Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、ベントレー・ミュルザンヌ スピードのレビューです。

交通量の多い道路の近くに住む人は騒音被害を訴えることが多いし、私もそれには同情する。高速道路の騒音に比べればウサギの悲鳴のほうがましだ。混雑するラウンドアバウトの近くに住むくらいなら、スヴァールバルに住んだほうがいい。
道路がうるさいのにはいくつか理由がある。オートバイは騒音源になるし、西ロンドンでは特にやかましい。もし私が権力を手に入れたら、このおぞましく醜い機械を真っ先に道路から追放するだろう。
バスも騒音源のひとつだ。バスを排除するのも理に適っている。バスがなくなれば貧乏人が自転車を使うようになるので、貧乏人が痩せるようになるだろう。結果的に、国民健康保険料が浪費されることもなくなる。同様に救急車が走る頻度も減るだろう。そもそも、30km以上離れた場所からでも聞こえるサイレンを鳴らす必要などあるのだろうか。
しかし、自動車に関しては話が別だ。実際には滅多に見ることのない超高価なスーパーカーだけは例外だが、現代のエンジンや排気システムは非常に静かだ。かつて、ボブ・シーガーは高速道路の運転について以下のように歌っている。
You can listen to the engine moanin’ out his one-note song
(エンジンからは単調な歌声が聞こえてくる)
しかし、この表現は的外れだ。高速道路において車が発する音の75~90%はタイヤ由来だ。路面とタイヤのゴムが接触する音だけではない。トレッドパターンの間に入り込んだ空気が圧縮される音もある。しかも、タイヤは構造的に音を反響しやすいため、騒音をさらに増幅してしまう。
これが今回の主題であるベントレー・ミュルザンヌの話に繋がっていく。この試乗車が職場にやって来たとき、2人の真面目な男が熱心に車の機能について説明してくれた。その説明の中で私が興味を持ったのは、ダンロップ製のタイヤが静粛性を重視して設計されているという話だった。
彼らの説明は嘘ではなかった。110km/hで走っていると無音状態とほとんど変わらない。車の空力特性や車重を考えると驚異的だ。この車は蝶が花に向かっていくのと同じくらいの音しか出さずに走る。
静かなのは室内だけではない。車の外も静かだ。その時点でM4を50km走っただけだったのだが、あまりに静かだったので、もし私が権力を手に入れたら、このタイヤをすべての車に装着義務化したいと考えるようになった。それほどまでに素晴らしかった。

このリヴァイアサンの心臓である6.75L V8エンジンも同じように搭載を義務化したい。驚くべきことに、このエンジンはミュルザンヌが登場するよりも前に生まれている。スペックだけ見れば、「シングルカムシャフト」やら「プッシュロッド」やら、配給制度やジフテリアの時代と変わらない単語が並んでいる。
18年前、フォルクスワーゲンがベントレーを傘下に入れ、この伝統あるV8エンジンの製造を近いうちに中止するよう命じた。排気ガス規制に対応できないことがその最大の理由だった。しかし、その判断は間違っていた。
ベントレーは三菱製のターボチャージャーを取り付け、状況に応じて4気筒を休止し、燃料を節約できるようにした。こんな変更を施したらエンジンが軟弱になりそうなものだが、そうはならなかった。
スペックは驚異的だ。最高出力537PSを発揮し、わずか1,750rpmで112kgf·mという途方もないトルクを叩き出す。これ以下のトルクしかないブルドーザーなどいくらでもある。惑星レベルの値だ。ヒステリックな値だ。そんなエンジンは相当にやかましくなりそうなものだが、驚くべきことにそんなことはない。
アクセルペダルを分厚いカーペットの近くまでかなり強く踏み込んだとしても、かろうじてエンジン音が聞こえるだけだ。それ以外の場合、眠っている修道女と同じくらいに静かだ。
この車は静粛性が非常に高いだけでなく、エアサスペンションのセッティングで何を選んだとしても快適だ。それに見た目も良い。特にアグレッシヴな新しいフロントフェイスは印象的だ。
装備も充実しており、ありえないと思えるようなものさえ付いている。例えば、フロントシートバックには後部座席用のタッチスクリーンが格納されている。それから、2,200Wのオーディオも付いている。誤植ではない。ベントレーはこの圧倒的に静かな車に頭が吹っ飛ぶようなオーディオシステムを付けている。
しかし、これだけの装備が付いているからこそむしろ、私ならロールス・ロイス ゴーストのほうが良いと考えてしまう。
ベントレーの人間はきっと、ボタンが多いほど贅沢であると考えているのだろう。ガレージから風呂を沸かしたり、居間のテレビを操作して門を開閉したりできる家こそが豪邸であると考えているのだろう。その考え方はおそらく間違っていない。…サッカー選手にとっては。しかし、私の考え方は違う。

