Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「Top Gear」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、1999年に書かれたフェラーリ・360モデナのレビューです。

Top Gear マガジンの編集者とは20年来の友人だ。年末は毎年、会社で一緒に過ごしてきた。長期休暇も一緒に過ごした。大親友だった。しかし今週、私は彼との電話中、「f**k」と言って受話器を叩きつけた。
この原因は何だったのだろうか。彼が9歳になる私の娘と寝たのだろうか。それとも、私が彼のバイクの燃料タンクに誤って排尿してしまったのだろうか。
どちらも違う。原因は車だ。フェラーリ・360モデナだ。トムいわく、360は自動車版ニルヴァーナだそうだが、私はそれに反論した。トムいわく、360のセミATは滑らからしいのだが、私に言わせればギクシャクしている。トムは私の感性がおかしいとまで言い放った。それを聞いた私は思わず受話器を叩きつけてしまった。
トムは、私が売名のためにわざと炎上の的になるような意見を言っていると勘違いしている。他のライターが言っていることも十分理解しているが、私の意見は彼らとは違う。その理由をこれから説明しよう。
360に搭載される新設計の3.6L V8エンジンは最高出力400PSを叩き出す。このスペックを実現したこと自体は凄いと思う。シラ・ブラックには111PS/Lを発揮するエンジンなど作れないだろう。私だって無理だ。
ただし、パワーウェイトレシオに目を向けると、355とほとんど変わっていないことに気付く。つまり、360は355より肥えてしまったのではないだろうか。
360は二重顎になり、尻も355より肥大化している。フェラーリは若さを追求するあまり、アルミニウム製のザ・ザ・ガボールを作り出してしまった。
それに、このニヤけたような面はなんなのだろうか。フェラーリは地面に鼻を押し付ける怒れるブラッドハウンドであるべきだ。地面から顔を上げ、ジャック・ニコルソンの演じるジョーカーのような顔で街に繰り出すべきではない。
フロントエンドの地上高が高くなったことで、地面にバンパーを擦る危険性は少なくなるそうだが、そんな実用性のために見た目が犠牲になっているのが気に入らない。V8スーパーカーには地を這うようなプロポーションが似合っている。
快適性の高さも疑問だ。フェラーリは360をポルシェ・911と同じくらいに扱いやすい車にしようとしたらしい。装甲ガレージの中で毛皮のカバーにくるんで保管するのではなく、日常的に運転することのできる車にしようとしたらしい。
そのために、フェラーリはサービス拠点を増やし、交換用部品のストックも増やした。さんざん儲けてきたのだから、それくらいの投資は屁でもないだろう。しかし、日常的にフェラーリに乗るようになれば、フェラーリに特別感などなくなってしまう。私は愛車の355に3年間で8,000kmしか乗らなかった。煌々と輝く太陽のもと、素敵な場所に行くときにしか運転しなかった。
しかし、快適性が高くなったとはいえ、360は血も凍るような音を成層圏にあるレッドゾーンに向けて高まらせていく。けれど、355にあった遠吠えは失われてしまった。刃のような鋭さも失われてしまった。
360における「スポーツ」モードは355の「コンフォート」モードとまったく同一だ。それに、360にはどうしてトラクションコントロールなど付いているのだろうか。フェラーリの存在意義は、道路とではなく、車それ自体と格闘することにあったのではないだろうか。
電子制御の力を借りてしまえば、戦いはドライバー有利になってしまう。セルビアとの戦いでNATOが全力を尽くすようなものだ。セルビアに勝ち目など無かった。
言うまでもなく、私はエンジンをかけてから6秒もしないうちにトラクションコントロールを切った。ところが、このせいで新たな問題が浮き彫りとなった。355は限界を超えてもなお驚くほどコントロールしやすい。しかし、360は違った。
ラインが決まらなくなるとマニュアル変速に頼ってしまうのだが、そうするとなおのこと状況が悪化してしまう。360のF1マチックはシフトダウンこそ見事に決まるのだが、シフトアップのときはかなりギクシャクしてしまい、特にリアが滑り出したときなどは悪夢でしかない。
まるでPSION ORGANIZERだ。この機械を使って簡単な入力作業をすると1分ほどかかるのだが、同じ内容を紙とペンを使って書けば、せいぜい5秒で済んでしまう。なら、6,000ポンド安く済む昔ながらのマニュアルトランスミッションを選んだほうがいいのではないだろうか。
事実、3,000ポンド安く変える中古の355を買ったほうがいい。355のほうがより攻撃的で、よりしなやかで、より味がある。確かに360のほうが扱いやすいのだが、日常的に使える車が欲しいなら、911かアルファ・GTV6を買ったほうがいいだろう。
月に一度の特別な日や長期休暇に乗る特別な車として考えると、355は依然として世界最高の車であり続けている。ただ、それに同意してもらえなくても私は全く気にしない。
Clarkson on: the Ferrari 360 Modena
今回紹介するのは、1999年に書かれたフェラーリ・360モデナのレビューです。

