Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、シュコダ・コディアック 2.0 TDI のレビューです。

ロシアとアメリカの政治方針はまったく違うのだが、二国間で本格的な戦争が起こったことはないと思っている人は多いだろう。しかしそれは間違っている。
19世紀初頭、アラスカはロシア領で、アラスカの住民とロシアとの間で紛争が頻発していた。この出来事を振り返ると、いかにして対立構造を解決すべきかという教訓を得ることができる。アメリカはアラスカ全土を一切合切買い取った。
この結果、コディアック島の漁港はサケやカレイのおかげで潤い、テキサスからはクマ狩りをするために数多くの観光客が訪れるようになった。
「コディアック」は地元の言葉で「島」を意味する単語だ。つまり、コディアック島は「島島」ということになる。1960年代にはこの地でちょっとした地殻変動が発生し、突然標高が9mほど上昇した。地殻変動とそれに引き続いて発生した津波により、漁業をはじめ島のありとあらゆる産業が壊滅してしまった。
そして今や、コディアック島はチェックのシャツとラングラーのジーンズを身につけた人々の聖地となっている。そんな彼らはきっと島の名前がシュコダのファミリーカーに採用されたことを知って残念がることだろう。
厳密に言えば、法律上の厄介事を避けるため、シュコダはコディアック(Kodiak)島の最後の"k"を"q"に変えた"Kodiaq"を車名に採用している。それでも、この車名からは明らかにアウトドアを意識していることが読み取れる。クマに出会ったときどう対処するべきなのかを知っている人に向けた車だ。私のように、クマに出会ってから悩んでしまうような人間向きの車ではない。
もちろん、名前だけですべてを語ることなどできない。息子に"アストロフラッシュ・タフガイ"と名付けることは誰にでもできるが、棒のように細い腕を持つ貧弱な体型に育ってしまえば確実に名前負けしてしまう。
これこそがシュコダの問題だ。名前こそ男らしいのだが、その中身は結局、竹馬を履いたフォルクスワーゲン・ゴルフを伸ばしただけの車だ。7人乗りの学校送迎車だ。シロガネヨシやプロセッコと同じくらいに野暮ったい車だ。古着ビジネスが軌道に乗っていない女性のためのボルボ・XC90だ。

消費者を騙すため、シュコダはセンターコンソールに「オフロード」と書かれた小さなボタンを設置している。おかげでオーナーは、自分がウサギの内臓を取り出すこともできるし、自分の尿だけ生き長らえることもできると勘違いすることができる。同乗者はオーナーが昔は特殊部隊の一員だったのかもしれないと思うだろう。なんてったってこいつは「コディアック」だ。着飾っただけのゴルフなんかじゃないはずだ。このボタンにはアンデスにだって行けると書いてあるじゃないか。
しかしそれ以前に、車は走り出さなければ話にならない。私が試乗したディーゼルモデルの場合、走り出すことすら大変だ。エンジンのせいで野生動物が死んでしまわないよう、そしてディーゼル規制の進むEUのお眼鏡に適うようにセッティングされており、可能な限りパワーが出ないように設計されている。
空気圧、路面の傾斜、外気温、ギア、スロットルポジションをセンサーが検知してコンピューターに送るのだが、コンピューターはそのすべてを無視して、「地球のためにはそもそも動かないことが最善だろう」と結論付けてしまう。
なのでアクセルをさらに踏み込むのだが、コンピューターは「誰かが気管支炎に罹るおそれがある」と言ってなお抵抗しようとする。しかたなくアクセルを床まで踏み込むと、センサーが「こいつはどうしても移動したいのか」と判断し、結果ギアは7速になり、母なる大地への悪影響を最小限に留めつつ、ゆっくり穏やかに走りはじめる。
幸い、EUはディーゼルへの考えを改め、ディーゼルを悪魔の機械だと判断したため、ディーゼル車への税金や駐車料金はうなぎのぼりで上昇している。つまり、コディアックを買うにしても、ほとんどの人がガソリンモデルを選ぶことだろう。それは正しい判断だ。少なくともガソリンモデルならたまには動いてくれるだろう。
困ったことに、ガソリン車ディーゼル車問わず、アクセルからしばしば足が離れてしまう。どういう理屈なのかはよく分からないのだが、コディアックの運転席に座ると、着座姿勢がピアノを演奏するときとまったく同じになってしまう。脚が異常に長い体型の人以外、そもそも爪先がアクセルペダルに届かない。
それを無視すると、インテリアはすべてが素晴らしい。いや、厳密に言えばほとんどすべてが素晴らしい。試乗車にはオプションのガラスサンルーフが付いていたのだが、これは1,150ポンドを無意味に使いたい人にはぴったりだ。サンルーフなど歴史の教科書にしか載っていないものだと思っていたのだが、今回改めてサンルーフが消えた理由がよく理解できた。サンルーフを開けても、風が入るわけでも開放感を得られるわけでもなく、ただ騒音が響き渡るだけだ。
しかし、それ以外の部分を見ると、ダッシュボードの木目も面白いし、フォルクスワーゲンと共通のナビの操作系は非常に扱いやすいし、街中でゆっくり走れば快適性は非常に高い。スピードバンプによって暴れてしまうような車ではない。

