Amazonプライム・ビデオで配信中の自動車番組「The Grand Tour」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、2005年に書かれたマセラティ・MC12のレビューです。
クリケットは見る分には途方もなく退屈なスポーツだ。ゴルフやスヌーカーも同様だ。しかし、そんな中でも最も退屈なスポーツはル・マン24時間レースだ。異論は認めない。
土曜日の午後4時、グリッドには聞いたこともないようなメーカーの車が並び、発音すらできないような名前のドライバーが24時間にわたるエコドライブを行う。そして、やがて日が暮れていく。
果たして、暗くて見ることすらままならないような競技を楽しむことのできる人間がいるなどと、いったい誰が考えたのだろうか。一組のヘッドランプが観客に近付き、エンジン音が響いたと思ったら、目の前の光は赤いテールランプに変わり、その光もやがて闇の中へと消えていく。その車が誰が運転するどんな車かなど知りようもないし、それどころか、その車の順位すら知りようがない。
分かることと言えば、日曜日の午後4時に終わるそのレースで勝利を飾るのは、一番お金を持っているチームだということだけだ。ここ数年はアウディが連勝を飾っている。ただし、マーケティング的理由により、その車は必ずしもアウディとは呼ばれるわけではない。ときに、フォーシルバーリングスがウイングドBに交換され、ベントレーの名前で呼ばれることもある。
企業の年次報告書を集めて比べるだけのイベントにしたらさぞ簡略化されることだろう。勝利の栄光は営業利益の桁数の多い企業に贈ればいい。そうすれば、わざわざ遠くの国まで出掛けて、暗闇の中で行われる燃費試験を延々と見物する必要もない。
誰もが認める本物のロードカーでレースをすればきっと面白くなるだろうと言う人もいる。実際、アストンマーティンはDB9を、シボレーはコルベットを、ランボルギーニはムルシエラゴを、フェラーリは575をル・マンに投入している。
このような車がどんどん増えて主流になれば、アウディのようなワンオフのプロトタイプモデルは禁止されるようになるだろうし、耐久レースの本来の意味を取り戻すだろう。しかし、それでもなお問題は残っている。夜が来るのは変わらず、レースの3分の1は何が起こっているのかすら分からない。それに、きっとイタリア人が規制をねじ曲げてしまうだろう。
これは実際にも起こっている。ル・マンの新クラスはグランドツアラーをベースとするように規定されている。ここで言うグランドツアラーとは、コルベットやDB9や575のような車のことだ。ところが、マセラティは姉妹企業のフェラーリからエンツォ(エンツォは私の愛犬と同じくらいグランドツアラーという概念からかけ離れている)とありとあらゆるコンポーネンツを共有したレーシングカーを生み出した。
市販モデルを最低25台売り上げる必要があるという規定もあるのだが、全世界60億人の中から探せば、25人くらい簡単に見つかった。問題の車の価格が52万ポンドであっても、リアウインドウが付いていなくても、何ら問題はなかった。
もし私が大会の運営委員なら、たとえマセラティがあらゆる規則を遵守していようと、笑顔で追い払うだろう。しかし、私は大会の運営委員ではないので、マセラティは難なく勝利することになるだろう。
そんなことよりも重要なのは25台の市販モデルのほうで、私は先週、そのうちの1台に試乗することができた。
カーボンファイバー製の基本骨格はエンツォと同じだし、6LのV12エンジンもエンツォと共通だ。セミATも、スピードバンプを乗り越えるための車高調節用スイッチも、可変ダンパー用スイッチも、変速設定用スイッチも共通だ。しかし、あくまでレーシングカーとして開発されているため、エンツォよりも高い空力性能が求められた。そのため、もともと巨大なエンツォと比べて、全長は40cm以上長くなり、車幅も6cm増加している。MC12はかなり巨大だ。それに、後ろはまったく見えないため、駐車するのはかなり大変だ。
しかし意外なことに、運転するのはそれほど大変ではない。ルーフのエアインテークや異常なほどに長いオーバーハングを見ると、この車が火を吐き骨を砕く本物のレーシングカーのように思える。室内に目をやると、普通のシートベルトではなく本格的なハーネスが付いており、「やる気」が見て取れる。
しかし、エンジンは穏やかに始動するし、ギアは滑らかに1速に入り、ステアリングは日産・マイクラ(日本名: マーチ)と同じくらいに軽い。ルーフを取り外すことさえできる。しかし、なにより驚異的なのは乗り心地だ。道路工事を行った労働者の怠惰を一切伝えず、ミラノ仕立てのブルーに囲まれたインテリアは落ち着き払っている。
妙な話だ。レーシングカーのような見た目の車に乗り込んだはずなのに、その走りはまるでファミリーサルーンだ。もちろん、これにはちゃんとした理由がある。この車がグランドツアラー、すなわちトランクの付いた快適な長距離クルーザーであることを証明するためだ。もっとも、トランクリッドを開けるためには六角レンチと大男数人が必要なのだが。
