イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、2016年に書かれたウーズレー・1500 Mk1(1957年式)のレビューです。

私はとんでもない愚か者だった。私は20余年にわたってドイツや日本などで作られた外車について語ってきた。過給器や最新の軽量素材について夢中で語ってきた。ルーマニアのトランスファガラシャン・ハイウェイで700馬力のフェラーリに試乗したこともある。
愚かにも私は、こうすることで視聴者の興味を惹くことができると考えていた。ソーシャルメディアや格安航空会社や外資系ファストフード店などの台頭により、視聴者は国際色に染まっているものだと考えていた。洗練された広い視野を持っているものだと思っていた。
しかしながら、その考えは間違っていたようだ。EU離脱の是非を問う国民投票の結果を見れば、イギリス人が求めているものは昔と何ら変わっていないことが理解できる。白黒テレビも、取っ手付きのパイント・グラスも、プローンカクテルクリスプも、インスタントコーヒーも、食前のパイナップルジュースも、赤ら顔の警官も、赤い電話ボックスも、ポーランド語に対する嫌悪感も、どれも変わらずイギリス人の生活に根付いているようだ。
そんなイギリス人にとって、車で外出する用事といえば、年に1回ブリドリントンに行くことくらいしかなく、そこへの道だってちゃんと覚えている。そう考えると、イギリス人にはトルクベクタリングディファレンシャルもナビゲーションシステムも必要ないだろう。ラウンドアバウトやT字路でドイツ人の作り出した警告音を聞く必要もない。イギリス人は誰もが最高の時代(ただし肺炎が蔓延していたことは唯一の汚点だ)である1950年代の再来を求めている。
フランス車であるルノーに興味を持つ人間などいないはずだ。それに、ちゃんと前に進むギアのある車が必要なのだから、フィアットを購入しようという人もいないはずだ。私が先日試乗した車こそ、イギリス人が求めている車だ。その車とは、EU離脱後のイギリスのシンボル、ウーズレー・1500だ。
外国製の今の車と比べるとあまり速くはない。0-100km/h加速は24.4秒とかなり遅い。ただし、最高速度は126km/hだ。王のもとにあるこの公正な島国では、必要な速度は最高でも110km/hなのだから、126km/hもあれば十分だ。
当然、ドイツのアウトバーンではウーズレーなど使いものにならないのだが、イギリス人がドイツに行くことなどありえないので問題はない。イギリス人はドイツが憎くてたまらない。ロンドン大空襲、ヒトラー、バトル・オブ・ブリテンなどなど、積年の恨みを忘れられるはずがない。
また、現代の基準で考えるとウーズレーの操作性はかなり悪い。ステアリングとタイヤの間にはまるで固まりきっていないセメントが詰まっているかのようだし、ロールの量は危険なレベルだ。
しかし、そんなことを気にする必要がどこにあるのだろうか。車の走りを楽しむなど品がないし、それこそ外国人的だ。もし走りが気になるのであれば、ライレー・1.5を購入することもできる。これは基本的にはウーズレーと同じ車なのだが、スポーティーなサスペンションや2つのキャブレターが付いている。ただし、この車にはフランスの血が入っているため、イギリス人には相応しくないだろう。
ウーズレーとの旅はウェールズから始まった。ウェールズは良い。共産主義者の溢れるスコットランドよりよっぽどましだ。宿泊したホテルは本物のパンを使ったトーストに英国式のポーチドエッグを載せた飾り気のない料理を提供してくれた。
ホテルの向かいには魅力的なワンピース水着を販売しているアパレル店があった。その水着を着たマネキンを見ていると、恥ずかしながら性的興奮を覚えてしまった。
なので私は急いで車に乗り込んだ。その車は魅力的なグレーだった。シートはレザーで覆われ、ダッシュボードは木目で、まさしく正統派だった。ドア周辺にはわずかに赤い布地も使われており、おかげで荘厳な印象も受けた。プラスチックなどの共和的で信用ならない素材は当然使われていなかった。
この車からは故郷の匂いがした。木目に囲まれた校長室の匂いだ。理不尽に叱られる生徒たちの涙が染み込んだカーペットがふと思い出された。あの頃は良かった。湿っていて、憂鬱で、そして素晴らしい時代だった。
視界は全方向にわたって良好で、リアシートには子供を2人乗せることができる。夫婦が持つべき子供は2人だ。カトリックは17人が良いと主張するだろうが、それは間違っている。ありえない。
