イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、シトロエン・C4カクタス 1.2 のレビューです。


C4 Cactus

私はずっと、憎き2CVの"CV"とは"Chevaux"の略だと思っていた。しかし、つい先週知ったのだが、CVは"Chevaux-Vapeur"の略だそうだ。これを訳せば、おそらく「蒸発した馬」になるのだろう。

この車を所有していた頭のおかしい顎髭ベジタリアンはこのことを知っていたのだろうか。そうは思えない。蒸発した馬などという概念は、愛と平和を愛する彼奴らには受けないはずだ。フォード・マッシュアナグマを乗り回すような話だ。

2CVはそもそも、助手席に置いた卵を割らずにフランスの農民が農地を走れるようにと開発された車だ。安くて快適で、折り畳み式のルーフという面白い装備もあった。2CVはフランスのフィアット・500だった。縞模様のジャンパーを着たミニだった。

私はダッシュボードから突き出た変なシフトレバーも、田舎の金婚式会場のような椅子もそれなりに気に入っていた。ところが、エコ狂人がビーフバーガーに対する嫌悪感を世界に示すために2CVに乗るようになった。

シトロエンという会社はいつも、世界の向かっている方向とはまったく逆方向に突き進んでしまう。そして、ときに誰もが真似するべきほどの素晴らしいアイディアを生んでいる。その好例がモノコックであり、アダプティブヘッドランプだ。

しかし、この方針のせいでシトロエンは妙な考えを持つ人のユニフォームとなった。詩人や芸術家は好んでシトロエンに乗った。学校で優秀な成績をおさめていたのになぜか配管工になった男。彼もまた、シトロエンに乗っているはずだ。しかし、株式ブローカーや会計士や銀行員はシトロエンに乗らない。シトロエンは普通の人の道から少し外れてしまった人を引き寄せる。

私が気に入っている車の一つにシトロエン・CXサファリがある。普通の車はステアリングのスポークが2本か3本か4本なのだが、CXサファリのステアリングは1スポークだった。また、カセットプレイヤーはシートの間に縦向きに付いていた。それでもいいじゃないかと思う人もいるかもしれない。しかし、1ヶ月もすればカセットスロットの中がチョコレートバーの食べかすで詰まってしまう。

rear

中身も非常に変わっていた。サスペンションは魔法の力で動き、路面の衝撃が一切伝わってこなかった。その代わり、ステアリングは意思を持ち、ブレーキはスイッチのようだった。まったく効かないか、全力で効くかのどちらかだった。

ブレーキをかけるたびに鼻を窓にぶつけることに耐え、チョコレートまみれのカセットプレイヤーに慣れ、セルフキャンセル機能のないウインカーにも慣れれば、この車を本気で愛することができる。それほどまでに変わった車だった。

あるとき、シトロエンはマセラティを買収し、フランスの異質さに一滴イタリアのいい加減さを加えた、ボーラという美しくて面白いスーパーカーを生み出した。この車がまともに動いたとしたら(実際にはまともに動くことなどない)、実力は相当のものらしい。

ところが、シトロエンは少しずつプジョー帝国に吸い込まれていった。シトロエンの異常性は排除され、次第にシトロエンは化粧直ししただけのプジョーになっていった。シトロエンは退屈で平凡な車となり、売り上げを維持するためには割安さを強調する広告活動をするほかなかった。「今なら100%割引だけでなく、店長の奥さんと寝ることもできます!」という感じの広告だ。

なので、ボディの両サイドにプチプチのようなものが付いたC4カクタスという車が登場したとき、私は嬉しかった。そして私はこう思った。
やった。反抗的で馬鹿なシトロエンが戻って来たぞ。

しかも、室内は他の車とはまったく違っていた。ガラスルーフもそうなのだが、一番目につくのはダッシュボードだ。そもそも、この車にはダッシュボードが存在しない。速度は小さな箱に表示され、それ以外のあらゆる機能はナビに集約されている。文字通り、あらゆる機能だ。ウインカースイッチがナビに集約されなかったことが意外なほどだ。これぞまさしくシトロエンだ。

シトロエンらしく、泥水を使ったサスペンションでも使ってほしいところなのだが、今は経済的に余裕のない時代なので、サスペンションは他の普通の車と同じようなものを使っている。しかし、かつての味を再現するチューニングとなっている。快適性が高く(ヴォクスホール・ザフィーラには劣るが)、腰が悪くても居心地が良い。

interior

ただし、背が高い人には居心地が悪い。背が高いと天井に頭がついてしまう。助手席エアバッグを収納するためにルーフのライニングが低くなっているのが原因だ。そのため、何度となくエアバッグ(要するに爆弾だ)の入った部分に頭をぶつけることになる。

旅行用トランク風のグローブボックスも苛立たしい。収納容量は筆箱にも劣る。それに、エアコンの設定温度を上げたり、ラジオのチャンネルを変えたりするためには取扱説明書を読む必要があり、30分はかかる。

それに、ドライビングポジションも問題だらけだ。腕と脚の長さがまったく同じ人間にはいいのだろうが、私や読者をはじめとした一般人類には合わないので、脚を大きく開いて運転しなければならない。なので、ミニスカートを穿く人には運転できない。

たとえば高速道路の合流のような、アクセルを踏み込む場面を想像してみてほしい。次の瞬間、驚くべきことが起こる。いや、驚くべきことに何も起こらない。昔、超大型タンカーを操縦してみたことがあるのだが、13.8ノットから13.9ノットまで加速するのに3分かかった。C4カクタスの場合、この加速性能すらも夢の領域だ。

そもそも、この車はどういう種類の車なのだろうか。中身は普通のハッチバックなのだが、外から見るとクロスオーバーの一種に見える。要するに、一見するとオフロード性能の高そうな車に見えるのだが、実際は学校の送り迎えや買い物をするための車だ。

それに、実勢価格もよく分からない。シトロエンは毎週のように在庫一掃セールをやっていて、8割引くらいで車を売っているからだ。

私はC4カクタスが他とは違う奇妙で魅力的な車であってほしかったのだが、実のところ、この車はボディサイドにプチプチを貼り付けただけのただのハッチバックに過ぎなかったようだ。残念でならない。


The Clarkson Review: 2016 Citroën C4 Cactus