Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ホンダ・シビックタイプRのレビューです。


Civic Type R

15年前、経済状況が悪化し、小規模な自動車メーカーは軒並み巨大メーカーに吸収されていった。当時の私は、将来的には2社しか生き残らないだろうと考えた。その2社とは、メルセデス・ベンツとホンダだ。

変革を引き起こせるメーカーはこの2社しかなかった。他のメーカーがハエどもを誘い込むためにヘッドアップディスプレイのようなギミックを装備している中で、ホンダとメルセデスは革新を起こしていた。燃料電池車を開発し、他とは違う車を作ろうとしていた。この強みこそが、大きさこそ正義であり、巨大な中国が支配していくであろう今後の世界において、最も重要なことであると考えていた。

しかし、それから少し経つと、ホンダに諦めを感じるようになった。元気で楽しい小型ハッチバックや刺激的なクーペや魅惑的なミッドシップスーパーカーを作るのをやめ、そして…なんと不思議なことに、その頃のホンダが何を作っていたのかまったく思い出せない。

かろうじて思い出せるのは妙な形の小さなオフロードカーくらいで、その頃に私の母はジャズ(日本名: フィット)というコンパクトカーを購入した。母がジャズを購入したのはピンクのボディカラーが選択できたからなのだが、やがてピンクが廃止されてしまったため、母はフォルクスワーゲン・ゴルフに買い換えた。

それ以降のホンダはまったく記憶にない。スウィンドンにあるホンダの大きな工場の前をよく運転していたので、何度もホンダ車を見てきたはずなのだが、それがどんな車だったかはまるで覚えていない。確かなのは、そこに私の欲しい車はなかったということだけだ。それに、この記事を読むような人が欲しがるような車もなかったはずだ。

名車、NSXの後継車を開発中だという話は昔からあったのだが、そのハイブリッドシステムの開発の進捗についてホンダに尋ねてみても、最初は口を濁し、それから無駄話を経て、ようやく得られた回答は「現在、開発陣はカリフォルニアでシボレー・コルベットをベンチマークに比較検討中だ」というものだった。おそらくはカリフォルニアのビーチでさぞ楽しい開発を行っていたのだろう。

結局、新型NSXは発売に至ったのだが、ホンダのF1同様、NSXも大いに物議を醸した。決して完成度の低い車ではないのだが、運転して「ワオ!」と思える車ではなかった。運転しただけで「欲しくてたまらない」と思える車ではなかった。

それに、ホンダは旧型シビックのホットモデルの開発に馬鹿みたいに長い時間をかけてしまい、ようやく登場する頃にはシビックのモデル末期になっていた。発売はされたものの、その評判が広まるよりも前に生産が終わってしまった。

rear

幸いにも、新型シビックのホットモデルの開発はずっと早く進んだようだ。しかも、急ぎの仕事だったにもかかわらず、昔のホンダが戻ってきたような感じがした。この車には特別感があった。

2Lターボエンジンは基本的に旧型と変わっていないそうなのだが、ちょっとした改良のおかげでかなり余裕のある力強いエンジンになっている。アクセルを少し踏んだだけでその片鱗を味わうことができる。まるで今から屈強な男とアームレスリングをしようとしているかのようだ。まだその力は感じられないのだが、自分の肩が外れてしまうことは本能的に察知できる。

しかし、シビックタイプRで最も印象的だったのはエンジンやスピードではない。シャシだ。旧型よりもトレッドが拡大されており、骨格も強化されている。となると、骨に直接響くような乗り心地を想像してしまうのだが、そんなことはない。とてつもないグリップとしなやかな乗り心地を両立している。子犬のように穏やかとまでは言えないのだが、詰め物が落ちてしまうような振動は起こらない。

ハードな運転をするとこの車は光る。少し太ってはいるのだが、感電死したツバメのごとく鋭く方向を変えるため、重さはまるで感じられない。最高出力は実に320PS、最大トルクは40.8kgf·mで、3本出しの変な排気システムからは爆音が鳴り響く。かつての楽しいホンダが帰ってきた。

フォード・フィエスタSTと同じくらい楽しいかといえば、その答えはノーだ。私は公道をフィエスタよりも楽しく走れる車を知らない。それに、小さなフォードと違い、ホンダは少し大きい。

ホットハッチで大切なのは、速くて楽しくて魅力的ながらも、あくまでハッチバックであることだ。実用性や経済性を犠牲にしてはいけない。そしてだからこそ、私はホットハッチが大好きだ。

おそらくは世界初のホットハッチである初代ゴルフGTIは、スポーツカー以上に楽しく、かつ5人の家族とその荷物を載せて海へと行くことができた。その結果、MGを経営不振へと至らしめた。これは1970年代当時の話だ。当時は誰もが海に行きたがっていた。

その点、ホンダの実力は高い。ニュルブルクリンクに固執しながらも、ドアは5枚あるし、荷室は広いし、リアシートを畳むこともできる。こういった特徴はランボルギーニには存在しない。

interior

それに、20インチホイールやバックカメラや(使いづらい)ナビも標準装備となっている。価格は30,995ポンドと驚くほど安い。燃費も良いし、リセールバリューだって高い。保険料が馬鹿みたいに高いわけでもないし、維持費だってそれほどかからない。

要するに、シビックタイプRは完璧なホットハッチだ。速くて(fast)、楽しくて(fun)、経済的で(frugal)、5ドア(five door)で、家族(family)にぴったりで…。なんて、頭韻を踏むのは嫌いだ。

それに、私はシビックタイプRの見た目も嫌いだ。この車以上に下品なものを見たことがあるだろうか。あらゆる羽や翼にちゃんと意味があるらしいのだが、その意味は聞かずとも分かる。フーリガン行為や万引きが大好きだということを、そしてナイフを隠し持っていることを周りに知らしめるためだ。

知り合いにシビックタイプRの購入を検討している近衛兵がいる。もし彼がシビックタイプRを購入したら、きっと運転中はベアスキン帽を逆向きに被るようになるだろう。

私はこの車を運転するのが恥ずかしかった。たくさんの人に指をさされ、騒がれ、写真を撮られた。シビックタイプRに乗る人を見たら、きっと誰もがこう思うはずだ。
こんな車を買うなんて、どれほどペニスの小さい人なのだろうか。

フォード・フォーカスRSメルセデスAMG A45にも似たような問題がある。どちらもホンダほど下品なわけではないのだが、それでも見た目は攻撃的だ。もちろん、こういったデザインを嫌がらない人もいる。わざわざ目立ちたいと思う人だっている。しかし、そうでないなら、フォルクスワーゲン・ゴルフRを買うべきだ。ゴルフRはホンダほど楽しい車ではないし、最高速度もホンダより低い。けれど、恥はかかずに済む。


The Clarkson Review: 2017 Honda Civic Type R