Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フォード・マスタング 2.3 EcoBoost コンバーチブルのレビューです。


Mustang Convertible

右ハンドルのフォード・マスタングは既にイギリスで発売されているのだが、それを知りつつも、右ハンドルのマスタングが轟音を響かせて走っているのを見かけると少し驚いてしまう。しかしそれ以上に、マスタングがそれほど売れていないことに驚いている。

毎日のようにBMWやアウディやその他メーカーの新車が納車されていく。新車のオーナーは大半が納車を喜んでいるはずだ。しかし、それ以上に安い値段で新車のマスタングが買えてしまう。マスタングはアメリカの象徴だ。ナンバープレートの付いたスティーブ・マックイーンだ。

マスタングの価格はBMW M4の2/3にも満たない。しかも、装備が貧相なわけでもない。雨滴感知式ナントカやオートナントカや電動ナントカも、フロントブレーキをロックしてリアタイヤをスピンさせ、スモークを発生させるシステムも付いている。なにより、そのボンネットの下には5LのアメリカンV8エンジンが搭載されている。これは大して先進的なエンジンではない。砂利の混じった岩製のエンジンなのではないかと思うことさえある。けれど、ちゃんとした魅力がある。

マスタングに乗ると疑問が生まれる。一体どういうことだろうか。BMWがぼったくっているのだろうか。それとも、フォードが労働者に支払っている給料がガラス玉か何かなのだろうか。5L V8のマスタングはわずか36,000ポンドなのだが、一方でジャガーはマスタングとほとんど同一スペックの車に90,000ポンドという値付けをしている。

しかし、マスタングの安さにはちゃんと理由がある。ヨーロッパの自動車安全性評価団体は先日、マスタングの安全性の評価が2つ星(最高評価は5つ星)であると発表した。ここ10年ほどのうちに市場に出たすべての市販車の中で最悪の評価らしい。

前突時、後部座席のシートベルトは十分に機能を果たせていないし、エアバッグの膨らみも不十分だし、フィエスタにすら装備されているようなブレーキの補助システムがマスタングには付いていない。それに、北米市場向けには設定されている安全装備が海のこちら側では省略されてしまっている。一見して装備の充実していそうなV8のマスタングが他よりも圧倒的に安いのは、他よりも圧倒的に安全性が劣っているからだ。つまり、自分の命と走る歓びを天秤にかけなければならない。

常識的に考えれば、答えは明白だ。命をとるに決まっている。安全な車のほうが良いに決まっている。しかし、果たして全員が同じ選択をするだろうか。

rear

私は煙草も吸うし、酒も飲むし、横断歩道のない場所を渡ることもある。自分で家電製品を直そうとしたこともある。水深も知らない状態で崖から飛び込んだこともある。ロケット花火を水平に飛ばしたこともあるし、そもそも私の仕事自体、非常にリスクが高い。

私が特別変人なわけではない。青春時代、危ない場所で馬鹿みたいなことをした経験がある人は多いはずだ。YouTubeの世界には、スキー場のリフトから飛び降りたり、プール沿いに罠を仕掛けたりしている人がたくさんいる。それに、「ターザンロープで川を渡るのは危険だ」なんてことを言う人に会ったことがあるだろうか。

車の話に戻ると、フェラーリ・F40には安全性などという概念がまったく存在しなかった。ABSやエアバッグすら付いていなかった。当時はどんな小さな事故さえも天国に直結していた時代だ。常識的に考えれば、ボルボ・V70を買うのが正解だったはずだ。けれど、誰もそんな選択はしなかった。

そしてマスタングの話に戻る。もし木に激突しても、マスタングは乗員をまともに守ってはくれないだろう。ならばこう考えればいい。木に激突しなければいいじゃないか。

木に激突しないためには2つの方法がある。エアバッグの代わりに巨大な釘を突き立ててこれ以上ないくらいに集中して運転するか、今回私が試乗したモデルを選択するかのどちらかだ。

そのモデルというのが、35,845ポンドのマスタング EcoBoost コンバーチブルだ。こちらには、石器時代のV8エンジンの代わりに、現代的な2.3Lの4気筒ターボエンジンが搭載されている。そう、フォード・フォーカスと共通の4気筒エンジンが…マスタングに搭載されている。

スペックは思ったほど悪くない。最高出力は317PSだし、最大トルクは44.1kgf·mだ。最高速度は233km/hだし、加速性能も十分に高い。けれど、安全評価2つ星の意味を身をもって理解できるほど速いわけではない。

それに、バックカメラ、デュアルゾーンオートエアコン、バーンアウト機能、キーレスエントリー、DABラジオ、USB端子、Bluetooth連携機能、ドライブモードセレクターなど、考えうるありとあらゆる装備が付いて、価格はわずか35,845ポンドだ。あるいは、クーペを選べばさらに3,500ポンド安くなる。

interior

走りはマスタングらしい。スティーブ・マックイーンのオフビートは聞けないのだが、正直なところ、それはV8にもない。EcoBoostのエンジン音はマスタングに似合った深い低音だ。

ボディは巨大だ。アメリカでは別に構わないのだろうが、イギリスの特に都市部ではかなり厄介だ。なにより、小回りがまったく効かない。バスの取り回しのしやすさすら妬ましくなるほどに扱いづらい。

けれど、街を飛び出せばマスタングの本領が発揮される。軽やかに道を駆けていく。それに、気筒数はわずか4つしかないので、同じ量のガソリンで8気筒車のおよそ2倍の距離を走行することができるはずだ。

なにより最高なのは、周りからの視線だ。誰もがマスタングを愛している。マスタングを見る人すべてが笑顔を見せ、合流時には誰もが道を譲ってくれる。それに、巨大で騒々しいにもかかわらず、その中身は慎ましやかだ。自分のことを暴れ馬だと思っている仔猫だ。

決してサーキットに向いた車ではない。ポルシェのように運転をすると、ロールや振動が起きて暴れまくってしまう。けれど、そんなことを気にするのは、ハンバーガーを購入して、上質なセロリソルトで味付けされたウズラの卵が使われていないことを批判するようなものだ。ウズラの卵が食べたいのであれば、2倍の値段を払わなければならない。そんなのは当たり前だ。

私が思いつく限りの唯一の問題は、外から2.3Lであることが分かるバッジなど付いていないとはいえ、結局この中身が4気筒エンジンであるという事実だ。V8のないマスタングなど、ベジタリアン食でしかない。確かに、事故を起こす危険性は少ないだろうし、価格も安いし、経済性も高いのだが、それはつまり、より現実的だということだ。現実的な人間がどうしてマスタングなど買うのだろうか。マスタングのような楽しい車が欲しいなら、一番楽しいエンジンを載せたモデルを選ぶのが一番だ。


The Clarkson Review: Ford Mustang 2.3 EcoBoost