Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2005年に書かれた日産・ムラーノのレビューです。


Murano

ここのところ、4WD車を批判する意見が相次いで出てきている。それでも人々が4WD車に乗り続けるなら、法律で規制するべきだという意見さえ出ているようだ。

大型オフロードカーは子供を殺すと主張する人もいる。これは間違いなく正しい。9歳の子供が轢かれるなら、ハマー・H2よりもホンダ・シビックのほうがましなのは事実だ。けれど、大型オフロードカーによって轢き殺された人の数は、大型オフロードカーの堅牢性のおかげで事故の際に命が助かった人の数によって相殺されるのではないだろうか。

それから、環境問題について滔々と語る人もいる。地球温暖化のすべての責任はランドローバーにあり、ランドローバーのせいでメキシコ湾流が停滞し、キリマンジャロの雪が溶け、南極の氷が崩壊しているそうだ。

これは興味深い考え方ではある。しかし実際のところ、メキシコ湾流は停滞などしていないし、キリマンジャロの雪が溶けたのは森林伐採によって湿った空気が山頂まで届かなくなったからだし、南極大陸の氷は全体的に見ればむしろ増加している。それに、もし仮に地球温暖化などというものが実在するとしても、その原因がレンジローバーにあると証明することなどできないだろう。

では、安全性にも環境性能にも問題がないのに、どうして世の頭のおかしい左派共はオフロードカーを心の底から憎んでいるのだろうか。

あるアストンマーティン・DB9のレビュー記事にその手がかりがあった。その記事はガーディアン紙に掲載されていた。執筆したのは、赤毛の、顔を真っ赤にした、赤旗を掲げる国会議員、ロビン・クックだった。

彼の視点について軽く説明しよう。彼は巨万の富を「不愉快なもの」と考えており、「公明正大で結束力のある社会」を創り上げるためには、アストンマーティンなど決して乗るべきではないと書いていた。彼いわく、アストンに乗れば心が汚れてしまうそうだ。

この考え方には問題がある。私がアストンマーティンに乗っている人を見かけたら、「いつかあんな人になりたい」と考える。しかし、クックがアストンマーティンに乗っている人を見かけたら、「いつかあいつを引きずり下ろしてやりたい」と考える。

彼の心は嫉妬に取り憑かれている。言うまでもなく、嫉妬こそが社会主義の基盤だ。クックや彼の同類たちがオフロードカーを嫌っているのはこれが理由だ。オフロードカーは高価だし、車高が高いので運転席からヴォクスホールやフォードに乗る庶民を見下ろす形になる。

もちろん、ロンドンでオフロードカーに乗る意味などない。堅牢性の高さが役立つような重大事故が起こるほどの速度など出せないし、広大な駐車スペースをあちこち探し回らなければならず、その際にはどんどん燃料を浪費してしまう。

しかし、ロンドン以外に住んでいるイギリス人は5200万人もいるし、その中には4WD車を欲しがっている人もたくさんいる。走行距離5万kmのボルボ・XC90が2年前に私が買った値段より1,000ポンド高い値段で売れたこともその証左だ。嫉妬に狂う少数のひねくれた共産主義者のことなど無視して、今回は日産・ムラーノについて深く掘り下げてみることにしよう。

まず最初にはっきりさせてしまうが、大半のオフロードカーはオンロードではまったく使い物にならない。

例えば、日産・パトロール(日本名: サファリ)はサハラ砂漠を横断するための車としては非常に優秀なのだが、A34を走らせた場合、そのパフォーマンスや快適性は古代レベルだ。だからこそ、レンジローバーやポルシェ・カイエンの凄さが引き立つ。なぜなら、この2台はオフロードもオンロードもまともに走ることができるからだ。

しかし、近年になって、世界中の自動車メーカーに新しい考え方が生まれている。そもそも、4WD車を求める人たちの大半が高いドライビングポジションやそれによってもたらされる安心感だけを求めているのに、どうしてわざわざ走りもしないオフロードでの走破性を追求する必要があるのだろうか。

そんな考え方によって誕生したのが、BMW X5やレクサス・RX300、ボルボ・XC90のような車だ。こういった車は畑の中すらまともに走ることができない。ムラーノという車はまさにこのカテゴリーに分類される車だ。こんな車を荒野に連れて行ったら、きっと木陰で泣いてしまうだろう。

別にこのことを批判しているわけではない。日産は単に、顧客の求めている商品を提供しようとしているだけだ。そしてなんとまあ、その試みはしっかりと成功している。

まずなにより、見た目が最高だ。350Z(日本名: Z33型フェアレディZ)という残念な車を世に出したカリフォルニアのデザインチームが設計したこの車は、巨大な箱という印象をまったく与えずに、どっしりとした堅牢そうなデザインを実現している。特にリチャード・キール風のフロントグリルは気に入った。

着座位置は高く、インテリアはメルセデス・ベンツ Sクラスと比べてもそれほど劣らない。しかも、価格は3万ポンドを切るにもかかわらず、装備内容は充実している。100万個のエアバッグや100万Wのオーディオシステム、クルーズコントロール、オートエアコン、レザーシート、電動サンルーフ、それに、リバースギアに入れると車の後方の映像を映してくれるテレビ画面まで付いている。車内は非常に居心地が良い。

搭載されるのは350Zと同じ3.5L V6エンジンだ。ムラーノではチューニングが変更されており、馬力もトルクも減り、そしてなにより騒音が大幅に減っている。高速走行中には穏やかに単調な音を響かせる。きっと前世はビクトリア朝の詩人だろう。

エンジンは静かだし、しかもトランスミッションはCVTなのだが、かといってパフォーマンスが地殻運動級に穏やかなわけではない。0-100km/h加速は8.9秒と大型オフロードカーとしてはかなり速い。最高速度も200km/hとなかなかの実力だ。

そして、この車最大の魅力について触れることにしよう。大半の大型オフロードカー(オフロードを走ることを想定していないモデルも含む)は、乗り心地や操作性がまともではない。ボディがあまりに大きく、あまりに重く、地上高があまりにも高いのがその原因だ。

しかし、ムラーノは楽しい。確かに、この車の操作性は「スポーティー」などとは決して言えないのだが、この車の乗り心地は私が今までに乗ってきたどんなオフロードカーよりも良かった。しかも、前述の通り静粛性は高いし、視界も良好なので、世界でも指折りのリラックスして運転できる車と言える。

しかも、そんな落ち着きを台無しにしようとするソビエト主義者が現れ、4WDは地球を破壊すると抗議してきたとしても、それに反論することができる。ムラーノは基本的には前輪しか駆動せず、センサーがタイヤのスリップを検知したときだけ後輪も駆動するようになる。なので、ムラーノでサハラ砂漠まで行こうとすれば、ドーバーのフェリーターミナルの段差で立ち往生してしまうだろう。

この車にアストンマーティン・DB9以来の満点を与えない理由などまったく思い浮かばない。正直なところ、この車の問題点などなにひとつ思い当たらない。

そして、この車には私が大いに気に入った点が3つある。そのひとつが静粛性の高さだ。それに、私の大好きなテレビ番組『24』のスポンサーは日産・ムラーノだ。そしてなにより、こういう車はきっと、クックのような人たちを大いに苛立たせることだろう。


Nissan Murano