Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれたスズキ・スイフトスポーツのレビューです。


Swift Sport

ほとんどの人間は自分の生まれ育った場所を誇りに思っているはずだ。BBCプロムスの最終夜や国際的なスポーツ大会の開会式では国歌が歌われているが、もし自分がその場にいたとしたら、一緒に歌いたいと思うはずだ。

しかし、しばらくまともに眠れていなかった私は、果たしてイギリスのどこに誇るところがあるのだろうかと疑問に思ってしまった。

1875年当時のイギリスには誇るべきものがあった。イギリス海軍もそのひとつだ。当時のイギリス人は誰もが公正で尊厳を持っており、礼儀正しく、無為に人を殺すこともなかった。

しかし、今のイギリス人は違う。我々はアイルランド人からジャガイモを奪ったことを謝罪しなければならない。トニー・ブレアもかつての奴隷貿易が非人道的であったことを認めた。それに、バルバドスやセントルシアに住む黒人たちを支配してしまった過去についても反省しなければならない。

少なくとも首相は誇れない。トニー・ブレアはアメリカがロンドン大空襲の際に味方に付いてくれたことを感謝しているのだが、その当時アメリカがしたことといえば、イギリスの資産を根こそぎ奪い、それをチョコレートバーや第一次世界大戦期の錆びついた駆逐艦と交換したことくらいしかない。

イギリス軍の話に移ろう。25年前、イギリス軍はアルゼンチンとの戦いで苦戦した。しかし今なら苦戦はしないだろう。瞬殺されてしまうはずだ。にもかかわらず、現在のイギリス軍の軍事力の柱を担う原子力潜水艦を手放すべきだとやかましく主張する人たちが出てきた。

産業はどうだろうか。1851年に開催された万国博覧会では石炭や蒸気機関の凄さに圧倒された観客がたくさんいた。しかし、今の人たちはこれが大気汚染を引き起こす人道に反する技術であったと論じている。

今のイギリスにあるのは先進的な掃除機くらいだ。いや、それすらも怪しいかもしれない。その掃除機の開発者、ジェームズ・ダイソンは30年前、車輪の代わりにボールを使った手押し車を量産しようとして、人手と下請け企業を探していた。彼はバーミンガムに来てわずか数分で部品の製造だけでなく加工まで行ってくれる企業を見つけたそうだ。

後に彼は掃除機の製造を始めたのだが、その掃除機にイギリス由来のものは一切ない。かつてのダイソンの掃除機は、イギリス向けの3ピンプラグはマレーシア製、ポリカーボネートは韓国製、電気系統は台湾製で、組み立てを行うイギリスにすべての部品を集めるのはかなり大変だったらしい。

しかし、今のダイソンの掃除機はすべてマレーシアで組み立てられており、部品はすべてその工場から半径20km以内の場所で作られている。要するに、マレーシアの人間こそ、ダイソン製品を誇ることができる。

ではイギリス人は何を誇ればいいのだろうか。政治家の寛容性の高さは誇れるかもしれない。特に外国人に対しては非常に寛容だ。事実、イギリスの刑務所に入っている人間の実に13%(9,000人以上)は外国籍だ。

あるいは、イギリス人のスポーツでの活躍も誇れるかもしれない。いや、イングランドのラグビーチームは南アフリカに負けたし、ウェールズもニュージーランドに負けたし、スコットランドもオーストラリアとの試合で敗北を喫している。それに、イギリスのサッカー選手やデビッド・クルサードに支払われる報酬の高さにはまったく納得がいかない。

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当然、2012年に行われる予定のロンドンオリンピックは誇るべきだろう。ただし、スタジアムが開催日までに完成するかも不確かだし、素晴らしき寛容性によってイギリスに移り住んできたパキスタン人の手によって出場選手が爆破されてしまうかもしれない。それに、イギリス人には、氷の上でヤカンを滑らせる競技で銅メダルを取るのがやっとだろう。

今のイギリス人が世界に誇れる物は非常に少ない。BBC。SAS。NHS。多種多様な全国紙。イギリスを希望の国と表現してもいいのかもしれないが、『希望と栄光の国』という表現は確実に間違っている。

これがミニの話に繋がる。初代ミニはイシゴニスというイギリス人が生み出したイギリスの象徴のような車だった。しかしそれはただの昔話だ。モデル末期になると「イギリス製だから」というだけの理由で売れていた。一方、新型ミニは見た目も良いし、走りも良いし、個性もある。最高のコンパクトカーだ。

しかし、果たして本当にミニが最高のコンパクトカーなのだろうか。スズキ・スイフトスポーツに試乗してから自信がなくなってきた。

スイフトの見た目はミニに似ているため魅力的だし、実用性も高い。フロントシートはルノー・フエゴターボ以来最高のバケットシートなのだが、リアシートにも3人の子供をちゃんと乗せることができる。荷室も非常に広い。

1.6Lエンジンが搭載されており、本気を出せば0-100km/h加速を9秒未満でこなし、最高速度200km/hを出すこともできる。ただし、これだけのパフォーマンスを発揮するためにはかなり真剣に運転しなければならない。200km/hに近付くと、エンジンではなく車の心臓を酷使しているような感覚になる。非常に人間的だ。

コーナーではハイパフォーマンスカーと同じくらい楽しいのだが、出ている速度はハイパフォーマンスカーの約半分だ。トラクションコントロールが装備されている意味が分からない。シャシが非常に優秀なのでそんなものは必要ない。

それに、居心地も良い。日本の自動車メーカーがコンパクトカーの内装を「スポーティー」にしようとすると、大抵は趣味の悪い内装になってしまう。16歳の少女が厚化粧をして派手な宝石を身に着け、35歳のふりをしているかのようだ。しかし、スイフトにはそんな感じがまったくない。前述の通りシートも素晴らしいが、太いステアリングもなかなか良い。ちょっとしたアルミパネルのおかげでダッシュボードの印象もかなり良くなっている。オーディオも優秀だ。

これだけでも凄いのだが、良いところはまだある。スイフトスポーツの価格は11,499ポンドだ。ミニクーパーよりもおよそ1,500ポンドも安い。

ただし、ミニの天井を叩くと鈍くて上質な音が鳴る一方で、スイフトの屋根を叩けば安っぽい音が鳴る。高速道路ではミニのほうが快適だし、静粛性も高い。それに、燃費はミニが17.2km/L、スイフトが13.9km/Lだ。

しかし、私はそんなことなど気にしない。スイフトにはミニにはない何かがある。この車には満点を与えたいところだが、それを阻むものが二つある。一つ目、騒音がややうるさい。二つ目、寒い朝に暖房が効きはじめるまでに時間がかかる。ただ、これだけ魅力的な車なのだから、そんな欠点など気にするべきではないだろう。

スイフトの製造国は中国、日本、インド、ハンガリーなので、ミニほどのイギリスらしさはないのだが、それが悪いことだとは思わない。

たとえイギリス製じゃなくても、屋根にユニオンジャックを描いてしまえばいい。今のミニだって、一部のエンジンはアメリカ製だし、経営者はドイツ人なのだが、それでも屋根にユニオンジャックが描かれているじゃないか。


Suzuki Swift Sport