イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2005年に書かれたアストンマーティン・V8ヴァンテージのレビューです。


V8 Vantage

ロンドンオリンピックの開催が決定したものの、先行きはまだ不透明だ。まるでオリンピックなんてなかったかのような状況だ。

しかし、心配することはない。大会主催者はちゃんと働いており、重大な決定が下された。CO2削減、持続可能、公共交通機関が重要なテーマとなることが決まり、どの会場にも一切駐車場が用意されないそうだ。

こんなことが信じられるだろうか。ありえない。これから7年間のうちに解決すべき問題のうち、最も重要なものが地球温暖化だなんて結論は絶対におかしい。

ロンドンに広大な土地を買い、その土地を整備する必要もあるし、スタジアムを設計する必要もあるし、不足する建材を確保する必要もあるし、選手村を建設する必要もあるし、テロ対策を行う必要だってある。にもかかわらず、最優先事項は車の排除らしい。

これを決定した阿呆はミレニアム・ドームのことを覚えているのだろうか。10億ポンド近くかけて作られたこのドームが失敗に終わった原因は長らく調査されているが、理由は一つしかない。行こうと思っても行けないからだ。要するに、駐車場がないからだ。

オリンピックの主催者側は、ロンドンが環境に対する責任をしっかり負っていることを世界に示す良い機会だと考えているのだろう。同様に、狂ったイスラム教徒が地下鉄で爆弾テロ事件を起こせば、ロンドンの多文化共生も世界に示せるだろう。

オリンピックとは人間の身体能力を試し、そして賞賛する場だ。阿呆や左翼や顎髭男が政治的な主張をする場などでは決してない。

ここで今後の予想をしてみよう。主催者たちは今後7年間、エコなオリンピックを作り上げようと必死になりすぎて、競技場を建設することすら忘れてしまうかもしれない。それに、溺れる危険性があることを理由に、水泳競技が禁止されるかもしれない。

この結果、イギリスは世界中から笑いものにされてしまうだろう。なので、なにか代わりに誇れるものを見つけなければならない。ここで、アストンマーティン・V8ヴァンテージが思い浮かぶ。

ここ最近、ありとあらゆる自動車評論家が紙上でこの車への賛辞を並べ立てている。しかし、私は理性をもって自分の意見を述べる必要があると思う。

そもそも、アストンマーティンはアメリカ人が所有し、ドイツ人が経営しており、最近ではエンジンの生産拠点がニューポート・パグネルからケルンに移管されることが決定された。要するに、この車にあるイギリスらしさはバドワイザーと同等だ。

それに、価格も問題だ。8万ポンドという価格は当初予定されていた価格よりも2万ポンドも高いし、なにより仮想敵として設定されている車、すなわちポルシェ・911よりも2万ポンドほど高い。

とはいえ、3年待ちという販売状況を考えれば、価値が下がることなどありえないだろうし、強気な価格設定にも納得できないわけではない。しかし、問題は他にもある。パワーの欠如だ。

いずれ、ヴァンテージ・ヴァンテージなりヴァンテージ・スクウェアードなんて名前のハイパワーバージョンが登場するだろう。しかし現時点において、シフトダウンをして追い越しをしようと反対車線に出ても、このベイビーアストンはそれなりの加速こそ見せてはくれるのだが、期待していたほどの凶暴性は存在しない。確かに速くはある。しかし、激烈ではない。

エンジンの起源は4.2Lのジャガー製V8であり、後に4.3Lまで排気量が増加して、最高出力385PS、最大トルク41.8kgf·mを発揮するようになった。しかし、これでは不十分だ。トルクではメルセデスSLKにも劣るし、馬力ではヴォクスホール・モナーロにも劣る。なにより、ヴァンテージよりも安くなるであろう次期ジャガー・XKには出力・トルクともに劣る。しかも、次期XKはヴァンテージと同じくらいに美しい。

とはいえ、シャシは空気から作られ、ボディはカプチーノの泡から作られているため、ヴァンテージには、とてつもなく、冗談のように速く走る素質がある。その速さは、火事を鎮火するだけの風を生み出すほどかもしれない。

にもかかわらず、ヴァンテージよりも2万ポンドも高価なDB9を購入する人間がいるのはどうしてだろうか。DB9とヴァンテージは基本的に何も変わらない。ヴァンテージにリアシートがないこと以外、違いはない。同じボルボのナビを採用しているし、使いづらいダッシュボードも共通だし、フォードとの共有パーツがあるという点も共通している。

別の言いかたをすれば、ヴァンテージもDB9と同じように、可能な限り安く手に入るパーツを使って製造されているということだ。あらゆる部品にこだわり抜いているポルシェとは対照的だ。

粗探しをしていると思われるかもしれないが、これが現実だ。それに、現実問題、どんなサーキットで走らせたとしても、911のほうが速いはずだ。911のほうがエンジンのパフォーマンスが優れているのだが、それだけに留まらない。制動性能も911のほうが優れているし、ステアリングも911のほうが優れており、より自信を持ってコーナーを抜けることができる。

しかしながら、ポルシェ・911とV8ヴァンテージ、どちらかを選べと言われたら、迷わず決断する。私ならアストンを選ぶ。これこそが、車選びの面白いところだ。

911に比べれば本気度でも楽しさでも劣るのだろうが、ヴァンテージに乗っていると私の好きな男らしさが感じられる。ステアリングもブレーキも6速MTも操作感が重いため、実際はホイップクリームのように軽い車体がまるでミートパイのように感じられる。911はオカマレーサーのための車だ。一方のアストンは不良紳士のための車だ。

とはいえ、快適性に欠けているというわけでは決してない。これはコーナリングのために作られた硬い車なのだが、メルセデス・SLのように路面の凹凸に足を取られて暴れるようなことはない。ヴァンテージは常に冷静だ。意のままに走る。

なにより音が凄い。なんということだ。とんでもないBGMだ。基本的に室内は静かで落ち着き払っている。EUの騒音検査官が試験を行うような一般的な速度では静かで落ち着き払っている。

しかし、アクセルを踏み込むと排気システム内にある弁が開放され、車は豹変する。全開加速を行うと、「轟音」や「咆哮」なんて言葉では表現しきれない音を響かせる。聖書で例えるならヨハネの黙示録だ。

とてつもない音量だ。爽やかな夏のある日、妻がこの車でドライブに出掛けたのだが、3km離れた場所で妻が4速から5速にシフトアップする音がはっきりと聞こえてきた。

ポルシェの方が速いし、アストンを追い越すこともできるだろう。しかしながら、アストンが発する音が生み出す衝撃波に直面したら、ドイツ車には為す術などない。

音だけでもアストンを買う理由になるのだが、この車には他にも魅力がある。デザインだ。

言うまでもなく、これこそがアストンの秘技だ。ヴァンキッシュのパドルシフトは使い物にならないのだが、見た目があまりにも美しいので、誰もがその欠点を見落とした。DB9はあまりにも美しく、この車が駄作だという事実には誰も気付かなかった。そして、V8ヴァンテージはあまりにも美しいので、911ほど優秀な車でなかったところで、そんなことは誰も気にしないだろう。

同様に、シェリー・ブレアがいかに高学歴で優秀だったところで、キーラ・ナイトレイの魅力には敵わない。

おっと、それだけではない。言及し忘れるところだった。アストンのV8エンジンの二酸化炭素排出量は、100m走選手12人分の二酸化炭素排出量とほとんど同じだ。


Aston Martin V8 Vantage