Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2007年に書かれた BMW 135i クーペのレビューです。


135i

私がまだ子供の頃は、電気が週に3日ほどしか使えなかったし、車のエンジンはまともにかからなかったし、ネズミがゴミや死体を食い散らかしていたし、紅茶は贅沢品だと考えられていた。

それから30年が経過し、素敵な髪型をした、きっちりとシャツを着こなした女性が、クリスマスツリーを飾り付ける仕事をするような時代となった。なんとも素晴らしいことじゃないか。特定の季節にしか必要のないものを作る仕事に需要があるだなんて。おそらく、クリスマスツリー1本の価格は25,000ポンドほどだろう。

25,000ポンドなんて今でははした金だ。双眼鏡にそれだけの金額を支払っている人だっている。25,000ポンドの銃は安いとさえ言われている。わずか30年の間でイギリスの生活レベルは急激に上昇した。

この変化が始まったちょうどその時に私も居合わせていた。それは1982年にフラムで起こった。もっと具体的に言えば、フラムのパーソンズ・グリーンにある私の行きつけのパブ、ホワイトホースから始まった。

私がその店に通いはじめた頃、客の多くは画家や建築家で、メニューの味はどれも強かった。その店でウォッカなど注文しようものなら、視力は失われ、頭は千切れてしまうだろう。しかしやがてブリティッシュ・テレコムが民営化され、誰もが200ポンドを持つ時代となった。

その頃からホワイトホースに木製のブラインドや本革のソファが置かれるようになり、私の友人は家を買えるほどの金を懐に入れてこの店に立ち寄るようになった。つい最近までイヤリングとフォード・カプリしか持っていなかったはずのジョニーという男が、突然に湯水のごとくお金を使うようになった。

私が子供の頃の会社のボーナスといえば、骨付きチキンか高級クラッカーだった。ところが、サッチャー夫人が水もガスも空気も民営化したところ、クリスマスにはイギリス人がこぞってスコットランドの土地やカリブ海の小国を買うようになった。

素晴らしい時代だった。楽しい時代だった。なんでもできると思っていた。少しのアイディアで簡単に億万長者になれた時代だった。どんなアイディアでもいい。なので、私は地方紙に自動車に関する記事を寄稿することにした。ゴミ箱用の毛糸カバーを考案した友人もいた。世間は成功者で溢れ、その様相は車にもあらわれていた。

イギリスが豊かになりはじめた頃はゴルフGTI に乗っていなければホワイトホースに行くことができなかった。ヴァル=ディゼールの泥で汚れた深緑色のゴルフGTI ならなお良い。今では考えられないような現象が起こっていた。当時、フラムに住んでいた人は誰もがゴルフGTI に乗っていた。

それから時間が経ち、ボーナスの金額がさらに増え、人々は次々にゴルフGTI から BMW 323i に乗り換えていった。

323i は確かに優れた車だ。細いピラーやシンプルなスタイリングのせいでフォード・コーティナとあまり区別がつかなかったのだが、当時のフォードとは違い、とてつもなく高価で、とてつもなく速かった。

それに、元 GTI 乗りにとっては不慣れな後輪駆動車だったため、事故はかなり多かった。この結果、ホワイトホースでの話の種ができたし、323i よりもさらに優秀な 325i に買い換えることもできた。

325i のほうがさらに高価だったのだが、装備内容はほとんど何もなかった。ラジオもなかったし、窓は手動で開閉しなければならなかった。軽いボディと大きなエンジンがあるだけだった。そして、誰もがこの車を大いに気に入っていた。

残念ながら、それ以降3シリーズは中年化してしまった。肥えて遅くなってしまった。今の3シリーズもバランスは良いし完成度も高いのだが、当時の3シリーズにあった走る楽しさや歓びは失われてしまった。1.5トンの先進技術と贅沢装備に埋もれてしまった。

3シリーズが肥大化してしまったので、3シリーズの下に1シリーズというモデルが追加された。しかし残念なことに、1シリーズのデザインは昔ながらのバンとまったく変わらない。ヴィクトリア女王すら古臭いと評するだろう。

走りが良かったり、室内が広大だったりすれば、デザインの酷さくらい容認できるだろう。ところが、1シリーズの荷室は顕微鏡レベルだし、リアのレッグルームは生まれる前の人間にしか適さないし、最量販のディーゼルモデルはヘルペスと同じくらいにつまらない。1シリーズを人で例えるならピアーズ・モーガンになるだろう。

そんな1シリーズにトランクが追加されたクーペというモデルが登場した。しかし、そのデザインを見ると、ハッチバック以上に悪い予感しかしない。ハッチバックにトランクを付けることは無意味でしかない。フォルクスワーゲンがゴルフをベースに作り出したジェッタという車を見れば、私が正しいと理解できるはずだ。

そして1シリーズクーペを見ると、私が間違っていたことが露呈する。まったくもって美しい車とは言えない。しかし、見ていて不快になるデザインではない。つまり、1980年代の323i と同じく、個性というものが存在しないデザインだ。

しかも、私が試乗したモデルには3Lという大排気量のツインターボ6気筒エンジンが搭載されていた。最高出力は実に310PSとなかなか優秀だ。

車内に乗り込んでも期待は裏切られない。装備内容は最小限だ。大径ホイールと6速MTと…それからルームミラーくらいしか付いていない。期待はさらに膨らんだ。25年の時を経て、BMWが再び、シンプルで速い小型スポーツセダンを生み出したのかもしれない。

その予想は当たっていた。最初、ブレーキフィールがややシャープすぎると感じたのだが、数kmも走れば慣れるし、慣れればこの車を運転する歓びに耽ることができる。乗り心地も完璧だ。硬いながらも落ち着いており、段差を乗り越えるたびに目玉が飛び出すようなことはない。高速道路ではかなり安定していて快適だ。シートポジションも完璧だ。

しかし、最も印象深いのはエンジンだ。小型のターボチャージャーが1基搭載されており、これによって即座にパワーが生み出され、続いてもう1基の大型ターボチャージャーが稼働し、さらなるパワーが生み出される。これは素晴らしいエンジンとしか表現しようがない。傑作だ。かつてのBMWの直列6気筒エンジンほど元気があるわけではないのだが、とてつもなく力強い。

高速道路を降りて曲がりくねった道に入ると、まるでお気に入りのソファに座っているかのような気分になる。このような車は今では他にない。運転が好きならこの車に乗るべきだ。

もちろん、ランエボやインプレッサのほうがグリップも加速性能も優れているのだが、流れるような走りを求めているなら、BMWを選んだほうがいいだろう。

欠点についても触れよう。リアのレッグルームはかなり窮屈だし、価格は決して安くない。装備をまったく付けなければ3万ポンドをかろうじて切るのだが、装備を1個か2個付けただけで34,000ポンドまで値上がりしてしまう。あまりにも高い。

しかし、内容を考えれば決して高くはない。なにせ、今は旅行やキッチンに3万ポンド以上を費やす人がごまんといる時代だ。

はっきり言ってしまおう。135クーペは今のBMWの中でも最高のモデルだ。惜しみなく満点を与えたいと思う。


BMW 135i