Top Gear マガジンの編集者とは20年来の友人だ。年末は毎年、会社で一緒に過ごしてきた。長期休暇も一緒に過ごした。大親友だった。しかし今週、私は彼との電話中、「f**k」と言って受話器を叩きつけた。
この原因は何だったのだろうか。彼が9歳になる私の娘と寝たのだろうか。それとも、私が彼のバイクの燃料タンクに誤って排尿してしまったのだろうか。
どちらも違う。原因は車だ。フェラーリ・360モデナだ。トムいわく、360は自動車版ニルヴァーナだそうだが、私はそれに反論した。トムいわく、360のセミATは滑らからしいのだが、私に言わせればギクシャクしている。トムは私の感性がおかしいとまで言い放った。それを聞いた私は思わず受話器を叩きつけてしまった。
トムは、私が売名のためにわざと炎上の的になるような意見を言っていると勘違いしている。他のライターが言っていることも十分理解しているが、私の意見は彼らとは違う。その理由をこれから説明しよう。
360に搭載される新設計の3.6L V8エンジンは最高出力400PSを叩き出す。このスペックを実現したこと自体は凄いと思う。シラ・ブラックには111PS/Lを発揮するエンジンなど作れないだろう。私だって無理だ。
ただし、パワーウェイトレシオに目を向けると、355とほとんど変わっていないことに気付く。つまり、360は355より肥えてしまったのではないだろうか。
360は二重顎になり、尻も355より肥大化している。フェラーリは若さを追求するあまり、アルミニウム製のザ・ザ・ガボールを作り出してしまった。
それに、このニヤけたような面はなんなのだろうか。フェラーリは地面に鼻を押し付ける怒れるブラッドハウンドであるべきだ。地面から顔を上げ、ジャック・ニコルソンの演じるジョーカーのような顔で街に繰り出すべきではない。
フロントエンドの地上高が高くなったことで、地面にバンパーを擦る危険性は少なくなるそうだが、そんな実用性のために見た目が犠牲になっているのが気に入らない。V8スーパーカーには地を這うようなプロポーションが似合っている。
快適性の高さも疑問だ。フェラーリは360をポルシェ・911と同じくらいに扱いやすい車にしようとしたらしい。装甲ガレージの中で毛皮のカバーにくるんで保管するのではなく、日常的に運転することのできる車にしようとしたらしい。
そのために、フェラーリはサービス拠点を増やし、交換用部品のストックも増やした。さんざん儲けてきたのだから、それくらいの投資は屁でもないだろう。しかし、日常的にフェラーリに乗るようになれば、フェラーリに特別感などなくなってしまう。私は愛車の355に3年間で8,000kmしか乗らなかった。煌々と輝く太陽のもと、素敵な場所に行くときにしか運転しなかった。
しかし、快適性が高くなったとはいえ、360は血も凍るような音を成層圏にあるレッドゾーンに向けて高まらせていく。けれど、355にあった遠吠えは失われてしまった。刃のような鋭さも失われてしまった。
360における「スポーツ」モードは355の「コンフォート」モードとまったく同一だ。それに、360にはどうしてトラクションコントロールなど付いているのだろうか。フェラーリの存在意義は、道路とではなく、車それ自体と格闘することにあったのではないだろうか。
電子制御の力を借りてしまえば、戦いはドライバー有利になってしまう。セルビアとの戦いでNATOが全力を尽くすようなものだ。セルビアに勝ち目など無かった。
言うまでもなく、私はエンジンをかけてから6秒もしないうちにトラクションコントロールを切った。ところが、このせいで新たな問題が浮き彫りとなった。355は限界を超えてもなお驚くほどコントロールしやすい。しかし、360は違った。
ラインが決まらなくなるとマニュアル変速に頼ってしまうのだが、そうするとなおのこと状況が悪化してしまう。360のF1マチックはシフトダウンこそ見事に決まるのだが、シフトアップのときはかなりギクシャクしてしまい、特にリアが滑り出したときなどは悪夢でしかない。
まるでPSION ORGANIZERだ。この機械を使って簡単な入力作業をすると1分ほどかかるのだが、同じ内容を紙とペンを使って書けば、せいぜい5秒で済んでしまう。なら、6,000ポンド安く済む昔ながらのマニュアルトランスミッションを選んだほうがいいのではないだろうか。
事実、3,000ポンド安く変える中古の355を買ったほうがいい。355のほうがより攻撃的で、よりしなやかで、より味がある。確かに360のほうが扱いやすいのだが、日常的に使える車が欲しいなら、911かアルファ・GTV6を買ったほうがいいだろう。
月に一度の特別な日や長期休暇に乗る特別な車として考えると、355は依然として世界最高の車であり続けている。ただ、それに同意してもらえなくても私は全く気にしない。
Clarkson on: the Ferrari 360 Modena

F355GTSレビューの「360のほうが良い車だと言う人もいるのだが、私にはそれが理解できない」というのは、この話ですかね。
ジェレミーのF430のレビューも気になりますので、ご紹介いただければ幸いです。