イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2002年に書かれたメルセデス・ベンツ SL55 AMG のレビューです。


SL55 AMG

私の若さは次第に失われている。左膝が痛むようになったし、もう煙草も吸わなくなったし、居間にはお気に入りの椅子を置くようになったし、もし今日の午後、飲みに誘う電話があったとしても、「今日は難しいから、また今度誘ってくれ」と返事をするだろう。

つい先週、ロンドンから飛ばして車で家まで帰ったのだが、エンジンを切ると安らいだ気分になった。そして、その気分を味わい続けるためにしばらく車内に留まった。その後、私は人生で初めての経験をした。テレビの前で寝てしまった。

人生に疲れたわけではないのだが、疲れは自覚している。子供の頃ははるか遠くにあったはずの老いを近くに感じるようになり、若さはバックミラーの遥か彼方にかろうじて見えるだけになってしまった。今が2002年ではなく1702年だったなら、今の年齢でもう死んでいるかもしれない。なので、私はフェラーリからメルセデス・ベンツに乗り換えた。

これまで、車を購入する時に深く考えることはなく、色選びも、装備選びも、車選び自体も失敗してばかりだった。しかし、年をとった私はミルトンキーンズにある英国メルセデスの本部に電話をかけ、試乗を申し込んだ。

電話に出た女性は笑いながら、イギリスにはSL55なんてないと言った。サンデー・タイムズ紙にSL55の広告が出ていると指摘しても、彼女は頑なに否定を続けた。その後、彼女の上司から電話があり、その日の午後にはSL55が家にやってきた。

私はSL55を気に入り、メルセデスに再度電話をしてカタログを送るように頼んだ。3日後も同じ用件で電話をかけ、さらにその3日後にも電話をかけた。それからさらに1週間後にも電話をかけたのだが、カタログが送られてくることはなく、仕方がないので近所のディーラーに行ってカタログを貰った。

カタログには象形文字が並んでおり、まったくもって意味不明だった。AMG版を購入すれば標準のタイヤは付かないのだが、SL500に無料で付いてくるAMG仕様のホイールが欲しいなら1,400ポンド追加で払う必要があると書かれていた。しかも、このホイールは現時点では選択できないそうだ。マイケル・ウィナーのようなことは言いたくないのだが、どうして顧客の要求にまともに応えられないのだろうか。

色の話がまだだった。9万ポンドという価格の車なのだから、ありとあらゆるボディカラーが設定されていて当然だと思っていた。アストンマーティンにはシート地に好きな素材を指定するサービスがあるし、TVRにもそういうサービスがある。しかし、メルセデスにそんなサービスはなかった。ボディカラーとして選択できたのは、グリーン、ブルー、レッド、ホワイト、グレー、ブラック、シルバー、レーシングゴールドだけだった。

色見本は切手サイズなのだが、この見本の色は実際の車に塗られる色とはまったく無関係だった。私はボディカラーにトパーズという名のグレーを選択したのだが、それを選ぶとシートとダッシュボードの色がグレーしか選択できない。SL55には他の組み合わせが存在しない。

なんとも悲しい話だ。本来なら、すぐにでもディーラーを飛び出して他の車を買いに走るべきだったのだろう。しかし、他の車とはなんだろうか。BMW Z8だろうか。ジャガー・XKRだろうか。ポルシェ・911だろうか。いずれもメルセデスには負ける。

SL55はF1のセーフティーカーとしても使われているのだが、耳を澄ませばSL55のエンジン音が聞こえてくる。F1が奏でるテノールやソプラノに混じって、メルセデスが奏でるバリトンの歌声が聞こえてくる。燃料を浪費して生まれる蠱惑的な轟音だ。

