インテリアの問題点は早急に改善することは難しいだろう。故意にやたら複雑にされているようだ。パワーシートの調節機構がその代表例だ。そこにはロジックというものが存在しない。「トラック」、「コンフォート」、「スポーツ」といった走行モードにも似たような問題がある。ナビはこれまでのマクラーレンやフェラーリのナビよりはましなのだが、フォルクスワーゲン・ゴルフのナビと比べると見劣りする。
総合すると、720Sは非常にトリッキーな車だ。確かに速さは衝撃的だ。しかし、名目上はフェラーリ・488の競合車なのだが、実際はまったく違ったタイプの車だ。ビッグマックとアリシア・ヴィキャンデル以上に違う。
乗り心地は悪いし、操作系はあまりにも扱いづらく、ブレーキペダルは欠陥品だ。しかし、それ以上に大きな問題点がある。この車はヨーやスリップアングルなどの物理的問題に詳しい頭の良い人が設計したのだろう。この車を運転しているとそれが伝わってくる。
720SにもP1のような魅力が必要だ。人間らしさが、無邪気さが必要だ。トラベロッジではなくパブで開発を進めるべきだったのだろう。
The Clarkson Review: 2017 McLaren 720S
自分は嫌いですなー