イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フィアット・124スパイダーのレビューです。


124

まずはっきりさせてしまおう。今回の主題となっている車はフィアット・124スパイダーなどではない。フィアットのエンジンを載せているし、リアにはフィアットのエンブレムが付いているし、デザインも1966年の124スパイダーからインスピレーションを得たものだ。しかし、その中身はマツダ・MX-5(日本名: ロードスター)だ。

数年前、フィアットがマツダと協力し、世界で最も売れている(そして世界で最高の)スポーツカーの男らしい版を作ると聞いたとき、私は興奮しすぎて息も絶え絶えになってしまった。

スポーツカーはシンプルでなければならない。ポーチドエッグトーストもそうだ。しかし、世界中のほとんどのホテルが間違いを犯している。卵に手を加えすぎたり、完成した料理に不必要な雑草を飾り付けたりしている。

最近、自動車メーカーもスポーツカーの開発において同じような間違いを犯している。一般道ではなくサーキットに焦点を当ててみたり、エンジンを車の中央に載せたりしている。愚かだ。FRのオープンカーこそが求められている。やたら複雑化しても無意味だ。

その点でマツダは成功している。シンプルで完璧だ。世界最高のポーチドエッグトーストだ。完璧なサイズ。完璧な価格。完璧な排気量。必要最低限の装備。私はMX-5が大好きだ。

けれど、MX-5には問題がある。なんと表現すれば良いだろうか。男らしさ溢れる人がMX-5に乗っている姿は想像しがたい。ガイ・リッチーはMX-5に乗らないだろう。ターミネーターもMX-5は乗りそうにない。

だからこそ、私はフィアットの決定に歓喜した。単純な話だ。マツダの基本構造を流用することで開発費を抑え、そこにフィアット独自のデザインやエンジンが加えられる。最高の組み合わせになると期待していた。ところが…。

rear

かつての124スパイダーの最大の特徴は平らなトランクリッドだった。フィアットは新型124スパイダーにもその特徴を取り入れようとしたのだが、MX-5のトランクリッドはまったくもって平らではなく、結局完成したトランクリッドには取って付けたかのような違和感が残ってしまった。

それに、外見を男らしくするのは大歓迎なのだが、女性的な下半身をそのままにしたのは失敗だった。その結果、一輪車に乗った象のような外見になってしまった。タイヤの細さが強調されてしまっている。

フロントは悪くないのだが、ここにも問題は潜んでいる。ボンネットにはパワーバルジが2つある。初代124スパイダーはツインカムエンジンを搭載しており、これを載せるために2つのパワーバルジが必要だった。しかし、レンジローバーの間抜けなフェイクグリル同様、新型124スパイダーのパワーバルジにも意味はない。

車のデザインについて延々と語ってきたが、それはデザインこそがこの車の最重要点だからだ。MX-5ではなく124スパイダーを選ぶのは、MX-5が草食系っぽいことに不満を感じているからだろう。

ほかには、イタリアの才覚を求めている人もいるだろう。ここで、試乗車に搭載されていたフィアット製1.4Lターボエンジンの話になる。このエンジンは出来が悪いわけではないのだが、私はもっと情熱的なエンジンを求めていた。しかし、期待は裏切られてしまった。

これでは不十分だ。燦々と輝く太陽の下、スポーツカーの屋根を下ろして走るとき、ドライバーは魅惑的な吸気音や排気音を求める。しかし、124スパイダーが奏でるのは至って平凡な音だ。残念でならない。

以前にも言ったことがあるのだが、最新のロールス・ロイス ドーンにしても、昔のサンビーム・アルパインにしても、屋根を下ろしてしまえばほとんど変わらない。激しい音や風が乗員を襲い、細やかなハンドリングや排気音を楽しんでいる余裕などなくなってしまう。クマに襲われているときに周囲の景色を楽しむ余裕がないのと同じだ。それでも、車が優秀だという事実は重要だ。

interior

124スパイダーはMX-5よりも柔和なので、ある意味では魅力もあるのだが、その代償として昔ながらのスカットルシェイクが感じられる。車全体がぐらつくような感覚がある。これは問題だ。

それに、MX-5と違ってLSDが装着されるモデルが少ないため、煙の中でドリフトを楽しむことができない。妙な話だ。124スパイダーにはイタリアらしさが、スポーティーさが、過剰なほどの熱気が求められているはずだ。しかし、実際にはマツダよりも静かだし楽しさも劣る。

リチャード・ハモンドいわく、LSD付きのアバルトはまったく違う車に仕上がっているそうだが、私はまだそちらには試乗していない。それに、いずれにしてもアバルトは高価だ。価格の話をするなら、ノーマルの124スパイダーも高い。今回試乗した124スパイダーはMX-5のエントリーグレードよりも1,000ポンド以上高い。

ここまで、124スパイダーが気に入らなかったような論調で書いてきたし、事実気に入らなかったのだが、その理由は期待がことごとく裏切られたからだ。それでも、この車の居心地は良い。屋根は車から出なくても片手で開閉できる。電動でないことも気に入った。

ブラウンのレザーシートや装備内容も気に入った。iPhoneを接続してジェネシスを聴くこともできるし、ナビも付いているし、パワーウインドウも付いているし……それだけだ。それに、トランクは広い。トランクリッドを平らにしようとしたことが良い方向に働いているようだ。

しかし、この車の一番の魅力は、この車がイタリアのスポーツカーであるという事実だ。その事実を思い出すたび、どこか嬉しい気分に浸ることができる。しかし、日本の姉妹車に負けているという事実を思い出すたび、悲しい気分になってしまう。


The Clarkson Review: 2016 Fiat 124 Spider