Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、メルセデスAMG GT C ロードスターのレビューです。


AMG GT C Roadster

私は典型的な中流階級の人間なので、子供の通っていたプレップスクールでは東京の学校との交換留学が行われていた。そのため、私の子供たちは日本で生きたままの魚を食べながら数週間を過ごし、その後、スプーンの使い方すら知らない日本人の学生をもてなさなければならなかった。

私もヒースロー空港に行って日本人学生の一人を迎えたのだが、彼女は英語をまったく喋ることができなかった。11時間のフライトを終えて時差ボケに苦しむ彼女は到着ロビーをさまよい、そこで出会った男はこれまでの人生で出会ったどの人間よりも巨大だった。しかも、その男が話す言葉は彼女には家畜の鳴き声にしか聞こえなかった。相当混乱したはずだ。

私は彼女の荷物をボルボ製ファミリーカー(中流階級御用達の車だ)の荷室に入れ、彼女はリアシートに座った。驚くべきことに、彼女は翻訳機とやらを持っていた。彼女が翻訳機に向かって話しかけると、翻訳機が代わりに英語を話してくれるようだ。

M25に入ってすぐ、ルームミラー越しに極小の客人の姿を眺めてみると、どうやら翻訳機を起動させようと悪戦苦闘しているようだった。しかし、どう足掻いても起動せず、M40に入る頃には彼女は自暴自棄になってしまった。

それからしばらくして、A44の開けたワインディングロードを走っているとき、後ろからはっきりと機械の起動音が聞こえてきた。彼女はすかさずその謎の機械に向かって何か日本語を話しはじめた。それから彼女はその機械を私の耳に近付けた。翻訳機はスティーヴン・ホーキング調の機械音声で「車酔い」と言った。

彼女の滞在期間はわずか2週間だったのだが、彼女はツナ缶を食べたあとにも、マッシュポテトを食べたあとにも、アイスクリームを食べたあとにも具合が悪くなった。生きていないものを食べると必ず具合が悪くなるようだった。

しかし、イギリスでの滞在中で彼女にとって最悪の経験だったのはきっとA44での出来事だろう。彼女は体長1.9mのモンスターに抱きかかえられながら道端で嘔吐した。

乗り物酔いは最悪だ。死にたくなる。以前に海峡横断フェリーのトイレで倒れ込む男性を見たことがある。その日の航海はあまりに酷く、私もよく覚えている。乗客のほとんどが深刻な船酔いになり、船内のトイレには嘔吐物の海ができていた。トイレの男性はそんな嘔吐物にまみれていた。私がトイレに入ると、彼は私に「殺してくれ」と言ってきた。

rear

私にも彼の辛さは分かる。以前、フランス南部でボートに乗ったことがある。微振動のせいで私の体調は著しく崩れ、一緒に乗っていた友人に殺してくれと頼んだ。私は本気だった。荷物のどこにナイフがしまってあるかも教えたし、胸のどこを刺してほしいかも伝えた。

これが見事にメルセデスAMG GTの話に繋がっていく。最初にこの車を見たとき、これはかつてのSLS AMGをより落ち着かせ、現実的にしたモデルだと思った。SLS AMGは狂った音をかき鳴らし、ガルウイングドアまで付いていた。そして、AMG GTも個性溢れる分かりやすいモデルなのだろうと思った。

ところが、メルセデスは非常に複雑なラインアップを用意してしまった。最高出力を何馬力にするかも、日除けのデザインも選べるようになっている。当然、ルーフ付きにするかルーフ無しにするかも選ぶことができる。それどころか、ルーフの色まで選ぶことができる。

超ハードで超やかましいAMG GT R クーペには既に乗ったことがあるのだが、運転したのが夏だということくらいしか覚えておらず、どんな車だったのかはほとんど思い出せない。なので、今回はそれよりもやや馬力が少ないものの、それでも十分パワフルなAMG GT C ロードスターの試乗をすることにした。

「俺はレーシングカーなんだ」仕様のGT R同様、GT Cにも四輪操舵システムが付いている。もしニュルブルクリンクでタイムを測定したいのなら(ちなみに、GT Rは量販後輪駆動車の最速タイムを記録している)、この装備は非常に重要となる。四輪操舵が付いているおかげで、驚くほど即座に進行方向を変えることができる。

ただし、私はニュルブルクリンクなど走らなかった。私はオックスフォードシャーで運転したし、同乗者に頼まれたのでそれほど飛ばさなかった。彼女は車に酔ってしまったらしい。彼女が前回車に酔ったのはポルシェ・911に乗せたときのことだ。この車にも四輪操舵が付いていた。

困ったことに、ステアリングをごくわずかに動かしただけでも車は過敏に反応してしまう。あまりにも過敏なので、同乗者の胃に対処する暇を与えない。ドライバーはこの感覚を楽しめるかもしれない。しかし、助手席に座る人にとってはただただ最悪だ。

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この車には良いところがたくさんあるので、なおのこと残念だ。見た目は昔ながらのAMGだ。巨大で、下品で、重々しい。けれど、ヘリウム製のシャシや魔法で作られたトランクリッドのおかげで実際は思ったほど重くはない。マグネシウムも使われている。

車重が軽いため、大排気量のV8ターボエンジンはステアリングと同じくらい敏感に反応する。この車は本当に速い。最高速度は300km/hを超える。アクセルを踏み込めば、ボンネットが持ち上がり、トランクが沈んでしまうほどの加速を見せてくれる。

エンジンを始動させると凄まじい排気音によって半径20km以内にいる人全員を起こしてしまう。しかし、それ以上に驚異的なのは、ルーフを下げたままスピードを楽しめる点だ。車内は非常に静かで落ち着いている。

室内は居心地も良い。確かに、シフトレバーはドライバーの手よりもトランクに近い位置にあるし、意味の分からないボタンもたくさん並んでいる。アイドリングストップ機能をオフにしたつもりでいたら、7速ATをマニュアルモードにしてしまっていたようで、その日はずっと3速で走り続けた。

唯一、本当に不満に思ったのは乗り心地の悪さだ。非常に硬い。あまりにも硬い。こんなのは不必要な硬さだ。なぜなら、これはサーキットを走るための車ではないからだ。これはスタイリッシュで目立ちたがり屋な、大通りのクルーザーだ。あるいは、高速道路を喰らい尽くすための車だ。もっとソフトであるべきだ。四輪操舵がなければなお良かった。

メルセデスはスポーツカーなど作ろうとするべきではない。そんなのはポルシェの仕事だ。メルセデスがすべきことは、AMG GTを再び製図板に戻し、メルセデスAMGらしい車に変えることだ。そうすれば本当に魅力的な車ができるはずだ。


The Clarkson Review: 2017 Mercedes-AMG GT C Roadster