イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2002年に書かれたヴォクスホール・ベクトラのレビューです。


Vectra

何年も前、Top Gearでベクトラの試乗をすることを拒否したことがある。ヴォクスホールはベクトラを面白い車にしようとなど思っておらず、そんな車には乗りたくないと思ったからだ。

この車のつまらなさを理解するためには、ジェーン・オースティン原作の時代劇の一場面を思い浮かべる必要がある。ベルギーで肘にパッチの付いたツイードジャケットを着た公認会計士がクリケットをしている光景だ。彼はバーミンガム訛りでエンロン事件の詳細を読み上げている。

この車は金属でできたニトラゼパムだ。動く催眠療法だ。この車を運転するのは、他人の夢の内容を仔細にわたって聞くのと同じくらいにつまらなく、この車について考えると、先生が教室の電気を消して「では1枚目のスライドについて説明します…」と話しはじめた時と同じことが起こる。すぐに眠りに落ちてしまう。

ヴォクスホールは旧型ベクトラの登場時、これは21世紀の車だと宣言した。そして結局どうなっただろうか。今はまだ2002年なのだが、すでに販売を終えてしまっている。ミレニアム・ドームのほうがまだもっている。

それでも、私は新型ベクトラに大きな期待を抱いていた。旧型ベクトラが激しく批判されたのだから、ヴォクスホールはそれを真摯に受け止めて真面目に改善を行い、細部までこだわってあらゆる点で完璧な車を生み出すはずだと思っていた。

しかし、期待は裏切られた。乗り心地の良さや静粛性の高さは褒められるのだが、暖房は使いづらいし、ウインカーレバーも使いづらいし、ステアリングには生気がないし、あまり経済的でもないし、CO2排出量も多いし、クルーズコントロールは事故を起こそうと躍起になっているし、リアシートは狭いし、ディーゼルはやたらエンストを起こす。

なにより、この車はつまらない。あまりにつまらなかったので、バルセロナで行われた発表イベントを終えて、とんでもないアイディアを思いついてしまった。ベクトラの試乗記事を「新型ヴォクスホール・ベクトラに試乗した。」という一文だけ書いて終わらせ、残ったスペースはすべて空白にするというアイディアだ。

残念ながら、空白の量ではなく文章の量に応じて原稿料が出ているのだから、ちゃんと必要な文字数は埋めなさいと編集部に言われてしまった。なので、まだ書き続けなければならない。

ヨシキリは比較的近年になってイギリスに生息するようになった鳥で、全長はおよそ13cmほどだ。この鳥は主にイギリスやウェールズのヨシ原に生息しており、ヨシ原に住む昆虫を餌にして生きている。

Reed Warbler
カッコウの雛に餌を与えるヨシキリの親鳥

ところが、研究によるとカッコウがヨシキリの巣に托卵を行い、カッコウの雛がヨシキリの雛を差し置いて成長していくケースが多いそうだ。ヨシキリはマキバタヒバリやヨーロッパカヤクグリと並んでカッコウの托卵のターゲットになりやすい鳥だ。

とはいえ、ヨシキリの雛がある程度成長さえしてしまえば、かなりの寿命が期待できる。平均寿命はこの大きさの鳥としてはかなり長く、平均11歳まで生きるそうだ。

この話題もつまらないだろうか。ひょっとしたら、上で説明したヨシキリの生態がベクトラの何らかの特徴と関連していて、私が見事なロジックで話題を繋げるのではないかと予想している読者もいるかもしれない。しかし残念ながら違う。

ヨシキリの仲間にシマヨシキリという鳥もいる。いずれも他の鳥の鳴き声を真似るという特徴を持っている。しかし、シマヨシキリが仲間とともに大音量の不協和音を奏でる一方で、ヨシキリはより柔和で落ち着いた鳴き声を発する。

シマヨシキリがストラヴィンスキーだとすれば、ヨシキリはガーシュウィンだ。ちなみに、オナガムシクイはブラック・サバスだ。

おそらく、読者はいつ本題に戻るのかとうんざりしていることだろう。それこそが私の狙いだ。その気持ちこそが、ヴォクスホールの新型セダンに乗ったときの感覚だ。

こんな車に乗って時間を無駄にするくらいなら、フォード・モンデオやルノー・ラグナに乗ったほうが、あるいはA.A.ギルのスキーに関する意見記事を読んでいたほうがましだったという感覚だ。しかし、残念ながら我々はヴォクスホールに囚われたまま抜け出すことができずにいる。

ここでヨシキリの卵の話をさせてほしい。普通、ヨシキリは濃いまだら模様の入った緑がかった白色の卵を4つ産む。

こんな感じの内容を新聞一紙まるごと続けたと仮定しよう。それどころか、これからの人生、ずっとこんな話題を聞かされ続けることを想像してみてほしい。新型ベクトラを買うということは、こういうことだ。決しておすすめできる車ではない。


20 years of Clarkson: Vauxhall Vectra review (2002)