今回は、ジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した嫌いな車に関するコラムを日本語で紹介します。


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かつて、ハンバーを乗り回す銀行支店長が実在していた時代には、モータージャーナリズムにもちゃんとした意味があった。当時のトライアンフはどんなにゆっくりコーナーを曲がっても道を外れてしまうような車を販売していた。ボルボはまったく動くことのない車を販売していた。ローバーはそもそもエンジンがかからない車を販売していた。

中には非常に危険な車もあった。命に関わる車もあった。バーで喧嘩をしたあとのオリヴァー・リードのごとくガソリンを飲みまくる車もあった。それぞれの車がそれぞれにまったく違っており、モータージャーナリストには地雷原を探査するという重要な使命があった。

サーブやBMWやポルシェが出していた初期のターボ車を覚えているだろうか。この新技術について、ある一人の経験豊富な自動車評論家は警告のメッセージを発した。

しかし、今や状況は一変している。政府が縛りを設けたせいで、すべての車が経済的になり、すべての車が五ツ星の安全評価を獲得している。また、生産規模の拡大が進み、すべての自動車メーカーがまったく同じパーツを使って車を作るようになった。例えば、あなたの愛車のブレーキはそれ以外の人の車のブレーキと同じだ。サスペンションもそうだ。エアバッグもそうだ。

未だに、「娘の初めての愛車には何がいいだろうか」とか、「予算15,000ポンドで買える車のおすすめを教えてほしい」なんてことを訊かれるのだが、いずれも答えはフォルクスワーゲン・ゴルフだ。

運転が好きで、速い車が好きなら、フォルクスワーゲン・ゴルフRを買えばいい。教師で、信頼性が高く、ランニングコストの安い車が欲しいなら、フォルクスワーゲン・ゴルフディーゼルを買えばいい。学生で、1,000ポンドしか持っていないなら、中古のフォルクスワーゲン・ゴルフを買えばいい。5人乗りの車が欲しいなら。広大な荷室が必要なら。最新技術を求めるなら。どんな質問をされようと、賢明な答えを出すのであれば、答えはどれもフォルクスワーゲン・ゴルフだ。

フォルクスワーゲングループで最も優秀な技術者はブガッティやベントレーやランボルギーニで働いていると考える人もいるかもしれない。しかし、それは間違いだ。最高の技術者はグループの稼ぎ頭の開発に携わっている。ゴルフの開発に携わっている。

他の自動車メーカーもそれを知っている。自動車の世界におけるゴルフは、銀河ヒッチハイク・ガイドにおける「42」のようなものだということを理解している。だからこそ、他の自動車メーカーは、日夜ゴルフを超える車を作ろうと躍起になっている。

しかし、基本的にそれは失敗に終わる。結局のところ、どの自動車メーカーも安価な労働力を使って工場で部品を組み立てているだけだ。そこに個性など存在しない。今の高速道路の光景はまるで、ピート・シーガーが歌った『Little Boxes』のようだ。

And the boys go into business and marry and raise a family
(少年たちは大人になり、結婚をして家庭を持つ)
And they all get put in boxes, little boxes, all the same
(誰もがまったく同じ小さな箱に詰め込まれる)
There’s a green one and a pink one
(緑の箱もあるし、ピンクの箱もある)
And a blue one and a yellow one
(青い箱もあれば、黄色い箱もある)
And they’re all made out of ticky-tacky
(けれど、どの箱もありきたりだ)
And they all look just the same.
(どの箱も代わり映えしない)

私はつまらない車が大嫌いだ。想像力の欠如した車を毛嫌いしている。走り、止まり、曲がる、以外に何もない車に乗ると悲しみに暮れてしまう。車は単なる移動手段以上の存在になれるし、なるべきだ。自動車メーカーがそれを実現できないのであれば、自動車業界は確実に終焉を迎えるだろう。

いずれ、GoogleやUberやAppleが普通の自動車よりも安く安全に移動できる自動運転車を生み出すだろう。道路を走るイージージェットのような存在になるだろう。圧倒的な喜びや興奮が無ければ、既存の自動車メーカーに生き残る術はない。ブリティッシュ・エアウェイズが提供するシャンパンこそが、今の自動車メーカーには必要だ。

にもかかわらず、今の車は、ルノーのクロスオーバーSUVだろうと、ヒュンダイのセダンだろうと、ヴォクスホールのハッチバックだろうと、すべてが同じ箱だ。ただ必要性に駆られて買う道具でしかない。そこには、人格も、個性も、魂もない。そんな車でいいなら、フォルクスワーゲン・ゴルフを買えばいいじゃないか。


Jeremy Clarkson's Stinkers