Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれた、フォルクスワーゲン・トランスポーター 2.5 TDI スポーツラインのレビューです。


Transporter

数週間前、カントリーサイド・アライアンスのチャリティーコンサートに招待された。もちろん、カントリーサイド・アライアンスがどんな団体なのかはよく知らない。それ以前に、カントリーサイドとは何なのかということからよく分かっていない。いずれにしても、素晴らしいコンサートだった。

ブライアン・フェリーで会場は盛り上がり、ほかにも素晴らしい面々が出演した。エリック・クラプトンもいたし、ピンク・フロイドのメンバーもいたし、ジェネシスのメンバーもいた。アンディ・フェアウェザー・ロウが会場を沸かせ、プロコル・ハルムがトリを務めた。

言うまでもなく、このイベントには問題も潜んでいた。これは田舎を守るためのチャリティイベントであり、ロックとは相容れない。それに、開催されたのは5月下旬だったのだが、地球温暖化や旱魃のせいで非常に寒く、かなりの土砂降りだった。

しかし、私にとって最大の問題はどの車で行くかということだった。最終的に私が選んだのはピックアップトラックの三菱・L200(日本名: トライトン)だった。この車には、田舎で使える堅牢性と、都会的なスタイルが備わっていると考えた。

これは非常に賢明な選択だったのだが、車自体はさして優秀なわけでも合理的なわけでもなかった。私の考えるピックアップトラックは定規一本で設計されたような頑丈な車なのだが、L200にはソフトなカーブや高級感のある材質が多用されていた。しかしそもそも、ピックアップトラックはアメリカだけで売るべき代物だ。

アメリカにはカントリーサイド・アライアンスのような団体は存在しない。なぜなら、イギリスでは憎悪と嫉妬にまみれた都市住民とスコットランドに5万平米の土地を持つ気難しい地主との間で階級抗争があるのだが、アメリカにはそんなものがないからだ。

アメリカ人は皆、自然と一体化したがっている。アメリカ人は皆、木を切ることが、動物を撃つことが大好きだ。ジョージタウンに住む良家の子息だろうと、週末にはローファーを脱いでモコモコのシャツに着替え、森の中のテントへと向かう。

それに、アメリカ人は誰もが工場で働きたがっている。手作業や安全靴を崇拝している。ブルース・スプリングスティーンは神以上に金を持っているが、ツイードやアルマーニを身に纏うイギリスのロックの神とは違って、彼の服装はまるで電気作業員だ。『ウィチタ・ラインマン』のような曲が許容されるのはアメリカくらいだ。これは何もない場所をピックアップトラックでひたすら走り、電話線に不具合がないか探し続ける男を賞賛する歌だ。

デヴィッド・ギルモアがハンプシャーで働くBTの作業員を見て、「素晴らしい服装だ。ヘアスタイルも良い。この人達の人生を、そしてこの人達が乗る車を歌にして、是非とも後世に残そう。」なんて思うはずがない。当然ながら、イギリスには『ウィンチェスター・ラインマン』なんて歌など存在しない。

いずれにしても、大自然を愛し、肉体労働者を崇拝するような人にとっては、ピックアップトラックこそが最高の車になる。

しかし、イギリスでは話が別だ。カントリーサイド・アライアンス主催のコンサート会場周辺はどこも駐車場がいっぱいだった。その客の中にはウサギの皮の剥ぎかたを知っている人など一人もいなかったのだが、ハーヴェイ・ニコルズのチーズ売り場からE&Oまでなら誰もが目隠しをしてでも3分以内に辿り着くことができるだろう。

なぜなら、我々は文化的で、アメリカ人は野蛮だからだ。文化的 (civilised) という単語は『都市』を意味する"civic"という単語に由来している。一方、野蛮 (barbaric) という単語は、髭剃りすらまともにできない人間を意味する"bearded"という単語に由来している。

