Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれた BMW 335i クーペのレビューです。


335i

昨年の夏、私はカリフォルニアのハイデザートにあるサーキットでさまざまなハイパワーカーやエキゾチックカーを運転した。宿泊していたホテルに戻るたび、バーでその日の楽しかった出来事を思い返した。

ダッジ・バイパーで砂利に乗り上げ、戻ろうとして地響きを立てたときのこと。コルベットZ06で完璧なドリフトを決めたときのこと。小さなアリエル・アトムで160km/hを超えて走ったときのこと。どれも心に刻まれている。

その翌日にはさらに別の車たちが用意されており、夜にはやはりその余韻に浸った。そんなある日、眩い朝日に照らされながら早朝のサーキットに行ってみると、そこにはBMW Z4 Mが待ち受けていた。

これは料理評論家を高級レストランに招待し、ビッグマックを食べさせるようなものだ。バイパーやフェラーリや特別仕様のマスタングに混じってZ4 Mがいるのは完全に場違いだ。モンスター・レイビング・ルーニー党の中に自民党員が混じっているようなものだ。退屈極まりない。

がっかりした気分でやる気もなく車に乗り込み、頭の中を空っぽにして撮影のためにサーキットを走り出した。しかし実のところ、平凡な見た目に反して、Z4 Mはそのサーキットで運転した他のどの車よりも優秀な車だった。

バイパーやコルベットは腕を振り回しながら走り回っているだけなのだが、BMWはただひたすら速く走り、尻越しに、そして指先越しに、すべての情報を正確に伝えてくれる。榴弾砲や迫撃砲の山に混じったスナイパーライフルだった。

BMWにはこのような車がたくさんある。BMW乗りを嫌う人は多いだろうし、BMWのデザインが好きになれない人も多いだろう。ナチスの軍事力を支えたという歴史が気に食わない人もいるだろうし、BMWがローバーにした仕打ちを許せない人もいるだろう。BMWを嫌う理由はたくさんあるし、それは私にもある。しかし、走りに関して言えば、BMWは本当に素晴らしい。

たとえば、ABSが付いている車はたくさんある。しかし、BMWに付いているABSは他より明らかに優秀だ。本当に必要なときにしか介入しない。介入過剰な他社のABSとは一線を画している。

ブレーキも見事だ。BMWのTop Gearでのラップタイムはどれも良いのだが、それはどうしてかずっと不思議に思っていた。馬力を見ても、車重を見ても、速さの理由は見出せなかった。スティグに訊くと、いつも同じことを言う(火星語で)。速さの理由はブレーキにあるそうだ。

ブレーキが優秀なうえ、ABSが邪魔をしないので、ブレーキ踏みはじめるタイミングを他の車よりもずっと遅くできる。その結果、時間との戦いではかなり優位に立つことができる。

しかし、BMWにかけられていたハンドリングの魔法は解けかけている。現行3シリーズは1984年式の3シリーズほど刺激的ではない。とはいえ、今のBMWは昔よりも安全にはなっている。スピードを出しすぎると若干のアンダーステアが生じて警告してくれるし、トラクションコントロール作動中にはメーター内の黄色い警告灯が点灯する。昔のBMWの場合、木に激突するその瞬間までドライバーが満面の笑みを湛えている。

続いて、BMWのエンジンの話題に移ろう。M5のV10やM3の直6からディーゼルエンジンに至るまで、BMWのエンジンはそれぞれがスピードと環境保護を両立している。

1シリーズはマッチ箱大の荷室しかないし、狭苦しいし、醜いバンのような見た目なのだが、走りだけは見事だ。7シリーズやZ4すらも、その中身は至宝だ。しかし、そんな法則に唯一当てはまらないモデルが3シリーズだ。

他のモデルのアヴァンギャルドなデザインに対する批判を受けてか、新しい3シリーズセダンは壁紙と同じくらいに平凡だ。ボンネットとキャビンとトランクしか存在しない。中でも前回乗ったモデルは浴室掃除用品と同じくらいに退屈だった。

なので、そのクーペ版の 335i に乗る際には、まったくと言っていいほど期待していなかった。

BMWいわく、3シリーズクーペはセダンとはまったく違う車であり、ボディパネルもまったく違うそうだ。しかし、デザインが退屈であることは変わらない。退屈すぎてすぐに車内に逃げ込みたくなる。

ところが、車内に乗り込むとすぐに外に出たくなる。アルファ ロメオやアウディなどのクーペの車内はとても華やかなのだが、BMWには華やかさなどない。ダッシュボードはセダンとまったく共通だ。

最初はこんな車など買いたくないと思った。それ以前に買えない。33,420ポンドという価格はマツダ・RX-8よりもよっぽど高い。

確かに、リアシートはソファと同じくらいに広いし、BMW車は窓すらもオプションという時代はもう終わった。しかし、ヒュンダイと大して変わらないデザインの車に33,420ポンドも払う気になるだろうか。頭がおかしいとしか思えない。

しかも、335という名前であるにもかかわらず、搭載しているエンジンの排気量は3.5Lではない。搭載されるのは2基の小型ターボチャージャーによって過給される3L 直列6気筒エンジンだ。

とはいえ、ターボチャージャーは小型なのでパワーが出るまでに年単位の時間がかかるわけではない。要するにターボラグが存在しない。しかも、それぞれ3気筒ずつしか過給しないため、出力やトルクの値も優れている。

しかし、似たようなツーステージシステムをゴルフGTに採用しているフォルクスワーゲンと同じ罠にはまっているかどうか心配だ。これはまったくもって使い物にならない。ギクシャクしていて最悪だし無意味でしかない。

しかし、BMWのシステムには何の欠陥もない。どれだけ集中しても、ターボエンジンであることには気付けない。アクセルを踏むとすぐ、ディーゼルとほぼ同等の力強さが得られる。しかし、一瞬か二瞬くらいで力尽きてしまうディーゼルとは違い、このエンジンはおよそ9週間以上の間、ずっと加速し続けていく。

もはや傑作とも言えるエンジンだ。あまりにも低域トルクがありすぎるため、本来であれば優秀なはずのBMWのトラクションコントロールシステムが時折トルクの波によって目を覚ましてしまう。

当然ながら、シャシのバランスは完璧だし、ステアリングも見事だし、ブレーキも優秀だし、快適性と操作性は完璧なバランスをとっている。この車はドライバーズカーの最適解だ。しかしながら、私自身はこの車を買うつもりはない。

世界最高の芸術家が描いた絵画だと考えれば分かりやすいかもしれない。きっと最高の筆致で描かれているだろう。色使いも見事だろう。構図は世界レベルだろうし、微に入り細を穿って描かれていることだろう。

ただし、その絵画の題材となっているのは巨大な犬の糞だ。


BMW 335i SE Coupé