Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、セアト・アテカ 1.4 EcoTSI のレビューです。


Ateca

夕食の場で誰かがテーブルから身を乗り出してどんな車を買うべきかと尋ねてきたら、私は決まって「フェラーリ・F40がいい」と答える。

そうするとその人は少し憤慨した表情になり、もっと賢明な車が欲しいんだと言ってくるので、「なら、1986年式のラーダ・リーヴァ ステーションワゴンがいい」と答える。大体の場合はこれで納得してもらえて、話は別のもっと面白い話題(会計学や鳥類学)に移っていく。

ところが、先日夕食を一緒に食べた男はかなりしつこかった。彼はフェラーリ・F40も1986年式のラーダ・リーヴァ ステーションワゴンも欲しがらず、もっと別の車を挙げてほしいと要求してきた。「ブガッティ・EB110はどうだろう」と言っても、彼は黙ってくれなかった。

冗談はよしてくれよ。俺は真面目に訊いているんだ。
そう言われたので、私はこう答えた。
だったら、キャデラック・エスカレードを買えばいいんじゃないですか?

医者が病気について尋ねられることを嫌がるのと同じように、私も車について訊かれるのが嫌いだ。私は相手が車に求めている条件も予算も知らないし、相手がフランス車や日本車に対してどんな偏見を持っているのかも分からない。それに、赤ワインをボトル2本開けた状態でまともな判断などできるはずがない。

あなたはレイシストですか?
奥さんは太っていますか?
そういった車を選ぶにあたって重要な質問を矢継ぎ早にしてみた。重要な条件はほかにもたくさんある。例えば、子供が車酔いしやすいならファブリックのシートは選ぶべきではない。片腕がないならパドルシフト付きの車を選ぶべきではない。

リアシートで秘書とセックスをしますか?
そんな具合にありとあらゆる質問をミスター粘着質に投げかけた。検討の結果、彼に最も適した車はヴォクスホール・アストラ バンだった。

ところが、彼が本当に欲しがっていた車はアウディ・Q5だったらしい。
いや、やっぱり私はQ5にするよ。いい車なんだろう?

そう訊かれたが、私は否定した。私はアウディ・Q5やそれに類する車が嫌いだ。無意味な車にしか思えない。室内空間は普通のハッチバックと変わらないにもかかわらず、ハッチバックよりも重いし背も高いので、走行性能も燃費性能も劣る。代わりに何かメリットがあるわけでもない。

rear

ミスター粘着質にもそのことを話したのだが、彼のしつこさは相変わらずだった。見下ろすような視界も良いし、ハッチバックよりも乗り心地は良いはずだと主張した。なので私は「なら是非Q5を買ってください」と言ってから、今度は右隣にいた女性と話すことにした。

すると今度はその彼女がどんな車を買うべきか尋ねてきた。なのでトイレに逃げ込み、ドメストを一気飲みすることにした。

困ったことに、最近では誰もが竹馬を履いたハッチバックを欲しがっている。見下ろすような視界を求めている。誰もが同じ高さの車を買うようになれば、何も見下ろせなくなるということは理解していない。そうすれば車は競うように車高が高くなり、やがては乗り込むために梯子が必要な車も出てくるだろう。エアバッグの代わりにパラシュートの付いた車も登場するかもしれない。

コンパクトクロスオーバーSUVだかなんだか知らないが、そういう類の車はどれも走りが最悪だ。見た目も最悪だ。近付きたくもない。なので、今回の試乗車がセアト・アテカとやらであることを知った私は憂鬱な気分になってしまった。

今では商標権侵害が大きな問題となっているため、自動車メーカーのマーケティング部門は慎重を期して車名を決定する。アテカという名前もそうやって付けられたのだろう。しかし、こうやって付けられた名前は、まるで保険会社か軟膏の名前のようだ。

誰もがコーティナという名前を求めている。キングス・ロード沿いの小さなカフェの名前に由来していたところで、その響きは優美だ。しかし、誰もアテカなんて名前のものを生活に取り入れたがらない。口腔カンジダ症にでも罹らない限りは。

セアトによると、アテカという車名はスペインの町の名前に由来しているそうだ。しかし、それでも誤魔化しは効かない。スペインの町の名前から車名を決めるにしても、どうして聞いたこともない町を選ぶのだろうか。ロールス・ロイスが車名に「ポンテクラフト」を選ぶようなものだ。

ともかく、私はアテカに乗ることになった。基本的にこれはフォルクスワーゲン・ティグアンだ。つまりジャッキアップしたゴルフだ。プラットフォームも共通だ。エンジンのラインアップもほとんど同一だ。ただし、ゴルフよりも遅く、燃費も悪く、値段も高く、走りも退屈で、実用性も劣る。

interior

アテカはスペイン人が設計し、チェコ共和国で製造されるゴルフなので、ティグアンよりも安い。ティグアンはドイツ人が設計し、モデルによってドイツかロシアかメキシコで製造されるゴルフだ。もっとも、そんなことはどうでもいい。

アテカにはドアが付いているため、車内に入ることができる。テールゲートは電動で開閉するため、ちゃんと閉まりきるまで雨の中でも車外で立ちすくんでいなければならない。

車内には椅子があるため、座ることができるのだが、どの椅子もやたら低い。ダッシュボード越しに外を見ると、下から覗くような感じになってしまう。意味が分からない。見下ろすような視界を求めながら、シートがやたら低い車を選ぶ人など存在するだろうか。

それ以外の点にも言及しよう。静粛性は非常に高い。ただ、乗り心地は少し跳ね気味だ。それから、荷室にはフットスツールがちゃんと収まった。

試乗車には1.4Lのゴルフのエンジンが搭載されていた。このエンジンにはパフォーマンスというものが存在しなかった。6速で110km/hの状態からアクセルを踏み込んでも何も起こらない。まだ自宅のキッチンテーブルのほうが速いだろう。ただ、燃費性能は良く、平均18km/L程度だったし、CO2排出量は123g/kmらしい。ただ、フォルクスワーゲンの値なので、信頼できるかどうかは不明だ。

結局のところ、この車を購入する理由などひとつとして見当たらない。ただ、私の試乗車にはオレンジのホイールとオレンジのドアミラーが付いていた。私はこれをすっかり気に入ってしまった。

普通のホイールのモデルを購入しても、24,440ポンドの無駄遣いでしかない。しかし、ホイールやルーバーがカスタマイズされたモデルの見た目はなかなか良い。銃で脅されてこのような車を買わなければならなくなったら、こういったカスタムモデルを選べばいいだろう。ただ、私自身は別に銃で脅されてなどいないので、アテカよりずっと魅力的なフェラーリ・F40を選ぶ。


The Clarkson Review: 2017 Seat Ateca