Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、BMW M760Li xDrive のレビューです。


M760Li xDrive

もしもし。もしもーーし。この記事を読んでる人は本当に存在するのだろうか。どうせページをすっ飛ばしてレシピ記事でも読んでいるのではないだろうか。こんな疑問を抱いたのは、近年、車好きと呼べるような人の数がかなり減って、もはやプロの腹話術師よりも数が少ないかもしれないと思うようになったからだ。具体的な数字を言うと、3人くらいではなかろうか。

自動車雑誌の売り上げは減少を続け、もはやまったく売れていないと言っても過言ではないほどになった。フィフス・ギアは衛星放送に追いやられた末、ついに放送を終えてしまった。トップ・ギアの観客の数もどんどん減っているそうだ。それに、大手自動車メーカーの大半は顧客に現金を渡し、車をスクラップさせて代わりにオイスターカードを買わせている。

私の子供たちなど典型的だ。100万km/Lの燃費さえ実現していれば、どんな車だろうと気にはしない。スピードも、ハンドリングも、デザインも。そもそも、こういった要素にこだわる意味すら分かっていない。私の息子はフィアット・プントを欲しがっていたのだが、その理由は決してフェラーリとの関連性などではなく、イタリアのサッカーが好きだったからだ。フィアット自身すら、そんなマーケティングなど思いつかなかったはずだ。

世界には、ガソリンエンジン車やディーゼルエンジン車を完全に排除すると主張している国も存在する(その期限は排除宣言をした人間がちょうど死ぬ頃に定められている)。近年では自動車が引き起こす社会問題に関する報道が加熱し、制限速度の引き下げや自動運転の必要性が叫ばれるようになっている。

近頃では、誰かと一緒に外食をすると、「車の話をするなら別の席に移りますよ」と言われてしまう。真面目な話、車好きはトーリー党員と似たような扱いを受けてしまう。礼節を持った友人関係など築けない。

トーリー党員が存在するように、今でも自動車好きは存在する。先週、私も車好きと会った。彼は若い配送業者で、私の運転していたBMW M760Li xDrive V12を眺めながら、近くにいた同僚に聞かれないように小声で話しかけてきた。
どうしてこの車はM6より馬力がないんですか。

私は驚いた。あまりに驚いたので彼の間違いを訂正できなかった。M760Liの最高出力は609PSで、ネルソン・ピケ時代以来のBMWで最もパワーがある。ここで疑問が生じる。それはなぜだろうか。これはロングホイールベースの超快適なリムジンで、柔らかいヘッドレストが付き、室内照明の調節までできる。そんな車に一体どうしてツインパワーターボ付きの6.6L V12などという狂気じみたエンジンを搭載したのだろうか。

interior

どうして0-100km/h加速をほとんどのポルシェ・911よりも速い4秒未満に抑えたのだろうか。四輪駆動と四輪操舵を備え、ケータハムのように走れるようにしたのはなぜだろうか。こんな車を購入する人は大半がリアシートに座るはずだ。運転手がローンチコントロールなど使おうものなら、60km/hに達するより前に首になってしまう。

BMWには問題がある。もしBMWが他のどの車よりも静かで滑らかな車を作ってしまったら、果たして誰がよっぽど高価なロールス・ロイス ゴーストを買おうと思うのだろうか。ご存知かとは思うが、ロールス・ロイスはBMWの傘下にある。それに、正直なことを言うと、ヒースローまで静かで滑らかな車に乗って移動したいなら、きっと誰もがメルセデス・ベンツ Sクラスを選ぶだろう。

その結果、BMWはこれまで自社が売りにし続けてきた「究極のドライビングマシン」を別の形でマーケティングに組み込まざるをえなくなった。だからこそ、私が借りた試乗車はドリフト好き御用達のマットブラックに塗られ、シートは赤いレザーだった。この赤は薄い赤などではない。鮮やかな赤だ。1950年代の映画に出演していた女優の口紅と同じくらいに鮮やかだ。

見た目は非常に陽気だ。乗り込む人全員が同じ感想を抱くことだろう。「素晴らしい」と。リアアームレストにはiPadっぽいものが備え付けられており、そこでリアのディスプレイを操作することができる。きっと皆気に入ることだろう。冷蔵庫も付いている。そんな車でスポーツモードにしてアクセルを踏み込めば誰もがこう叫ぶはずだ。
うわあああああああ。なんてこった。

この車の速さは乗員を興奮させる。速度の絶対的な数値に感動するわけではない。ランボルギーニもマクラーレンもこの車よりは速い。そうではなく、予想外に速いからこそ、興奮してしまう。どう表現したらいいか悩ましいのだが、昔ながらのポルノ映画に出てくる眼鏡を掛けたキツめの女性を思い出した。眼鏡を外し、髪を下ろした彼女のギャップには驚いてしまう。

それに、曲がりくねった道を走らせたときの安定性にも驚かされる。4WDシステムや超先進的なサスペンションが寄与しているのだろうが、いずれにしても、ドライバーは助手席の乗員がハンドバックに嘔吐するのを横目に見ながら、2.5トンの巨大リムジンがまるでホットハッチのように走ることに驚嘆せずにはいられないはずだ。

しかし、前かがみになってシステム(何を調節しようとしていたのかは忘れたが、きっとナイトビジョンカメラかマッサージシート機能だろう)の調節をしようとすると、すべてが変化してしまった。車が遅くなった。ナビ画面の表示がトヨタ・プリウスのような点線や矢印だらけの図になり、エンジンが停止してバッテリーに充電している様子を伝えた。メーターはブルーに点灯し、眼鏡がなければ読めないほど小さな文字で意味の分からない表示が出てきた。

back seat

左側にはガソリンポンプの図とともに「+0.6mi」と表示され、メーターは90から50に下がり、続いてなんの契機もなく突然16.2まで下がった。

おそらく、エコモード的なものに切り替えてしまったのだろう。これについて調べるためにBMWのウェブサイトを見ても、そこにはM760Liのエコモードに関する記述はまったく見当たらなかった。なので広報資料に書かれていた電話番号を頼りにBMWの広報部門に電話をかけてみた。ところが、その電話番号は現在使われていないものだった。

謎だ。私はこの車に存在しないはずのモードに入れてしまったようだ。しかし、いずれにしてもエコモードが存在したのは確かだ。では果たして、6.6Lの高速高級車にUberのような燃費性能を求める人など存在するのだろうか。

このモードを使えば年間数ポンドほどは節約できるのだろうが、お金を節約することに興味がある人間は大排気量エンジンを搭載した超複雑な巨大BMWなど決して検討しないだろう。過去を振り返れば分かる通り、大排気量BMWのリセールバリューは山の頂上からピアノを落とすがごとく急落する。いまだに試乗車を回収する担当者が私のところに来ていないのは、きっと既に車の回収費用よりも安くなってしまったからなのだろう。

結論に移ろう。Uberが普及し、オービスに監視され、保険料が高騰したこの世の中において、これほど高価でこれほど無意味な車に興味を持つような人は高級車など買えない貧乏人ばかりで、仮に買える人がいたとしても代わりにM6を購入するだろう。

それでも、これほどまでに栄光に満ちた車はない。この車に何の意味があるのかは分からないが、それでも凄い車ではあると思う。


The Clarkson Review: BMW M760Li xDrive V12 (7-series)