今回は、英国「AUTOCAR」によるフォルクスワーゲン・フィデオンの試乗レポートを日本語で紹介します。

※内容は2016年当時のものです。


Phideon

フィデオンはフェートンの後継車だ。フェートンはフォルクスワーゲン、すなわち国民車でありながら、決して一般庶民に手が届く車ではなかった。フェートンは中国とヴォルフスブルクという二つの地域におけるサクセスストーリーを象徴する車だった。

しかし今回、フォルクスワーゲンの本拠地であるヴォルフスブルクは仲間外れになってしまった。フィデオンの部品はほとんどがドイツ製なのだが、あくまで中国だけに向けられた中国仕様の車だ。ご存知の通り、中国人は大型セダンが大好きだ。特に黒色の、我々の感性からしたらあまり恰好良くないセダンが好まれる。事実、ベントレー・フライングスパーの60%は中国で販売される。同じようにフェートンにも人気があった。

フィデオンにはベントレーと共通の部品が多く用いられているそうだ。かつてのフェートンはフォルクスワーゲンがフォルクスワーゲンらしさを重視して生み出したブランドの象徴的存在だった。フォルクスワーゲンの監査役会長、フェルディナント・ピエヒ自身のアイディアによってフェートンが誕生した。ご存知の通り、ピエヒ氏はなかなか気難しい人だった。

ピエヒ氏は、50℃の環境下で一日中300km/hで走行しても、エアコンによって室内温度が22℃に保たれたまま問題なく走行できる高級車を作ろうとした。当然ながら、この条件を満たす車を作るのはかなり難しい。

ピエヒ氏はメルセデス・ベンツ Aクラスに影響を受けたとも言われている。Sクラスのメーカーがフォルクスワーゲンの商域に乗り込んできたことを疎ましく思った彼は、まったく逆のことをして報復しようとしたらしい。そうして誕生したのがフェートンという優秀な車なのだが、結局は誰もがSクラスを購入した。ただし、ブランドがそれほど重視されない中国市場に限っては、先進的な欧州車でさえあればヒットする可能性があった。

中国においてフェートンは絶大な人気を誇った。だからこそ、ドレスデンにあるお馴染みのガラス張り工場での製造は行われず、中国におけるフォルクスワーゲンの合弁会社、上海汽車がフィデオンの製造を行うこととなった。ただし、大半の作業はドイツで完了しており、最終組み立てのみが安亭鎮にある上海VWの工場で行われる。

今回の試乗はロンドンで行ったのだが、上述したような事情もあるため、撮影はすべてロンドン市内のチャイナタウンで行っている。普段なら歩行者天国になっていて、特に昼時は人通りも多く、車の撮影などできる状況ではないのだが、なんとか中国っぽい雰囲気のある写真を撮影することができた。

rear

ロンドンも中国と同じくらい人の多い都市ではあるのだが、かつて行った北京はロンドンよりもなおのこと道路状況がひどかった。とはいえ、フィデオンの主戦場とそれなりに近い環境でテストできたと言えるだろう。

どうあれ、中国仕様車であることに違和感を覚えることはなかった。今や産業も国際化し、1万km以上離れた土地に向けて作られた高級車だろうと、他の地域でも問題なく売れる車になるものだ。ナビだと杭州と武漢の間を走っていることになっていたものの、それさえ無視すれば普通の左ハンドルの巨大なフォルクスワーゲンだ。

質感や仕上がりは普通のフォルクスワーゲンよりも良い。ミリ単位で正確に組み上げられているし、木目調パネルやアルミ調パネルは印象的だ。木目やアルミが本物かどうかは分からないのだが(おそらく木目は本物だろうが、アルミは見た目からしてフェイクだと思う)、中国人は保守的な大型セダン、保守的なインテリアを好むため、あえてこういうテイストにしているのだろう。

前席のスペースは非常に広く、シートも幅広で快適だし、ダッシュボードのレイアウトは非常に合理的だ。もっとも、基本的にこれはリアシートに座るための車だ。

フィデオンはMLB (Modularer Längsbaukasten) プラットフォームを用いる最初のモデルだ。最高出力300PSの3.0L V6ガソリンエンジンを搭載し、4WDシステム「4MOTION」が採用される(FFの2.0Lモデルも設定され、後にハイブリッドモデルも追加される予定だ)。

フィデオンにはフォルクスワーゲン初のカメラ式ナイトビジョンシステムも装備されるのだが、今回はわずか数時間しか試乗することができなかったし、そもそも試乗をした場所がロンドンの中でも繁華街だったため、夜でもかなり明るく、ナイトビジョンの実力をちゃんと試すことはできなかった。