正確な燃費は調べていないのだが、この車の燃料計の針は普通とは別の重力場に存在しているようだ。燃費はせいぜい5.3km/L程度だろう。ただし、それを代償にとてつもないパフォーマンスを発揮する。土地さえあれば320km/hを出すこともできるだろう。ひょっとしたらそれ以上かもしれない。

interior

パフォーマンスはあくまでSLの魅力の一部でしかない。他にはデザインも優れているし、なによりルーフが格納できる点が魅力だ。ボタンを押せば11秒後にはトランクの中に収まってしまう。

要するにこれは、最高速度320km/hのATのクーペだ。髪を靡かせるパドルシフトのオープンカーだ。スーパーチャージャーの付いたNASCARでありながら、気分に応じて落ち着いた車に変貌することもできる。しかも、装備が豊富なので、取扱説明書は539ページにもわたる。サイモン・シャーマがまとめたイギリスの歴史もこれよりは短い。

310ポンドのオプションであるリンガトロニックを装備すれば、ダッシュボードに向かって怒鳴ることになる。命令をすると「もう一度お話しください」と返され、それを数回繰り返してようやく従ってくれる。ラジオを消そうとして午前中ずっと叫び続けた。「もう一度お話しください」ではなく「は?」と言うように教育してみようとも思ったのだが、それは無理だった。

電話番号を音声で入力することもできる。ただ、番号を入力しても電話との連携ができないので、この話はやめて970ポンドのオプションであるキーレスエントリーの話に移ろう。クレジットカード大のキーを財布に入れておけば、車に近付くだけで鍵が勝手に開く。そして、シフトレバーの一番上にあるボタンを押せばエンジンがかかる。友人たちはこの装備に感激していたのだが、私はこのような電子機器を全面的には信頼できない。

意外なことに、1,800ポンドのオプションであるレーダークルーズコントロールは信頼することができた。この機能を使うと、自動的に前の車と同じ速度を維持してくれる。ほかにも、車から降りたあと何秒後にリアのナンバー灯を消すかという設定をすることまでできる。

正直なことを言えば、上述したような装備などまったく欲しくはなかったのだが、在庫にあったトパーズのSL55にはすべてが装備されてしまっていた。在庫車が嫌なら、納車まで3年待つ必要があった。

結局、私は在庫車のSL55を購入したのだが、納車からわずか1週間後、このSL55は病院行きになってしまった。保険会社が750ポンドの追跡装置を付けろと主張したからだ。ところが、ディーラーは車を取りには来てくれなかった。妻のロータスの最初の点検のときは、わざわざノーフォークからはるばる担当者が来てくれた。しかし、メルセデスはわずか16kmの距離なのに来てくれなかった。

ディーラーからはシャンパンを貰ったのだが、メルセデスの本部からは様子伺いの電話もなかった。別に権威を笠に着ているわけではない。こういうことは全顧客に対して行うべきだ。

ロールス・ロイスを買えば、24時間365日担当者と連絡を取ることができ、ありとあらゆるサービスを受けることができる。しかし、メルセデスは目の前で顧客が溺れていても助けようとしないのではないだろうか。

メルセデスは顧客が試乗することすら拒否した。4回電話をかけてもなおカタログを送ろうとはしなかった。それに、選択できるオプションに制約が多すぎる。カラーバリエーションは絶望的だし、グレード構成はなおのこと酷く、ハンズフリーフォンは忘れ去られてしまった。

メルセデスにとってSL55という車はただ利益を生み出すための手段の一つでしかないのだろうが、私にとってのこの車は、何週間も思索に耽り、深夜までパソコンの画面と睨めっこをしてやっとのことで決めた相棒だ。だからこそ、私は遺憾に思った。

しかし、どちらにしてもSL55は今、私の愛車だ。メルセデスの人間がどれほど嫌がらせをしようと、世界でも指折りの車であることに変わりはない。前の愛車だったフェラーリ・F355よりも良い車かと言えばそんなことはないのだが、外出のたびに怯むような生活はもう御免だ。


It is a staggering noise, a bellow, the sound of wanton consumption