以前、ベントレーのエンターテインメントシステムは時代遅れだと批判したことがある。例えば、コンチネンタルGTスピードにはUSBポートが付いておらず、今の時代には明らかに合っていない。
それを受けてかは知らないが、ベントレーはおかしくなってしまった。ミュルザンヌのナビのスクリーンは2つになり、ダッシュボード上のスイッチでも、ステアリングスイッチでも、タッチパネルでも、ボイスコマンドでも操作できるようになっている。もちろん、いずれはこの複雑な操作系にも慣れるだろう。しかし、慣れるまでに果たして何年かかるのだろうか。
幸いUSBポートは付いているのだが、ポートは小さな小物入れの中にあり、接続中は蓋が開いた状態になってしまう。それから、センターアームレストの中には充電ポートもあるのだが、こちらも使用中には閉まらない。
ベントレーに最新のIT技術を求めるのは、インテリアデザイナーにiPhoneを設計させるようなものだ。あるいは、ビル・ゲイツに箪笥を設計させるようなものだ。
結果、厄介な問題が生じている。運転席は何百ものボタンに囲まれ、その複雑さに悩まされ続けることになる。
それから、ボディサイズの大きさにも悩まされることになる。西ロンドンを走るA40は"労働者保護のため"に道幅が狭くなっている(ちなみに労働者は作業などしていない)。おかげで、数キロにわたって大型バスを抜かせなかった。あまりにも退屈な時間だった。
残念でならない。個人的にはロールス・ロイスよりもベントレーというブランドのほうが好きだ。私の祖父はベントレー・Rタイプに乗っており、私が初めて運転した車もそれだった。自分が乗っている車が"MFB"だと宣言できる点も気に入っている。
しかし、この車を運転していても、ベントレーのあるべき姿だとは到底思えなかった。サスペンションをスポーツモードにしたいとは思わなかったし、トルクを使い尽くしてみたいとも思わなかった。私はただ、この車に乗って漂流していただけだ。ただ漂流したいだけなら、よりシンプルでより味のあるゴーストを選ぶ。
ゴーストに乗れば、思わず「あぁ…」と呟いてしまうだろう。一方、ミュルザンヌに乗るとこんなふうに思うようになる。
「このやかましいナビの声を止めるにはいったいどのスイッチを押せばいいんだ。」
The Clarkson Review: 2016 Bentley Mulsanne Speed
今回紹介するのは、ベントレー・ミュルザンヌ スピードのレビューです。

交通量の多い道路の近くに住む人は騒音被害を訴えることが多いし、私もそれには同情する。高速道路の騒音に比べればウサギの悲鳴のほうがましだ。混雑するラウンドアバウトの近くに住むくらいなら、スヴァールバルに住んだほうがいい。
道路がうるさいのにはいくつか理由がある。オートバイは騒音源になるし、西ロンドンでは特にやかましい。もし私が権力を手に入れたら、このおぞましく醜い機械を真っ先に道路から追放するだろう。
バスも騒音源のひとつだ。バスを排除するのも理に適っている。バスがなくなれば貧乏人が自転車を使うようになるので、貧乏人が痩せるようになるだろう。結果的に、国民健康保険料が浪費されることもなくなる。同様に救急車が走る頻度も減るだろう。そもそも、30km以上離れた場所からでも聞こえるサイレンを鳴らす必要などあるのだろうか。
しかし、自動車に関しては話が別だ。実際には滅多に見ることのない超高価なスーパーカーだけは例外だが、現代のエンジンや排気システムは非常に静かだ。かつて、ボブ・シーガーは高速道路の運転について以下のように歌っている。
You can listen to the engine moanin’ out his one-note song
(エンジンからは単調な歌声が聞こえてくる)
しかし、この表現は的外れだ。高速道路において車が発する音の75~90%はタイヤ由来だ。路面とタイヤのゴムが接触する音だけではない。トレッドパターンの間に入り込んだ空気が圧縮される音もある。しかも、タイヤは構造的に音を反響しやすいため、騒音をさらに増幅してしまう。
これが今回の主題であるベントレー・ミュルザンヌの話に繋がっていく。この試乗車が職場にやって来たとき、2人の真面目な男が熱心に車の機能について説明してくれた。その説明の中で私が興味を持ったのは、ダンロップ製のタイヤが静粛性を重視して設計されているという話だった。
彼らの説明は嘘ではなかった。110km/hで走っていると無音状態とほとんど変わらない。車の空力特性や車重を考えると驚異的だ。この車は蝶が花に向かっていくのと同じくらいの音しか出さずに走る。
静かなのは室内だけではない。車の外も静かだ。その時点でM4を50km走っただけだったのだが、あまりに静かだったので、もし私が権力を手に入れたら、このタイヤをすべての車に装着義務化したいと考えるようになった。それほどまでに素晴らしかった。