プッシュボタンを押してエンジンをかけても、室内にエンジン音はあまり聞こえてこない。8速ATの操作は電動化されていない昔ながらのもので、操作は非常に簡単だ。というわけで、いざ走り出すことにしよう。

interior

走りはまさしく予想通りだった。適度な重さのブレーキペダルから足を離すと、適度なクリープで走り出す。大型のアクセルペダルは適度な重さで応答性も適度だ。エンジン音は遠くからかすかに聞こえてくる感覚で、変速のタイミングもほとんど分からない。ただ、W12エンジンを搭載するフェートンと比べてしまうと、どうしても見劣りしてしまう。

フィデオンには昔ながらの高級セダンらしさが備わっている。BMW 7シリーズやメルセデス・ベンツ Sクラスには面白い装備もたくさん付いているし、インテリアデザインもフォルクスワーゲンよりずっと先進的で特別感があるのだが、もとよりフィデオンにそんなことは期待していない。

エアサスペンションのおかげで大半の路面の衝撃は吸収されるのだが、サスペンションに何らかの負荷がかかっている状況下で段差などを踏んでしまうと、やや不快な鼓音(空気で加圧したプラスチック容器を叩いたときのような音)が聞こえてくる。もっとも、十分快適な部類には入る。

時折怪しい雰囲気も漂ってくるチャイナタウンの中をあちこち走り回ってよく分かったのだが、小回りは非常に利くし、視界も悪くない。フォルクスワーゲンによると、次期パサートのデザインもこれに近くなるそうだが、それも歓迎できそうだ。デザインとして真っ当だし、それでいてそれなりにアグレッシヴでシャープな印象も併せ持っている。

ロンドンに住む中国系の人たちはフィデオンに興味津々な様子だった。普通なら街を走るフォルクスワーゲンの写真を撮る人などいないし、フォルクスワーゲンのセダンを見て指をさす人だっていない。ところが、チャイナタウンの人たちはフィデオンに注目していた。私自身は交通の妨げにならないように気を配っていたのでそれどころではなかったのだが、同行したカメラマンやアシスタントは周りからの質問攻めに遭っていた。

中国での発売はいつですか?
2016年の末頃になる予定です。

どこで製造されるんですか?
中国です。

価格はどれくらいになるんでしょうか?
ポンド換算でおよそ115,000ポンドになります。

周りの反響の度合いはスーパーカーの撮影と同じくらいだった。唯一違うのは、視界が悪かったり、何度も切り返さなければならなかったり、低速域でクラッチの扱いに悪戦苦闘したり、縁石にホイールを擦ったりといった不便がないという点だ。

ボディサイズは全長5,050mm、全幅1,870mmと巨大なのだが、ステアリングはスムーズで扱いやすいし、よく曲がってくれるので、チャイナタウンのようなごちゃごちゃした場所でも拍子抜けするほど運転しやすかった。

rear seat

とはいえ、中国人富裕層の大半はリアシートにしか乗らないので、私もリアシートに座ってみることにしよう。リアは3座となっているのだが、アームレストを出しておくのが基本となるだろう。アームレストにはさまざまな操作スイッチ(マッサージ、シートヒーター、シートクーラー、リクライニング、オーディオ、エアコン)が付いている。頭上には5cmほどの余裕があったし、膝前にも15cmほどの余裕がある。

フロントシートバックにはテーブルも装備されているのだが、反射の強い素材が使われている。全般的な質感は前席と変わらず、仕上がりも良いのだが、やはりSクラスや7シリーズ、それどころか同じフォルクスワーゲングループのアウディ・A8と比べても、特別感が足りないし、質感もわずかに低い。

とはいえ、決して居心地が悪いわけではない。静粛性も前席同様非常に高い。ただ、乗り心地に関しては、車輪に近い位置に座っている分、前席よりもやや衝撃を受けやすい。もっとも問題になるほどのことではない。

フィデオンはイギリスでも通用するのだろうか。私にはそうは思えない。フォルクスワーゲンもそういう判断をしたからこそ、イギリスでの販売を行わないのだろう。フォルクスワーゲンというブランドは小型車やピックアップトラックでは高級車扱いされるが、本物の高級車ブランドと比較してしまうとやはり格が落ちてしまう。フェートンの後継車は中国人にしか乗ることが許されなくなったのだが、それを僻むことはないだろう。


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