それに、イギリス人は肉体労働者に対して尊敬の心など抱いていない。当然、肉体労働者は必要な存在ではあるのだが、わざわざ肉体労働者のような恰好をしたいとは誰も思わないし、肉体労働者のような喋りかたをしたいとも思わない。なにより、肉体労働者が乗るような車に乗りたいなどとは決して思わない。なぜなら、イギリスの肉体労働者が乗っているのはバンだからだ。

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これこそが今回の論旨だ。イギリスにおける白いバンはアメリカにおけるピックアップトラックのようなものだ。そして、アメリカ最大のV10ピックアップトラック、ダッジ・ラムに相当するのが、今回の主題となっている車だ。その車こそ、イギリス最速のバン、フォルクスワーゲン・トランスポーター T30 TDI 174 スポーツラインだ。

アメリカ人のような思考回路を持っている人なら、きっとこの車を欲しがるだろう。田舎に自分の手で家を建て、水道管の修繕すら自分でやるような人にはぴったりだ。そういう人達にとっては夢のような車だろう。おそらく、エリック・クラプトンも購入するはずだ。トニー・ブレアなら2台ほど買うだろう。

では、実際のところどんな車なのだろうか。荷室はかなり広い。それに、カントリーサイド・アライアンスのコンサートの際に使ったピックアップトラックと違って、荷室はちゃんと保護されているため、荷物を置いておいてもいつの間にか他人の所有物になっているようなことはない。

フロントシートは3人乗りだ。一人はドライバーで、一人は地図読み係で、真ん中の一人は阿呆面を下げてただひたすら座っている係だ。ところで、このフォルクスワーゲンには問題がある。ダッシュボードにほとんど収納スペースがないため、愛しのデイリー・ミラーを置く場所がない。

とはいえ、エアコンやCDプレイヤーやレザー加飾は付いている。まるで家具店のような内装だ。もっとも、それは車を走らせるまでの話だ。

驚くべきことに、このバンは速い。スピードメーターは瞬く間に200km/h近い値を指してしまう。前方に60km/hでちんたら走っているフォード・フォーカスがいたら、この車の本領が発揮される。運転席からだとボンネットが視認できないため、気付かぬ間に前の車との車間距離がとてつもなく短くなる。

ただし、搭載される2.5Lエンジンはパワフルだしトルクもあるのだが、かといってうるさいわけではない。つまり、フォーカスのルームミラーいっぱいにトランスポーターが映り込む一方で、フォーカスのドライバーの耳には何の音も聞こえない。つまり、フォーカスが道を譲る可能性はあまり高くない。

普通のバンの場合、これは大問題だ。しかし、スポーツラインなら何の問題もない。このモデルは0-100km/h加速を12.2秒でこなす。3速で110km/hまで加速できる。思わず笑いだしてしまうほどに速い。

正直に言えば、アルミホイールやメッキパーツには失笑を禁じ得ない。電子レンジに「TURBO」と書くようなものだ。それに、トラクションコントロールが付いていることを知って、思わず笑ってしまった。しかし、この車の走りはハンドリングも含めて乗用車的だ。もっとも、優秀な乗用車に比べれば大きく劣るのだが、乗用車的であるのは事実だ。

では、私自身が欲しいと思うだろうか。それはない。大きすぎるので大半の駐車場には合わないし、この車の荷室を埋めるほど物を持っていないし、バンとしては速いと言っても、ゴルフGTIのような車に比べれば追い越し性能は大きく劣る。それに、価格は21,000ポンドもする。

もし私がアメリカ人なら、肉体労働者的なこの車に乗る自分を誇ることができるだろう。ヘルメットをかぶってこの車を乗り回すことに喜びを感じるだろう。荷室にキャンプ装備一式を載せ、ノーマン・シュワルツコフのように子供と一緒に釣りに出掛けるだろう。しかし、私はそんなことなどしない。

私にはこの車を使ってしたいことなどない。この車を運転してみて気付いた。私がアメリカ人じゃなくて良かったと。私がバンのドライバーじゃなくて良かったと。


Volkswagen Transporter T30 TDI 174 Sportline