アクセルを踏み込むと…なんてこった。音は632PSを発揮する車とは思えないほどに穏やかなのだが、巨大なタコメーターの針はとんでもない勢いで回転し、腎臓に直接、加速の衝撃が伝わる。右側のパドルを操作すると、2ミリ秒後にはギアが変わり、今度は脾臓に苦痛が走る。0-100km/h加速は4秒を切り、330km/hまで加速していく。
この車は電車のように加速するのだが、同様に運転感覚もまるで電車だ。300km/hで走っていても車内でゆったりチーズを食べられるTGVのように落ち着いている。
ただ残念なことに、コーナリング性能に関してはそれほど優秀ではない。エンツォはフラットでグリップに富んでいるのだが、MC12は不安定だしアンダーステア気味だ。しかも、アクセルを踏もうとするたびにトラクションコントロールが介入してしまう。MC12のトラクションコントロールをオンにするのは、高級レストランでわざわざレトルト食品を頼むようなものだ。なのでオフにしてみたのだが…。
アンダーステアが起きたのでアクセルを少し踏んでリアを滑らせようとしたのだが、その結果、リアウイングに見えない障害物が激突したかのごとく盛大に滑った。なので精一杯にカウンターステアを当ててみたのだが、焼け石に水だった。
この車をパワースライドさせるためには訓練が必要だ。航空母艦をパワースライドさせるのと同じくらいの訓練が必要だ。もちろん、不可能というわけではないし、試してみる価値はある。もし実現できればエンツォの血統を感じ取ることができる。エンツォが実現していた完璧なバランスの一端を感じ取ることができる。
しかし、MC12はエンツォほどに優秀なわけではない。エンツォほどに残忍なわけでもなければ、エンツォほどに楽しいわけでもない。それに、エンツォほど速いわけでもない。しかし、エンツォは399台の限定生産車なので、エンツォが購入できなかった不運な人の第二候補としては適しているのかもしれない。
MC12も非常に速いし、神経を尖らせて運転すればエンツォの楽しさを体感することができる。それでも、巨大で醜く、リアウインドウすらない急ごしらえのまやかしであるという事実は変わらない。それに、MC12よりも全般的に優れたポルシェ・カレラGTは20万ポンドも安く買える。
言うまでもなく、これはレースで勝利を掴むために開発された車だ。しかし、それよりも重要なものを掴みそこねている。私の心だ。
Maserati MC12
今回紹介するのは、2005年に書かれたマセラティ・MC12のレビューです。
クリケットは見る分には途方もなく退屈なスポーツだ。ゴルフやスヌーカーも同様だ。しかし、そんな中でも最も退屈なスポーツはル・マン24時間レースだ。異論は認めない。
土曜日の午後4時、グリッドには聞いたこともないようなメーカーの車が並び、発音すらできないような名前のドライバーが24時間にわたるエコドライブを行う。そして、やがて日が暮れていく。
果たして、暗くて見ることすらままならないような競技を楽しむことのできる人間がいるなどと、いったい誰が考えたのだろうか。一組のヘッドランプが観客に近付き、エンジン音が響いたと思ったら、目の前の光は赤いテールランプに変わり、その光もやがて闇の中へと消えていく。その車が誰が運転するどんな車かなど知りようもないし、それどころか、その車の順位すら知りようがない。
分かることと言えば、日曜日の午後4時に終わるそのレースで勝利を飾るのは、一番お金を持っているチームだということだけだ。ここ数年はアウディが連勝を飾っている。ただし、マーケティング的理由により、その車は必ずしもアウディとは呼ばれるわけではない。ときに、フォーシルバーリングスがウイングドBに交換され、ベントレーの名前で呼ばれることもある。
企業の年次報告書を集めて比べるだけのイベントにしたらさぞ簡略化されることだろう。勝利の栄光は営業利益の桁数の多い企業に贈ればいい。そうすれば、わざわざ遠くの国まで出掛けて、暗闇の中で行われる燃費試験を延々と見物する必要もない。
誰もが認める本物のロードカーでレースをすればきっと面白くなるだろうと言う人もいる。実際、アストンマーティンはDB9を、シボレーはコルベットを、ランボルギーニはムルシエラゴを、フェラーリは575をル・マンに投入している。
このような車がどんどん増えて主流になれば、アウディのようなワンオフのプロトタイプモデルは禁止されるようになるだろうし、耐久レースの本来の意味を取り戻すだろう。しかし、それでもなお問題は残っている。夜が来るのは変わらず、レースの3分の1は何が起こっているのかすら分からない。それに、きっとイタリア人が規制をねじ曲げてしまうだろう。