このリヴァイアサンの心臓である6.75L V8エンジンも同じように搭載を義務化したい。驚くべきことに、このエンジンはミュルザンヌが登場するよりも前に生まれている。スペックだけ見れば、「シングルカムシャフト」やら「プッシュロッド」やら、配給制度やジフテリアの時代と変わらない単語が並んでいる。
18年前、フォルクスワーゲンがベントレーを傘下に入れ、この伝統あるV8エンジンの製造を近いうちに中止するよう命じた。排気ガス規制に対応できないことがその最大の理由だった。しかし、その判断は間違っていた。
ベントレーは三菱製のターボチャージャーを取り付け、状況に応じて4気筒を休止し、燃料を節約できるようにした。こんな変更を施したらエンジンが軟弱になりそうなものだが、そうはならなかった。
スペックは驚異的だ。最高出力537PSを発揮し、わずか1,750rpmで112kgf·mという途方もないトルクを叩き出す。これ以下のトルクしかないブルドーザーなどいくらでもある。惑星レベルの値だ。ヒステリックな値だ。そんなエンジンは相当にやかましくなりそうなものだが、驚くべきことにそんなことはない。
アクセルペダルを分厚いカーペットの近くまでかなり強く踏み込んだとしても、かろうじてエンジン音が聞こえるだけだ。それ以外の場合、眠っている修道女と同じくらいに静かだ。
この車は静粛性が非常に高いだけでなく、エアサスペンションのセッティングで何を選んだとしても快適だ。それに見た目も良い。特にアグレッシヴな新しいフロントフェイスは印象的だ。
装備も充実しており、ありえないと思えるようなものさえ付いている。例えば、フロントシートバックには後部座席用のタッチスクリーンが格納されている。それから、2,200Wのオーディオも付いている。誤植ではない。ベントレーはこの圧倒的に静かな車に頭が吹っ飛ぶようなオーディオシステムを付けている。
しかし、これだけの装備が付いているからこそむしろ、私ならロールス・ロイス ゴーストのほうが良いと考えてしまう。
ベントレーの人間はきっと、ボタンが多いほど贅沢であると考えているのだろう。ガレージから風呂を沸かしたり、居間のテレビを操作して門を開閉したりできる家こそが豪邸であると考えているのだろう。その考え方はおそらく間違っていない。…サッカー選手にとっては。しかし、私の考え方は違う。

以前、ベントレーのエンターテインメントシステムは時代遅れだと批判したことがある。例えば、コンチネンタルGTスピードにはUSBポートが付いておらず、今の時代には明らかに合っていない。
それを受けてかは知らないが、ベントレーはおかしくなってしまった。ミュルザンヌのナビのスクリーンは2つになり、ダッシュボード上のスイッチでも、ステアリングスイッチでも、タッチパネルでも、ボイスコマンドでも操作できるようになっている。もちろん、いずれはこの複雑な操作系にも慣れるだろう。しかし、慣れるまでに果たして何年かかるのだろうか。
幸いUSBポートは付いているのだが、ポートは小さな小物入れの中にあり、接続中は蓋が開いた状態になってしまう。それから、センターアームレストの中には充電ポートもあるのだが、こちらも使用中には閉まらない。
ベントレーに最新のIT技術を求めるのは、インテリアデザイナーにiPhoneを設計させるようなものだ。あるいは、ビル・ゲイツに箪笥を設計させるようなものだ。
結果、厄介な問題が生じている。運転席は何百ものボタンに囲まれ、その複雑さに悩まされ続けることになる。
それから、ボディサイズの大きさにも悩まされることになる。西ロンドンを走るA40は"労働者保護のため"に道幅が狭くなっている(ちなみに労働者は作業などしていない)。おかげで、数キロにわたって大型バスを抜かせなかった。あまりにも退屈な時間だった。
残念でならない。個人的にはロールス・ロイスよりもベントレーというブランドのほうが好きだ。私の祖父はベントレー・Rタイプに乗っており、私が初めて運転した車もそれだった。自分が乗っている車が"MFB"だと宣言できる点も気に入っている。
しかし、この車を運転していても、ベントレーのあるべき姿だとは到底思えなかった。サスペンションをスポーツモードにしたいとは思わなかったし、トルクを使い尽くしてみたいとも思わなかった。私はただ、この車に乗って漂流していただけだ。ただ漂流したいだけなら、よりシンプルでより味のあるゴーストを選ぶ。
ゴーストに乗れば、思わず「あぁ…」と呟いてしまうだろう。一方、ミュルザンヌに乗るとこんなふうに思うようになる。
「このやかましいナビの声を止めるにはいったいどのスイッチを押せばいいんだ。」
The Clarkson Review: 2016 Bentley Mulsanne Speed