イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フォード・フィエスタ ST200 のレビューです。


ST200

デイリー・メール・オンラインによると、私は大忙しらしい。新シリーズ「The Grand Tour」の収録中、イースト・サセックスのビーチーヘッドで鳥類保護条例を無視してドローンを飛ばし、繁殖期のハヤブサを殺し尽くしたかと思えば、ハンプシャーのホテルでイーストエンダーズに出演しているダニー・ダイアとかいう人の結婚式に乱入したりもしているそうだ。

ここで、いくつか誤解を解く必要がある。私は The Grand Tour の収録などしていなかった。ドローンを飛ばしてなどいない。ハヤブサの繁殖期は今ではない。誰も鳥類保護条例など破っていない。私はハンプシャーになど行っていない。結婚式に乱入してもいないし、そもそもイーストエンダーズを見たことがないのでダニー・ダイアという人物についてはまったく知らない。

しかし、一つだけ正しいことがある。私はホテルには行った。そこでは、サウサンプトンで修行を積んだシェフが作った、種や雑草をふんだんに使ったオーガニック料理が出てきた。しかし、私が食べたかったのはレモンの入ったプローン・カクテルだった。

こういうことはよくある。レストランにヒツジの脳味噌のソテーや塩を少々ふりかけた仔豚の乳輪といったメニューしかないと知ったときには、ポーチドエッグトーストがどうしても食べたくなってしまう。

私が単純なものを求めるのは、なにも食べ物に限った話ではない。この夏、私のInstagramのフィードには30分ごとに友人がギリシャのビーチやイタリアの沖合に浮かぶ船の上やコロラドの温泉で撮った写真が投稿される。しかし、ある日、友人がコーンウォールのデイマー湾で家族と遊んでいる写真を投稿した。私はその写真を見て、嫉妬に狂って吐きそうになった。

車についても同様だ。あちこちに高級な調度品を散りばめ、プラチナやロジウムをふんだんに使い、轟き、雄叫び、火を吐くエンジンを載せた車にも何度も乗ったことがある。しかし、私が本当に求める車はフォード・フィエスタSTだ。

ここ40年の間に、フィエスタのホットモデルは何台も出てきたのだが、そのほとんどが素晴らしい車だった。子犬のような凶暴さの中に禍々しい凶悪さを覗かせるブルーカラーのバズ爆弾だった。例えば、フィエスタXR2はXR2よりもわずかに優秀でわずかに高価なフォルクスワーゲンを忌避していた人達に受け入れられた。

そして4年前、フォードは現行型フィエスタにホットモデルを追加した。そのモデルには1.6Lエンジンが搭載され、バケットシートや強化サスペンションが装備された。誰もがこれまでと変わらないモデルになると予想していた。王道とは一線を画した、ひねくれ者の選択肢になると考えていた。

しかし、この車はその期待を遥かに超える仕上がりだった。史上最も優秀なホットハッチだった。初代ゴルフGTI や1.9Lのプジョー・205 GTI などが霞むほどの出来だった。いずれも名車と言われる車だ。しかし、フォード・フィエスタはそんな名車とすら格が違う。

この車ほどに実用的で、この車ほどに楽しい車は他にない。路面状況はテレパシーによって伝わる。ドライバーがコーナーでグリップしてほしいと思えば車はちゃんとグリップしてくれるし、グリップしてほしくないと思えば車は滑りはじめる。もし楽しさを測定する機械が存在するなら、この車はその機械を破壊してしまうだろう。そして、フォードは新たにST200というモデルを発表した。

概要を説明させてもらおう。標準のSTよりもわずかに出力が向上しており、その結果わずかに速くなっている。ただし、あくまでもわずかな違いしかない。0-100km/h加速は0.2秒しか改善していない。しかし、ファイナルギアがショート化されているため、それなりに速くなったように感じる。これは燃費には良くない。ホッキョクグマにも優しくない。しかし、ドライバーには笑顔をもたらしてくれる。

interior

流れの遅い走行車線から追い越し車線に出るとき、この車の本領が発揮される。どのギアであっても、どの回転数であっても、この車は見事な加速を見せてくれる。フウセンムシにも勝る俊敏さだ。それに、音も見事だ。おそらく、車格からして軽い音を想像する人が多いだろうが、この車はもっと深みのある低音を響かせる。遠くで戦争が起こっているかのようだ。最高だ。

リアのトーションビームは強化され、フロントのスタビライザーは大型化されている。プラットフォームは剛性が高められ、その結果、スプリングやダンパーをソフトにすることが可能となった。そして、しなやかで落ち着いた乗り心地を実現している。

唯一の問題は、この改良があまりに良かったので、フォードが同じ改良を標準のSTにも施したという点だ。要するに、STよりも0-100km/h加速でわずか0.2秒速く走るために、4,850ポンドもの追加料金を払わなければならないということだ。

おっと、それだけではなかった。センターコンソールにはST200と書かれたバッジもついている。もしそれが金やミルラでできているのなら、価格差にも説得力が生まれるだろう。しかし、そんなことはない。冷蔵庫に貼られる磁石のような質感だ。

それ以外、インテリアは普通のSTとまったく変わらない。つまり、着座位置の高すぎる巨大なRECAROシートが装備されているため、リアのレッグルームが狭くなり、リアシートにはダグラス・バーダーくらいしか座れない。それに、ダッシュボードはこの上なく複雑だ。

ラジオの選局やナビ(画面は切手サイズだ)の操作ができなかったのだが、それは最初、私が年寄りであることに原因があると思っていた。しかし、それは間違っていた。先日、娘に標準モデルのSTを買ってやったのだが、娘があちこちのボタンを押して悪戦苦闘してもなお使い方が分からず、結局は説明書に頼ることになった。

問題はそれだけではない。STの先進機能の一つにMyKeyというものがある。自分用のキーのほかに、息子や娘が使う用のスペアキーが用意されている。ちなみに娘の場合、スペアキーは弟が持っている。

スペアキーでエンジンを始動した場合、エンジンの出力が低下する。そして、オーディオの最大音量がおよそ2dBになる。これは素晴らしい機能だとは思うのだが、メカに強い娘をもってしても、両方のキーでまともに音楽を聴けるように設定するのはかなり大変だったらしい。

ともかく、ST200の話に戻ろう。正直なところ、私にはよく分からない。ファイナルギアがショート化されているため、排気音は迫力を増しているのだが、それ以外は高価なプライスタグを除いて標準モデルと何ら変わらない。

私なら標準モデルを選ぶだろう。それはなにもST200と比較した場合に限った話ではない。ホットハッチの中で検討した場合の話でもない。あらゆる車の中で、私ならフィエスタSTを選ぶ。


The Clarkson Review: 2016 Ford Fiesta ST200