これは実際にも起こっている。ル・マンの新クラスはグランドツアラーをベースとするように規定されている。ここで言うグランドツアラーとは、コルベットやDB9や575のような車のことだ。ところが、マセラティは姉妹企業のフェラーリからエンツォ(エンツォは私の愛犬と同じくらいグランドツアラーという概念からかけ離れている)とありとあらゆるコンポーネンツを共有したレーシングカーを生み出した。
市販モデルを最低25台売り上げる必要があるという規定もあるのだが、全世界60億人の中から探せば、25人くらい簡単に見つかった。問題の車の価格が52万ポンドであっても、リアウインドウが付いていなくても、何ら問題はなかった。
もし私が大会の運営委員なら、たとえマセラティがあらゆる規則を遵守していようと、笑顔で追い払うだろう。しかし、私は大会の運営委員ではないので、マセラティは難なく勝利することになるだろう。
そんなことよりも重要なのは25台の市販モデルのほうで、私は先週、そのうちの1台に試乗することができた。
カーボンファイバー製の基本骨格はエンツォと同じだし、6LのV12エンジンもエンツォと共通だ。セミATも、スピードバンプを乗り越えるための車高調節用スイッチも、可変ダンパー用スイッチも、変速設定用スイッチも共通だ。しかし、あくまでレーシングカーとして開発されているため、エンツォよりも高い空力性能が求められた。そのため、もともと巨大なエンツォと比べて、全長は40cm以上長くなり、車幅も6cm増加している。MC12はかなり巨大だ。それに、後ろはまったく見えないため、駐車するのはかなり大変だ。
しかし意外なことに、運転するのはそれほど大変ではない。ルーフのエアインテークや異常なほどに長いオーバーハングを見ると、この車が火を吐き骨を砕く本物のレーシングカーのように思える。室内に目をやると、普通のシートベルトではなく本格的なハーネスが付いており、「やる気」が見て取れる。
しかし、エンジンは穏やかに始動するし、ギアは滑らかに1速に入り、ステアリングは日産・マイクラ(日本名: マーチ)と同じくらいに軽い。ルーフを取り外すことさえできる。しかし、なにより驚異的なのは乗り心地だ。道路工事を行った労働者の怠惰を一切伝えず、ミラノ仕立てのブルーに囲まれたインテリアは落ち着き払っている。
妙な話だ。レーシングカーのような見た目の車に乗り込んだはずなのに、その走りはまるでファミリーサルーンだ。もちろん、これにはちゃんとした理由がある。この車がグランドツアラー、すなわちトランクの付いた快適な長距離クルーザーであることを証明するためだ。もっとも、トランクリッドを開けるためには六角レンチと大男数人が必要なのだが。
アクセルを踏み込むと…なんてこった。音は632PSを発揮する車とは思えないほどに穏やかなのだが、巨大なタコメーターの針はとんでもない勢いで回転し、腎臓に直接、加速の衝撃が伝わる。右側のパドルを操作すると、2ミリ秒後にはギアが変わり、今度は脾臓に苦痛が走る。0-100km/h加速は4秒を切り、330km/hまで加速していく。
この車は電車のように加速するのだが、同様に運転感覚もまるで電車だ。300km/hで走っていても車内でゆったりチーズを食べられるTGVのように落ち着いている。
ただ残念なことに、コーナリング性能に関してはそれほど優秀ではない。エンツォはフラットでグリップに富んでいるのだが、MC12は不安定だしアンダーステア気味だ。しかも、アクセルを踏もうとするたびにトラクションコントロールが介入してしまう。MC12のトラクションコントロールをオンにするのは、高級レストランでわざわざレトルト食品を頼むようなものだ。なのでオフにしてみたのだが…。
アンダーステアが起きたのでアクセルを少し踏んでリアを滑らせようとしたのだが、その結果、リアウイングに見えない障害物が激突したかのごとく盛大に滑った。なので精一杯にカウンターステアを当ててみたのだが、焼け石に水だった。
この車をパワースライドさせるためには訓練が必要だ。航空母艦をパワースライドさせるのと同じくらいの訓練が必要だ。もちろん、不可能というわけではないし、試してみる価値はある。もし実現できればエンツォの血統を感じ取ることができる。エンツォが実現していた完璧なバランスの一端を感じ取ることができる。
しかし、MC12はエンツォほどに優秀なわけではない。エンツォほどに残忍なわけでもなければ、エンツォほどに楽しいわけでもない。それに、エンツォほど速いわけでもない。しかし、エンツォは399台の限定生産車なので、エンツォが購入できなかった不運な人の第二候補としては適しているのかもしれない。
MC12も非常に速いし、神経を尖らせて運転すればエンツォの楽しさを体感することができる。それでも、巨大で醜く、リアウインドウすらない急ごしらえのまやかしであるという事実は変わらない。それに、MC12よりも全般的に優れたポルシェ・カレラGTは20万ポンドも安く買える。
言うまでもなく、これはレースで勝利を掴むために開発された車だ。しかし、それよりも重要なものを掴みそこねている。私の心だ。
Maserati MC12