では、高速域での挙動はどうなのだろうか。私には分からない。アクセルを踏み込んでみても、コンピューターが環境学的に導き出す計算結果は「加速」にはならない。足がペダルから離れないように慎重に、かつコンピューターの隙を突くように丁寧にアクセル操作を行えば、高速道路で110km/hまでならなんとか出すことができるし、その状態では非常に静かだ。
操作性に関しては、高いとまでは言えないものの、悪くはない。コーナリング性能の高い車が欲しいなら、ゴルフを買ったほうがいいだろう。あえて竹馬に乗ったゴルフを購入する道理などない。
コディアックをあえて買う理由は、荷室フロア下に格納された2座の3列目シートにあるのだろう。これを使えば、超小柄な人を超短時間なら乗せることができる。ただし、3列目シートまで使っている状態で犬を乗せることはできない。
週末、私は自分の所有する農地に行って、まさにアウトドア的な用事をしてきた。具体的に言うと、地元の小悪党どもがオートバイで侵入するのを防ぐため、門の鍵をかけてきた。天気は非常に良く、土は岩のように硬かった。そもそも、チッピングノートンの気候は雨や雪の多いコディアック島とはまったく違う。にもかかわらず、農地に入って数メートルでコディアックは立ち往生してしまった。
しかし問題はない。農場を走る車が欲しいなら、四輪バギーを購入すればいい。
シュコダというブランドには好意を抱いている。シュコダを選べば、新車のフォルクスワーゲンを格安で買うことができる。フォルクスワーゲンなのだから、言うまでもなく、車の出来も良いだろう。イエティは優秀な車だし、コディアックもそれほど悪い車ではない。現実と乖離した名前を名乗り、「オフロード」ボタンなる飾りにしかならないボタンを付けてはいるものの、賢明な学校送迎用車が欲しいなら、コディアックが適している。なにより、価格は35,210ポンドだ。しかもこれは最上級モデルの価格だ。
ただし、ディーゼルだけは選んではいけない。環境学者は今月、ディーゼルが悪であると認定した。その結果、ディーゼルを購入する唯一の理由である経済性が跡形もなく消え失せてしまう。
The Clarkson Review: Skoda Kodiaq
今回紹介するのは、シュコダ・コディアック 2.0 TDI のレビューです。

ロシアとアメリカの政治方針はまったく違うのだが、二国間で本格的な戦争が起こったことはないと思っている人は多いだろう。しかしそれは間違っている。
19世紀初頭、アラスカはロシア領で、アラスカの住民とロシアとの間で紛争が頻発していた。この出来事を振り返ると、いかにして対立構造を解決すべきかという教訓を得ることができる。アメリカはアラスカ全土を一切合切買い取った。
この結果、コディアック島の漁港はサケやカレイのおかげで潤い、テキサスからはクマ狩りをするために数多くの観光客が訪れるようになった。
「コディアック」は地元の言葉で「島」を意味する単語だ。つまり、コディアック島は「島島」ということになる。1960年代にはこの地でちょっとした地殻変動が発生し、突然標高が9mほど上昇した。地殻変動とそれに引き続いて発生した津波により、漁業をはじめ島のありとあらゆる産業が壊滅してしまった。
そして今や、コディアック島はチェックのシャツとラングラーのジーンズを身につけた人々の聖地となっている。そんな彼らはきっと島の名前がシュコダのファミリーカーに採用されたことを知って残念がることだろう。
厳密に言えば、法律上の厄介事を避けるため、シュコダはコディアック(Kodiak)島の最後の"k"を"q"に変えた"Kodiaq"を車名に採用している。それでも、この車名からは明らかにアウトドアを意識していることが読み取れる。クマに出会ったときどう対処するべきなのかを知っている人に向けた車だ。私のように、クマに出会ってから悩んでしまうような人間向きの車ではない。
もちろん、名前だけですべてを語ることなどできない。息子に"アストロフラッシュ・タフガイ"と名付けることは誰にでもできるが、棒のように細い腕を持つ貧弱な体型に育ってしまえば確実に名前負けしてしまう。
これこそがシュコダの問題だ。名前こそ男らしいのだが、その中身は結局、竹馬を履いたフォルクスワーゲン・ゴルフを伸ばしただけの車だ。7人乗りの学校送迎車だ。シロガネヨシやプロセッコと同じくらいに野暮ったい車だ。古着ビジネスが軌道に乗っていない女性のためのボルボ・XC90だ。

