Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2003年に書かれた MG Xパワー SV のレビューです。


MG SV

私はMGが何から何まで嫌いだ。昔、ケネス・モアがスザンナ・ヨークを横に乗せて走っていた時代のMGはまだましだったのかもしれないが、私の知っているMGは最悪な車ばかりだ。

MGの無力でやかましいエンジンには塵肺に罹った男と同程度のスポーティーさしかない。やっつけ仕事のサスペンションはまるでウェリントン・ブーツを履いた馬だ。

1970年代にはアメリカの安全基準が改定され、車のヘッドライトの地上からの高さが規定された。それを受け、あらゆる自動車メーカーが新しい規制に合うように車のノーズの設計を変更した。

ところが、MGだけは例外だった。サスペンションにブロックを詰め、地上高を高くすることで規制に対応した。ビニール製の窓を付けて風を遮ろうとするような話だ。確かに有効ではあるのだが、性能的に、そしてデザイン的に考えれば決して賢明な選択ではない。

こんなしょうもない車に乗っていたのはどんな人なのだろうか。美容師はMGになど乗らなかった。それ以前に、MGに乗るような人間は美容師の存在すら知らなかっただろう。彼らは常に髪がぼさぼさで、髭も伸び放題だった。車を長い時間かけて自力で修理していたので、いつも服が汚れていた。

デイビッド・アッテンボローは今、6部構成の昆虫ドキュメンタリー番組を鋭意製作中らしい。きっと彼は珍しくて気持ち悪い虫を探すために地の果てまで行ったのだろう。しかし、わざわざそんなことをする必要はなかった。MGのオーナーの爪の中を探せば、ありとあらゆる種類の虫を見つけることができるはずだ。

彼らはエンジンオイルでいっぱいになった風呂に入っている。主食は業務用石鹸だ。そして彼らは、操作性最悪で超低速で醜くて地獄のような愛車についてばかりいつも語っている。MGはタイヤすら数百メートルごとに交換が必要なほど信頼性が無かった。

MGのオーナーは自分の愛車のことを「昔にタイムスリップできる車だ」と語る。それは事実だ。ジフテリアと復員スーツの時代に戻ることができる。しかし、私は未来へと進んでいきたい人間だ。そんな私のもとにやって来た試乗車が新型MG SVだった。

驚くべきことに、これは獣のような車だ。搭載されているV8エンジンはMGとは思えないほどに力強い。喘息に罹ったようなエンジンとは違う。ただし、アクセルを踏み込むと咳を集積したようなとてつもない音が響く。この音を初めて聞くと、大気中のすべての空気が、鳥が、ハエが、一挙にシリンダーに吸い込まれたのではないかとさえ感じてしまう。

rear

このエンジンは世界最悪のエンジンに端を発している。アメリカ車、フォード・マスタングの4.6Lエンジンだ。しかし、ローバーがエンジンブロックを含めありとあらゆる部分に手を入れたことで、咆哮し、火を噴く怪物が生み出された。

燃費についても言及することにしよう。なんと表現すればいいか…。最高速度の257km/hで走り続けると、1分間で無鉛ガソリンを1kg消費してしまう。

標準チューニングの場合、最高出力は324PSだ。ボディはカーボンファイバー製で、車重はわずか1,400kgなので、0-100km/h加速は5.3秒でこなす。ところが、今回私が試乗したモデルは400馬力まで強化されていた。それどころか、1,000馬力化するニトロキットまで販売されている。1,000馬力といえば、ミハエル・シューマッハが最後に乗ったマシンよりも200馬力も強力だ。

最近ローバーについて聞くことといえば、悲劇的な話ばかりだ。年金基金関連の不祥事や損失や中国企業との合弁事業(失敗に終わった)、そしてインド企業との合弁事業により生まれた最悪の車、シティローバー…。

このSVも間に合わせの製品だ。イタリアの"Qvale"という、誰も聞いたこともなければ、誰にも発音することすらできないような自動車メーカーから、MGが車の販売権を200万ポンドかけて買い取った。

きっと、"Qvale"と書かれたバッジを外し、そこに"MG"のバッジを付けるだけで売ろうとしたのだろう。ところが、結局はありとあらゆるものに手が加えられることとなった。唯一変わらなかったのはワイパー用のモーターだけだそうだ。

SVのシャシはフェラーリやランボルギーニのシャシを作っている工場で製造される。ボディはワイト島で製造され、エンジンはアメリカ製だ。最終組立はロングブリッジで行われるのだが、ローバーは資金難にあるため、それぞれの部品を輸送するトラックすら借り物だ。嫌な予感しかしない。

しかし嬉しいことに、この獣は素晴らしかった。真の傑作だ。ハンドリングは見事だ。グリップは期待したほど優秀ではないのだが、ラインから外れてリアが膨らむと完璧なパワースライドができるので、思わず笑みがこぼれてしまう。

このシャシを設計した人間が誰なのかは知らないが、彼はドライバーが望んでいることをちゃんと理解しているのだろう。素晴らしい技術者だ。彼のような技術者に今後の自動車開発を担っていってほしい。

interior

このあたりで締めたいところなのだが、そうはいかない。まだ原稿は埋まっていないし、この車の悪い点についても指摘しなければならない。

まず、価格設定がTVRやフォード・マスタングに対抗できていない。価格は75,000ポンドで、ポルシェのGT3と同等となる。しかもこれはベースグレードの価格だ。400馬力版ともなると価格は6桁となり、もはやランボルギーニの領域だ。

SVは速い。その点について疑う余地はない。しかし、同価格帯のドイツ車やイタリア車ほど速いわけではない。それに、装備もそれほど充実していない。ナビもエアバッグも付いていないし、シートは手動式だ。

それに、作りもあまり良くはない。メーターが故障していただけでもかなり困るのだが、今度はABSが誤作動しはじめ、状況は最悪となった。

室内には左脚の置き場がなく、窓は一番下まで下がらず、トランスミッションは最悪で、高速域での風切り音も最悪で、質感は恐ろしいほどに安っぽく、シートはサポート性に欠け、ドアフレームによく頭をぶつけてしまう。しかも、運転していると少し気分が悪くなってきた。

周りからは頭をぶつけたせいで軽い脳震盪が起こったのかもしれないと言われた。しかし私は室内にガソリンが漏れていたせいだと思う。あるいは、脳震盪のせいでガソリンの煙を幻視したのかもしれない。真実は分からないが、運転しはじめて24時間が経つ頃には明らかに具合が悪くなってしまった。

残念だ。私はSVを好きになりたかった。見た目は非常に良いと思う。テストステロンと筋肉の共演のようなデザインだ。それに音も見事だ。240km/hで響き渡る音はまるでロックンロールだ。

これまでのMGの概念をぶち壊すようなワルな車になってほしいと願っていた。MGのオーナーズクラブでMGオーナーにこびりついた虫を吹き飛ばしてほしいと願っていた。しかし、残念ながら…。

確かに走りは素晴らしいのだが、細かいところまで見ると、全体的な品質が75,000ポンドという価格に見合っていない。


MG SV