Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ホンダ・ジャズ(日本名: フィット)のレビューです。


Jazz

ついちょっと前まで、車のCMを見るのは楽しかった。ポーラ・ハミルトンが毛皮のコートを脱ぎ捨て、フォルクスワーゲン・ゴルフGTI に乗り込むCMもあった。トウモロコシ畑が燃え盛るCMもあったし、ジェフリー・パーマーがドイツ人と砂浜まで競争するCMもあったし、ロボットが踊るCMもあったし、ジーン・ケリーが踊るCMもあったし、ケーキでできた車が出てくるCMもあったし、「ちゃんと動くのは素晴らしいことだ」というキャッチコピーのCMもあった。

かつて、自動車のCMはテレビ番組自体よりも面白かった。テレビ番組より考えられていた。車自体については何の説明もなかったのだが、不思議とその車が欲しくなった。ところが、ある日突然、状況が一変してしまった。

かつて「究極のドライビングマシン」を謳っていたBMWすら、今ではCMでローンの宣伝をしている。最近の車のCMはどれもこんな感じだ。
全長4.3mの車が実質年率2%、週あたり9.99ポンドで所有できます。

悲しい話だ。車がファストフードと同列の扱いになってしまっている。もはや、誰も品質や栄養素や企業の歴史になど興味を持っていない。値段の安さにしか興味がない。

最後の名作CMはホンダの「The Power of Dreams」のCMだと思う。このCMはニュージーランドとアルゼンチンと日本で収録された。立派な髭を生やした男がホンダの小型バイクに乗って登場し、アンディ・ウィリアムズの『The Impossible Dream』を口ずさみながらホンダが生み出してきた数々の名車、名機を次々乗り換えていく。レーシングバイク、F1カー、スピードボート、スポーツカー、ツーリングバイク、四輪バギーなどたくさんの製品が出てくる。実に壮大なCMで、これを見終わると、思わずホンダの製品が欲しくなる。

数年後、このCMはリメイクされた。新たにホンダジェットや燃料電池車が登場し、髭男が海辺の家に戻ると、そこにはホンダのロボットがいてお風呂を準備してくれていた。実に素晴らしいCMだ。

しかし謎がある。ホンダがこのCMをまた作ったということは、ホンダの”夢”がまだ続いているということだろうか。それは今のF1なのだろうか。しかし、ホンダのF1は最下位争いにしか参戦できていない。ではホンダの車に夢があるのだろうか。はて…。

かつてのホンダはアルファ ロメオのような会社だった。決して退屈な車は作らなかった。しかも、その車はほかのどの車よりも信頼性が高かった。ホンダ車はすべてが少し奇妙で変わっていた。そして素晴らしくもあった。しかし、私が今回試乗したジャズ(日本名: フィット)という車は、かつてのホンダとはまったく違う車だった。

「ブリリアントスポーティーブルー」という、どう見ても普通のブルーのボディカラーに身を包んだ試乗車は「EX Navi」というグレードだった。価格は16,755ポンドで、運転席側シートポケットやパワーウインドウやシガーソケット(シガーライターではない)が付いていた。外装に目を向けると、ヘッドランプとフォグランプとタイヤが付いていた。この車には、心を動かすような要素がまったくなかった。

唯一、2速でアクセルを踏み込んだときだけは心が動く。なぜなら、アクセルを踏み込んでも何も起こらないからだ。これは102PSの1.3L i-VTECエンジンを搭載するコンパクトカーだ。本来ならば元気いっぱいでなければならない。にもかかわらず、この車はその真逆の性格だった。

何も考えずにジャズを運転していると、大陸移動の動きにすら置いていかれてしまう。店に行こうとしていたはずが、3,000年かけて逆方向のノルウェーに到着してしまう。

エンジンがこんなセッティングになっているのは、きっと経済性やホッキョクグマのためなのだろう。そう思っていた。しかし、同等排気量の他社製エンジンと比べた場合、燃費性能でもCO2排出量でも劣っている。

驚くべきことに、最大トルクは5,000rpmにならないと発揮されない。つまり、エンジンの性能を引き出すためにはエンジンを全力で回さなければならない。

かつて、私はホンダのエンジンが大好きだった。昔のホンダのエンジンは甘美で熱烈だった。小さいながらによく躾けられたジャック・ラッセル・テリアのようなエンジンだった。しかし、ジャズのエンジンはどうだろうか。無理やり犬で例えるなら、死んだ犬としか言いようがない。

このあたりでハンドリングの話に移りたいところだが、ハンドリングを検証できるほどのスピードを出せなかったため、ハンドリングに言及することはできない。そもそも、ジャズを運転するような人はアンダーステアやオーバーステアのことなどまったく気にしないだろう。走りさえすればそれでいいはずだ。

そういう意味では、この車もそれなりに優秀だ。ドアが4つあるので老人でも乗り降りしやすいし、荷室にはシルバーカーを2台載せることができる。しかし、ナビは9歳の子供にしか理解できない作りになっている。配給制度の中で育った人にはあまりにも複雑だ。

私の母親いわく、車に求めるのは暖房とクラシックFMだけだそうだ。母は以前初代ジャズに乗っていたのだが、それには暖房とクラシックFMが付いていたため、大いに気に入っていた。しかし、母が現行ジャズのラジオを操作できるとは到底思えない。このナビはスクリーンの完璧に正確な場所をタッチしなければまったく反応してくれない。

問題はほかにもある。そもそも見た目が良くない。ホイールは16インチなのだが、ホイールアーチに隠れてほとんど見えないし、不必要で意味不明な曲線が多用されている。

褒められるのはインテリアの質感とリアシートの広さだけだ。質感も広さもこのクラスの水準を大幅に超えている。もし太っている人をよく乗せるのであれば、ジャズを買う価値はあるのかもしれない。しかし、そうでないなら、フォード・フィエスタかフォルクスワーゲン・ポロかシュコダ・ファビアを買ったほうがいい。あるいは、Uberのアプリをインストールしたほうがましだ。

こんなことを言うなんて自分でも信じられない。ホンダがこれほどまでに落ちぶれたことが信じられない。つい6年前まで、ホンダは人を熱狂させるような車を、そしてテレビCMを作っていた。しかし、今のホンダが作っているのは、燃料を無に変換するだけのエンジンだ。

上述した「ちゃんと動くのは素晴らしいことだ」というキャッチコピーはホンダがかつて使っていたものだ。このキャッチコピーはまったくもって正しい。


The Clarkson Review: 2016 Honda Jazz