Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ロールス・ロイス レイスのレビューです。


Wraith

昨晩、レストランのトイレでゲイの男性に絡まれた。彼いわく、友人がポルシェ・911とジャガー・F-TYPEのどちらを買えばいいか悩んでいるそうだ。普通なら、彼に冷たい視線を浴びせ、相談に乗ることを拒否する。私が何の見返りもなく無料で車の相談に応じる理由などどこにもない。

しかし、私はあえて彼を死ぬほど退屈な目に遭わせてやることにした。ポルシェ・911の中でいかにGTSというモデルが最高なのか、そして、GT3、特にGT3 RSも負けず劣らず魅力的だという話を延々と語ることにした。私は流し台の縁に腰掛け、F-TYPEのコンバーチブルがクーペよりも見た目が良いことや、V6 Sがパワーと音とハンドリングのバランスという面では最高のモデルだということを語り尽くした。

このあたりで彼の目が虚ろになってきたので、彼の肩に手を回してこう言った。
いいですか。結局、自分が気に入った車を選ぶのが一番良いんですよ。

結局、知らない人にどんな車を買うべきかアドバイスするのは、赤の他人にお勧めの映画を教えるようなものだ。『帽子を求めて30年』というドキュメンタリー映画に心打たれるメッセージが隠れていたとしても、勧める相手が脳筋の格闘家なら、『ターミネーター6』を勧めたほうがよっぽどいい。

ハンバーが消えて以降、自動車評論家が車選びの役に立つことはなくなった。ただし、電気自動車やハイブリッドカーなどが販売されるようになった現代においては、再び自動車評論家が必要とされてきているのかもしれない。

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そんな話は置いておいて、今回はロールス・ロイス レイスの話をしたい。トイレで私に会ったとしても、「レイスを購入するべきかベントレーを購入するべきか教えてほしい」なんて尋ねてくる人は存在しないだろう。こんな質問をするのは、「アイスクリームを買うべきかショットガンを買うべきか教えてほしい」と問うのと変わらない。両者は根本的に違う。

ロールス・ロイスはレイスをドライバーズカーとして開発したのかもしれないが、それはあくまでも相対的な話でしかない。金星に比べれば火星のほうが住み心地が良いと言っているようなものだ。はっきり言ってしまうと、どっちにしても運転はさほど楽しくない。

私の友人が先月ロサンゼルスに行ったのだが、彼はVIPとしてもてなされ、空港までショーファードリブンのレイスが迎えに来たそうだ。当然、彼が案内されたのは後部座席なのだが、レイスは後部座席のスペースが限られた2ドアクーペだ。そんなのは間抜けとしか言いようがない。

ここで疑問が生まれる。レイスが本気でドライバーズカーとして設計されたわけではなく、あくまでもリムジンとして使われるなら、果たしてこの車に何の意味があるのだろうか。

先日、イングランド北部にある美しいキジ狩場に行ったとき、この疑問が頭に浮かんだ。その日持っていった荷物には、ディナー用のタキシードや次の日に着る用のツイードなどが入っていた。猟銃や弾丸やブーツをはじめ、鳥を仕留めるのに必要な道具も一式持っていった。ところが、トランクリッドが開かなくなってしまった。

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キーのボタンを押そうが長押ししようが、何の変化も起こらなかった。トランクのあたりをあちこち探してみても、開けるためのスイッチは見つからなかった。運転席周りにオープンスイッチがあるわけでもなかった。トランクはロックが掛かっていて開かない。夕食まではあと15分しかない。夕食を一緒にとるのは私よりもずっと権威のある人ばかりだ。その時私が着用していたのはジーンズとTシャツだった。

結局、ナビ画面でしか見ることのできない車の取扱説明書を読み漁り、リモートキーを分解すれば普通の方法でトランクを開けることができるということが分かった。そしてなんとかまともな服装で夕食に行くことができた。時間ぎりぎりに夕食会場に到着すると、会場からは「なんだあの低俗な車は」という声が聞こえてきた。

レイスは壊れやすいし、1974年のボルボと同じくらいスポーティーなため、まともなロールス・ロイスとしては通用しない。それに、見た目がそれほど良いわけでもないし、価格はあまりにも高い。235,000ポンドもするし、装備をちょっと追加しただけで価格は大きく跳ね上がる。けれど、私はレイスが凄まじい車だと思う。

その中身は基本的にロールス・ロイス ゴーストと同じだ。ジェームズ・メイは否定するだろうが、すなわちこれはBMW 7シリーズと基本的には同じ車だ。プラットフォームも同じだし、エンジンも共通だ。

しかし、レイスはバルクヘッドが二重構造となっている。これはかなり重要な部分だ。剛性を確保し、コーナリング性能を高めるために二重構造になっているわけではない。ましてや、軽量化など考慮されたはずがない。あくまで、エンジンが生み出す雑音や振動から乗員を切り離すためのものだ。

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これがレイスの鍵となっている。車が動いていても、乗員は穏やかな心持ちで座っていられる。ボンネットの下で爆発が起きていることを示唆するごくわずかな音は聞こえてくるし、タイヤノイズも欠片ほどは存在する。しかし、たとえ240km/hで走ったとしても、室内に届く雑音はごくわずかだ。

最高出力は633PSだし、エアサスペンションはロールを抑える設計となっているし、衛星を利用して前方のコーナーを予測し、最適な変速を行うシステムも付いている。しかし、普通に走っていると、こんなことは忘れてしまう。唯一、重さだけは気になる。特に減速時の感覚は不思議だ。ブレーキのタッチは軽いのだが、これだけの怪物をしっかりと止めることができる。

AUTOCAR誌によると、メニューをいじってトラクションコントロールを切ると、見事なドリフトができるそうだ。おそらくそれは事実だろう。けれどそれは、わざわざミリタリーブーツを履いてスケートリンクで滑るようなものだ。

この車はまともなスポーツカーとは言えないし、ドライバーズカーとも言えない。けれど、この車には他にはない特別感があり、運転していて気分が良い。何らかの理由でショーファードリブンが嫌なら、リアシートにそれほど広さを求めないなら、レイスは最高の車だ。独自の世界を作り上げている。

アストンマーティンもベントレーも単なる車だ。しかし、レイスは車よりも温泉に近い存在だ。当然、そんな車は私向けではない。私は今でも運転することに情熱を持っている。なので、私なら、3分の2の価格で購入できるDB11やコンチネンタルGT V8 Sを選ぶ。

けれど、万人にとってそれが正解というわけではないだろう。


The Clarkson Review: From A to bliss in the Rolls flotation tank