Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ヴォクスホール・インシグニア グランドスポーツのレビューです。


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私はあのことを鮮明に覚えている。当時、私は7歳で、夕食のトライプ・アンド・オニオンを食べているとき、父親が「明日、家に新しいカンパニーカーが届く」と宣言した。

それを聞いた私は大興奮だった。どんなフォード・コーティナが来るのだろうか。テレビの中でレースをしていたCNDロゴマーク型テールランプの旧型モデルがやって来るのだろうか。確かそんな番組を見た覚えがある。いや、ひょっとしたらレースをしていたのはミニだったかもしれない。あるいは、まったくの記憶違いかもしれない。それとも、友達の父親の誰も持っていない、新型の2代目コーティナだろうか。

その翌日、学校が終わると、私は全速力で家に帰り、新しい車に乗るのが待ち遠しくてパンとサンドウィッチをかき込んだ。実のところ、私はどこかで初代コーティナであってほしいと願っていた。けれど、父が購入したのが2代目コーティナだと分かっても、私は喜んだ。

私はほとんど一晩中新車の中に籠もり、スイッチをいじって遊んだ。暖房のスイッチを動かして遊びつづけた。今でもこのコーティナのダッシュボードは仔細にわたって思い出すことができる。ナンバーもまだ覚えている。KHY 579Eだった。

このコーティナは普通のモデルではなかった。「スーパー」というモデルだった。当時の私は、父が仕事で好成績を収めたからこそ、このモデルを購入できたんだと思っていた。当時、仕事の成績はカンパニーカーで分かった。昇給でもなく、昼食の豪華さでもなく、コーティナに時計やタコメーターが付いているかどうかが重要だった。

カンパニーカーは仕事で良い成績を収めた人に贈られる特権であり、報酬だった。会社が社員のために車を買うというのはかなり重大なことであり、社員の価値の尺度となった。そしてだからこそ、当時、イギリスの乗用車の売り上げの80%は企業購入分が占めていた。要するに、乗用車の売り上げのほとんどがフォードかオースチンかヴォクスホールだった。

サイモン・シェファードはかつて、父親がサンビーム・レイピアを手に入れかけたことを話していた。ナイジェル・トンプソンは父親がBMW CSLに乗っていると話していた。ただ、これはただの大言壮語だろう。そんなに凄い営業成績を残した父親など存在しない。

1990年代に入ると、政府はカンパニーカーの規制を開始し、個々人が税金を納めなければならなくなってしまった。かつては会社の役員と高給取りだけ税金を納めていればよかった。今でもカンパニーカーがイギリスにおける新車の売り上げの60%を占めているのだが、今では特権でもなんでもなくなってしまった。

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それに、今やそれぞれが好きな車を選ぶようになった。人々が好むのはSUVやBMWなど、近隣住民に対して「人生がうまくいっている」と知らしめるような車ばかりだ。そして、フォードなど決して欲しがらなくなった。だからこそ、今やフォードの市場シェアは12%にまで落ち込んでしまった。そして、フォード同様、ヴォクスホールも欲しがらない。

私はかつて、一度だけヴォクスホールを欲しがる人に会ったことがある。昔のウィリアム・ウーラード時代のTop Gearで街頭インタビューをしているとき、怪しいノッティンガムシャー風の髪型をした青年に対し、お金が無限にあったらどんな車を買いたいか尋ねた。すると彼は「ヴォクスホール・カリブラ ターボが欲しい」と答えた。

そんなことを言う人は彼以外に存在しなかった。アストラを欲しがる人も、キャバリエを欲しがる人も、セネターを欲しがる人もいなかった。そもそも、ベクトラを欲しがる人など存在するはずがない。ベクトラという車は、営業成績がゼロで、上司の妻を寝取ったような社員に与えられるカンパニーカーだ。

ベクトラはヴォクスホールの暗黒時代だ。カンパニーカーというシステムが変化しようとしている頃に製造されていた。当時、人々は与えられた車に魅力を感じなくなってきていた。はじめての愛車がキャバリエだったジェームズ・メイすらも、ベクトラには何の魅力もないと言っている。いや、それどころの話ではない。ベクトラは憎々しい車だ。「これでいいや」という設計思想がありありと表れている。

それ以来、ヴォクスホールは非常に整ったデザインの車ばかり出してきた(特にアストラクーペは印象的だった)のだが、誰も興味を持たなかった。キア・スポーテージのほうがまだましだった。あるいは、ボリス・ジョンソンの自転車のほうがましだった。それどころか、ヴォクスホールを貰うくらいなら何も貰わないほうがましだった。

ヴォクスホールが注目を集めるためには、完璧な車を作り、それを9ペンスで売るほかない。今回試乗したヴォクスホール・インシグニア グランドスポーツはそれにほど近い車だった。

まずSRiのバッジに騙された。1990年代にヴォクスホールから出ていたマイルドなスポーツモデルを思い出した。そして、もしヴォクスホールでさえなければ、優等生な車なのかもしれないと思った。しかし、タコメーターのスケールを見て希望が薄れてしまった。試乗車はディーゼルだった。トレーニングウェアを着たディーゼル。それはこの上なく絶望的だ。ジャージを着た巨漢のようなものだ。

私は運転しはじめてすぐに惨めな気持ちになった。ステアリングを一回転させても子供の玩具の車より曲がってくれなかった。ちょっとした進路変更をするためにもダルヴィーシュのごとくステアリングを激しく回転させなければならない。

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それに、パフォーマンスにも問題があった。試乗車にはインシグニアの中で最もパワフルな170PSのディーゼルエンジンが搭載されており、0-100km/h加速は公称値で8秒ちょっとらしい。数値的には十分に速いはずなのだが、運転席からだとそれほど速くは感じられなかった。私には「平均的」に感じられた。

しかしあるとき、ボンネットの中央にプレスラインが入っていることに気付いた。これは間違いなくギミックなのだろうが、このおかげでフロントがソリッドに見え、材質が実際よりも頑丈そうに感じられた。それから、道沿いの店の窓に映るインシグニアを見て思った。なかなか良い車じゃないか、と。

室内空間は広く、レイアウトもよく考えられていた。ハンドバッグの中から何かを探そうとする女性のようにごそごそと探し回ることもない。パーキングセンサーを切るボタンはどこにあるのだろうか、と探しても、ちゃんと予想通りの場所にあってくれる。

特に試乗車はかなり装備が豊富だったのでこれは嬉しかった。試乗車には車載Wi-Fiルーターやヘッドアップディスプレイも装備されていた。それに、高速道路の車線からはみ出さないように監視する機能や、そのほかメルセデスやBMWの上級車にしか付いていないような機能も付いていた。

当然、これらのほとんどはオプションだ。「ブリリアント」という名前の単なる赤のボディカラーも285ポンドのオプションだ。フロントシートは非常に良かったのだが、そのシートすら1,155ポンドのオプション品だった。

それでも、試乗車のオプション抜きの価格は23,800ポンドで、オプションを込みにしても30,000ポンドをわずかに超える程度だった。160ポンドのオプションである携帯電話用のワイヤレス充電機能を装備しなければ30,000ポンドを切る価格になる。

最高速度が225km/hで室内の広い、装備内容も豊富な5シーターの車が3万ポンドで買えてしまう。しかし残念なことに、誰もこの車を欲しがらない。なぜなら、今は1967年ではないからだ。


The Clarkson Review: 2017 Vauxhall Insignia Grand Sport