今回は、ジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した「名車の条件とは何か」というテーマのコラムを日本語で紹介します。


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ジェームズ・メイは「絶頂」という表現をよく使う。彼いわく、本当に良い車を運転すれば、心の奥底から性的な興奮が湧き上がってくるそうだ。私はそんなことを経験したことはないし、おそらく読者にもそんな人はいないだろう。しかし、何が言いたいのかはなんとなく分かる。

サーキットのコーナーをフェラーリ・488GTBに乗って抜けると、自分が操っている車が道具だとは感じない。自分にぴったりはまった快適な手袋とも違う。フェラーリ・488は自らの手足の延長線だ。

目隠しをされた人間は、たとえ真っ暗闇の中にあっても、ライオンが部屋に入ってくればそれを感じ取ることができると言われている。視覚でも、嗅覚でも、聴覚でもなく、別の何かによってそれを感じ取る。そして、我々はフェラーリ・488を運転するとき、その「何か」で車と繋がっている。前輪が滑り出しそうなとき、本来ならそんなことなど知り得ないのだが、実際はそれを感じ取ることができてしまう。

それだけでなく、そのあとに何をすべきかということまで分かってしまう。本能的に理解できる。そうやって、とてつもないスピードでコーナーを抜けることができる。ジェームズ・メイはそれを下半身で感じている。私は首の後ろで感じている。フェラーリに乗ると、ときに無意識に震えてしまう。

当然、誰もがフェラーリに高い期待を寄せている。フェラーリの技術者は言うなれば有名シェフのようなものだ。普通のシェフとまったく同じ食材を使ったとしても、完璧なハーモニーを奏でる料理を作ることができてしまう。

もし私がヘストン・ブルメンタールのキッチンに立ってヘストン・ブルメンタールと同じ食材、同じ道具を使い、同じレシピでチキンレバーパテを調理したとしても、出来上がる料理は悲惨な失敗作となり、食べた者全員が体調を崩すだろう。しかし、統計学的には、天文学的確率かもしれないが、私にも彼と同じくらい見事な料理を作れる可能性はある。

我々には目がある。我々には手がある。であれば、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーに並べるような絵画を描くことだって不可能ではないはずだし、ヘンリー・ムーアよりも優れた作品を彫ることだって不可能ではないはずだ。

このようにして生まれたのがフォード・フィエスタSTだ。フォードが外部のサプライヤーからサスペンションやブレーキシステム、タイヤなどを調達しているとき、まさか出来上がる車が普通の域を大きく超えた車になるとは予想だにしていなかっただろう。しかし、神の悪戯か、とんでもない名車が生まれてしまった。

BMW M2もそうだ。街中の混雑した交差点で左折するだけでも、似たようなパーツを使った別の車を遥かに超える車に乗っていることが体感できてしまう。ジェームズ・メイの性器にはとてつもない衝撃が走り、あるいは彼のソーセージが取れてしまうかもしれない。

ある建物を見て「美しい」と感じても、建築学的に、数学的にその理由を説明することができる。すべてはプロポーションで説明できる。しかし、車の良し悪しは誰にも説明することができない。フォードもフォルクスワーゲンもほとんど同じレイアウトを採用し、同じサプライヤーが製造する同じような部品を使っているのに、どうしてフィエスタSTはフォルクスワーゲン・ポロGTIよりも優れているのだろうか。

これは人間に似ている。人間を構成する要素は誰しもほとんど同じであるはずなのだが、出来上がる人間はネルソン・マンデラかもしれないし、アドルフ・ヒトラーかもしれない。

上述したような優秀さがない車は買いたいと思えない。衝撃的な車でなければ嫌だ。ただし、デザインが見事な車は別だ。これもまた人の性だ。レオナルド・ディカプリオに必要なのは安産型の尻を持った母に適した女性だ。ところが、彼は棒のように細い下着モデルばかりをとっかえひっかえしている。

ランボルギーニ・アヴェンタドールが好例だ。この車は自分の手足の延長線だとは思えない。リードを引っ張り暴れまわる猛犬のような車だ。ブレーキもさほど良くないし、限界を知るためには実際にクラッシュするほかない。

しかし、見た目が良いのですべて許せてしまう。ジャガー・Fタイプも同じだ。インテリアは酷いし、特筆すべき技術もほとんどないのだが、デザインは最高だ。

結局のところ、車には普通とは違う「何か」が必要なのだ。それはスピードでもいいし、先進性でもいいし、歓びでもいいし、死ぬほど見事なデザインでもいい。しかし、「何か」がなければ駄目だ。乗り込むたびに興奮できる車でなければならない。そうでなければ、それはただの道具だ。道具でしかないなら、バスに乗ったほうがましだ。


Jeremy Clarkson's Star Cars