Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2003年に書かれたアウディ・A3 2.0 FSI のレビューです。


A3

仕事柄仕方ないのだが、先日、セルフリッジズのカフェでコーヒーを一杯飲んでいるときに巨大な南アフリカ人女性に話しかけられた。彼女は「ご一緒してもよろしいですかね?」と怒鳴り気味な口調で言ってきた。

「よろしくないです」と答えようとしたのだが、それを言う前に彼女は近くから椅子を引っ張ってきて、同じテーブルに座ってしまった。

先週のメール・オン・サンデーのあなたの記事、読みましたよ。あんな酷い記事、今までに読んだことがありませんよ……。

このとき、私はメール・オン・サンデーに記事など寄稿していないと訂正しようとも思ったのだが、彼女の見た目がドレスを着たアーノルド・シュワルツェネッガーにしか見えなかったため、少しの間我慢をして、何が彼女の逆鱗に触れたのか探ってみることにした。

シュコダ・オクタヴィアの記事ですよ。私はオクタヴィアを買おうか悩んでいるんですけど、あなたの記事に書かれていたのは、車の速さだのなんだのと、どうでもいいことばっかりじゃないですか。

彼女は次第にヒートアップし、自分は女だと(本当かどうかは疑わしい)、そして女はスピードになんて興味がないと主張した。女性が興味を持っているのは信頼性と安全性だけだそうだ。

とんでもない話だ。ただ、私は読者の要望には可能な限り応えたいと思っている。たとえそれがメール・オン・サンデーの読者だったとしても。なので、この場を借りて補足説明させてもらうことにしよう。シュコダ・オクタヴィアは信頼性もかなり高いだろうし、安全性もかなり高いはずだ。安心していただけたでしょうか、ミセス・デクラーク。では、彼女には失せていただいて、先に進むことにしよう。

普段なら、私の試乗予定車は常に5, 6台ほど準備されている。中には優秀な車もあるし、超速い車もあるし、中には何の役にも立たないような車もある。

ところが、今週の月曜日は試乗車が18台も準備されていたため、どの車に乗ろうか迷ってしまった。その週はロンドン、ドーセット、サセックス、ブラッドフォードと行かなければいけない場所が目白押しだったため、快適でパワーに余裕があって、やたら派手ではない車に乗ろうと考えた。地方都市のホテルの屋外駐車場に3日も停めなければならないので、悪目立ちするような車は却下だ。

なので私は玄関から一番近い場所に停まっていた車を選ぶことにした。2L FSI 直噴ガソリンエンジンを搭載するアウディ・A3だ。

サラダの味をドレッシングで判断するのは間違っているのだが、それでもこれは非常にスタイリッシュな車だ。非常に見た目が良いので、価格がわずか16,970ポンドであることや、その中身が次世代型ゴルフであることを知ったらかなり驚くことだろう。

室内はなおのこと良い。ガジェット類はほとんど(あるいはまったく)ないのだが、質感ははっきりと高い。車内で格闘技大会を開催してサマセット出身の屈強な男たちが14ラウンドにわたって素手で殴り合いをしたとしても、おそらく何も壊れないだろう。

エンジンも優秀だ。非常に滑らかで非常に静かだったので、しばしば6速で走るべき場所を4速で走ってしまった。そんな走り方をしていたにもかかわらず、平均燃費は12km/Lだった。

この車は速いわけではない。広告では瞳が燃えるような車だと宣伝されているものの、そんなに骨のある車ではない。110km/hから6速でアクセルを踏み込んでも何も起こらない。4速に入れるとようやく加速し、そのまままた6速に戻すのを忘れてしまう。

かといって、魅力の無い車だとは思わない。退屈な操作性や生気に欠けるステアリングも気にならない。高品質で高級感もあるし、正確無比な感覚がある。

しかしどうしてこの車のサスペンションはフェラーリ・575と同じくらいに残忍で不寛容なのだろうか。路面の段差が、小石の輪郭が、くっきりと車内まで伝わってくる。意味が分からない。ボーイング777の乗り心地は戦闘機のそれとは違う。仕事で疲れて家に帰ってきたとき、リビングにあってほしい椅子はキッチンチェアなどではない。

夜中、リンドハーストからヘイスティングズまで渋滞する道路を走るとき、乾燥機に乗って移動したいと思う人など存在しない。アウディの乗り心地はあまりにも酷く、ラジオの選局すらままならない。Radio 4にしようとした瞬間に蜘蛛に乗り上げ、腕が振動して選局を誤り、瀬戸物の破壊音を音楽だと勘違いしているような連中の曲を聴く羽目になる。

アウディはこれがスポーティーだと勘違いしている。ここに問題の核心がある。私の仕事仲間であるジェームズ・メイにはこれに関する持論があるのだが、私も彼の考えに賛同したい。

スポーティーな走りを求めている人はスポーツカーかスポーツセダンか運動靴を購入するはずだ。ところが、最近の車はあれもこれもスポーティーだと宣伝されている。

マツダ6(日本名: アテンザ)にはスポーツカーの魂があると宣伝されている。その弟分であるマツダ2(日本名: デミオ)のリアには"Sport"というエンブレムが貼られたモデルすら存在する。

マツダ2のCMではロジャー・ダルトリーの髪型をした青年が高速で水たまりを走り抜けている。馬鹿な。実用的な小型車を買うような人間は水たまりを避けて走るはずだ。スポーツカーなど求めていない。バス停でバスを待つ人たちに水をかけたいなどとは思わない。そういうことを考えるのはメルセデス・SLに乗る私のような人種だ。

アパレル業界ではこんなことなど起こらない。ヴァイエラはスポーティーなシャツなど出さない。ちゃんと本分をわきまえている。ハンターがスポーティーなウェリントンブーツを出すこともないし、ロハンのスポーティーなズボンなど聞いたこともない。

運転が好きで、周りに空いた道路があるなら、スポーティーな車もちゃんと意味をなす。硬い足回りによってもたらされる感覚を楽しむことができる。

ここでひとつデータをお示ししよう。ヘッドランプの全点灯時間のうち、ハイビームになっている時間はわずか2%だそうだ。つまり、夜間の98%は、視界のどこかに他の車がいるということだろう。まして日中はそれよりも多いはずだ。

出勤し、帰宅し、買い物に行き、時には高速道路も走るだろう。そう考えると、ドライバーひとりあたり年間平均500回はスピードバンプに乗り上げるはずだ。

スポーティーなサスペンションを活用する機会など、ハイビーム以上に少ないはずだ。A3にはダンパーセッティングを変更できるスイッチが付いていたのだが、スポーツモードにすることはほとんどなかった。私は(そして普通の人は)運転中の大半の時間を快適に過ごしたいはずだ。

では、今の車で快適性の高さを宣伝されている車はどれくらいあるだろうか。ロールス・ロイスやマイバッハのような道路を走るプライベートジェットのような車を例外とすると、一台も思いつかない。ジャガーすら、スポーティーさとなぜか価格について宣伝している。長らく快適性の高さで定評を得てきたシトロエンは新型プルリエルにF1風の変速機を使っている。

A3は羽毛布団のようにソフトな車であるべきだし、そうすることは可能だったはずだ。本質を見失ってしまっている。とはいえ、信頼性や安全性はおそらく高いので、例の南アフリカ人肥満女性にとっては最高の車だろう。この車で道路のキャッツアイに乗り上げればさすがの彼女の口も開かなくなるだろうから、彼女の夫にとっても最高の車だろう。


Audi A3