消費者を騙すため、シュコダはセンターコンソールに「オフロード」と書かれた小さなボタンを設置している。おかげでオーナーは、自分がウサギの内臓を取り出すこともできるし、自分の尿だけ生き長らえることもできると勘違いすることができる。同乗者はオーナーが昔は特殊部隊の一員だったのかもしれないと思うだろう。なんてったってこいつは「コディアック」だ。着飾っただけのゴルフなんかじゃないはずだ。このボタンにはアンデスにだって行けると書いてあるじゃないか。
しかしそれ以前に、車は走り出さなければ話にならない。私が試乗したディーゼルモデルの場合、走り出すことすら大変だ。エンジンのせいで野生動物が死んでしまわないよう、そしてディーゼル規制の進むEUのお眼鏡に適うようにセッティングされており、可能な限りパワーが出ないように設計されている。
空気圧、路面の傾斜、外気温、ギア、スロットルポジションをセンサーが検知してコンピューターに送るのだが、コンピューターはそのすべてを無視して、「地球のためにはそもそも動かないことが最善だろう」と結論付けてしまう。
なのでアクセルをさらに踏み込むのだが、コンピューターは「誰かが気管支炎に罹るおそれがある」と言ってなお抵抗しようとする。しかたなくアクセルを床まで踏み込むと、センサーが「こいつはどうしても移動したいのか」と判断し、結果ギアは7速になり、母なる大地への悪影響を最小限に留めつつ、ゆっくり穏やかに走りはじめる。
幸い、EUはディーゼルへの考えを改め、ディーゼルを悪魔の機械だと判断したため、ディーゼル車への税金や駐車料金はうなぎのぼりで上昇している。つまり、コディアックを買うにしても、ほとんどの人がガソリンモデルを選ぶことだろう。それは正しい判断だ。少なくともガソリンモデルならたまには動いてくれるだろう。
困ったことに、ガソリン車ディーゼル車問わず、アクセルからしばしば足が離れてしまう。どういう理屈なのかはよく分からないのだが、コディアックの運転席に座ると、着座姿勢がピアノを演奏するときとまったく同じになってしまう。脚が異常に長い体型の人以外、そもそも爪先がアクセルペダルに届かない。
それを無視すると、インテリアはすべてが素晴らしい。いや、厳密に言えばほとんどすべてが素晴らしい。試乗車にはオプションのガラスサンルーフが付いていたのだが、これは1,150ポンドを無意味に使いたい人にはぴったりだ。サンルーフなど歴史の教科書にしか載っていないものだと思っていたのだが、今回改めてサンルーフが消えた理由がよく理解できた。サンルーフを開けても、風が入るわけでも開放感を得られるわけでもなく、ただ騒音が響き渡るだけだ。
しかし、それ以外の部分を見ると、ダッシュボードの木目も面白いし、フォルクスワーゲンと共通のナビの操作系は非常に扱いやすいし、街中でゆっくり走れば快適性は非常に高い。スピードバンプによって暴れてしまうような車ではない。

では、高速域での挙動はどうなのだろうか。私には分からない。アクセルを踏み込んでみても、コンピューターが環境学的に導き出す計算結果は「加速」にはならない。足がペダルから離れないように慎重に、かつコンピューターの隙を突くように丁寧にアクセル操作を行えば、高速道路で110km/hまでならなんとか出すことができるし、その状態では非常に静かだ。
操作性に関しては、高いとまでは言えないものの、悪くはない。コーナリング性能の高い車が欲しいなら、ゴルフを買ったほうがいいだろう。あえて竹馬に乗ったゴルフを購入する道理などない。
コディアックをあえて買う理由は、荷室フロア下に格納された2座の3列目シートにあるのだろう。これを使えば、超小柄な人を超短時間なら乗せることができる。ただし、3列目シートまで使っている状態で犬を乗せることはできない。
週末、私は自分の所有する農地に行って、まさにアウトドア的な用事をしてきた。具体的に言うと、地元の小悪党どもがオートバイで侵入するのを防ぐため、門の鍵をかけてきた。天気は非常に良く、土は岩のように硬かった。そもそも、チッピングノートンの気候は雨や雪の多いコディアック島とはまったく違う。にもかかわらず、農地に入って数メートルでコディアックは立ち往生してしまった。
しかし問題はない。農場を走る車が欲しいなら、四輪バギーを購入すればいい。
シュコダというブランドには好意を抱いている。シュコダを選べば、新車のフォルクスワーゲンを格安で買うことができる。フォルクスワーゲンなのだから、言うまでもなく、車の出来も良いだろう。イエティは優秀な車だし、コディアックもそれほど悪い車ではない。現実と乖離した名前を名乗り、「オフロード」ボタンなる飾りにしかならないボタンを付けてはいるものの、賢明な学校送迎用車が欲しいなら、コディアックが適している。なにより、価格は35,210ポンドだ。しかもこれは最上級モデルの価格だ。
ただし、ディーゼルだけは選んではいけない。環境学者は今月、ディーゼルが悪であると認定した。その結果、ディーゼルを購入する唯一の理由である経済性が跡形もなく消え失せてしまう。
The Clarkson Review: Skoda Kodiaq