私はMG製のトランスミッションを慎重に1速に入れ、ブリドリントンに次いで世界で二番目に美しい場所であるブレコンビーコンズへと向かった。するとすぐに私の後ろに大渋滞が発生した。その列の中にはフェントのトラクターやゴミ収集車をはじめとして外国製の車がたくさんいた。
ウーズレーはスピードという概念とは無縁なのだが、気に病む必要はない。目的地に早く到着して何か良いことがあるのだろうか。速さとは国際的な概念だ。ダウンロードスピード。テイクアウトコーヒー。追い越し車線。そんなものは我々には必要ない。
それに、どちらにしてもこの車には面白いものがたくさんある。端に緑色のライトの付いたウインカーレバーも付いている。何故緑なのかはよく分からない。イスラム教徒的でもある。
操作系は非常に頑丈そうだ。ワイパースイッチを取り付けた男はきっと、バーミンガム訛りで、ブラウンの既製のコートを着用し、昔ながらのイギリスのコメディアンが大好きなのだろう。使おうとしたら取れてしまったのも彼の小粋なユーモアに違いない。
1.5Lエンジンは高速ギア(4速)に入れても力強く、トルクがあることが伺える。ただし、トルクという言葉はフランス的なのでこれ以上使うべきではないだろう。
数km走ったあと、景色を楽しむために路肩に車を停めようとしたのだが、ブレーキ(基本的には牛乳瓶の蓋と変わらない)が弱すぎて止まれず、結局、数km先のコスタ・コーヒーの駐車場でようやく止まることができた。
そこでは正統派のサンドイッチと正統派のソーセージを使ったソーセージロールを楽しんだ。外国産の鬱陶しいハーブなんかは入っていなかった。デザートにはよく曲がったバナナを食べた。イギリスのバナナはこうあるべきだ。
ジェレミー・ヴァインの意見はどれも的を射ているので、彼のラジオ番組を聴きたかったのだが、残念なことにウーズレーにはスピーカーこそ一つあったものの、ラジオは装備されていなかった。それに、ヒーターも装備されていなかった。
これが、今のイギリスの生活だ。これが、有権者の過半数が望んだものだ。昔ながらのイギリスだ。
こんなことを言うのは気が引けるのだが、私はこの国に、もっと別の道を歩んでほしいと願っていた。なので、次回はアルファ ロメオ・ジュリア クアドリフォリオの試乗記事を書くつもりだ。
そんな私に嫌悪感を覚えるのであれば、代わりにサンデー・エクスプレスを読んだほうがいいだろう。こちらにはきっと新型ヒルマンの試乗記事が載っているはずだ。
The Clarkson Review: 1957 Wolseley 1500 Mk 1
今回紹介するのは、2016年に書かれたウーズレー・1500 Mk1(1957年式)のレビューです。

私はとんでもない愚か者だった。私は20余年にわたってドイツや日本などで作られた外車について語ってきた。過給器や最新の軽量素材について夢中で語ってきた。ルーマニアのトランスファガラシャン・ハイウェイで700馬力のフェラーリに試乗したこともある。
愚かにも私は、こうすることで視聴者の興味を惹くことができると考えていた。ソーシャルメディアや格安航空会社や外資系ファストフード店などの台頭により、視聴者は国際色に染まっているものだと考えていた。洗練された広い視野を持っているものだと思っていた。
しかしながら、その考えは間違っていたようだ。EU離脱の是非を問う国民投票の結果を見れば、イギリス人が求めているものは昔と何ら変わっていないことが理解できる。白黒テレビも、取っ手付きのパイント・グラスも、プローンカクテルクリスプも、インスタントコーヒーも、食前のパイナップルジュースも、赤ら顔の警官も、赤い電話ボックスも、ポーランド語に対する嫌悪感も、どれも変わらずイギリス人の生活に根付いているようだ。
そんなイギリス人にとって、車で外出する用事といえば、年に1回ブリドリントンに行くことくらいしかなく、そこへの道だってちゃんと覚えている。そう考えると、イギリス人にはトルクベクタリングディファレンシャルもナビゲーションシステムも必要ないだろう。ラウンドアバウトやT字路でドイツ人の作り出した警告音を聞く必要もない。イギリス人は誰もが最高の時代(ただし肺炎が蔓延していたことは唯一の汚点だ)である1950年代の再来を求めている。
フランス車であるルノーに興味を持つ人間などいないはずだ。それに、ちゃんと前に進むギアのある車が必要なのだから、フィアットを購入しようという人もいないはずだ。私が先日試乗した車こそ、イギリス人が求めている車だ。その車とは、EU離脱後のイギリスのシンボル、ウーズレー・1500だ。
外国製の今の車と比べるとあまり速くはない。0-100km/h加速は24.4秒とかなり遅い。ただし、最高速度は126km/hだ。王のもとにあるこの公正な島国では、必要な速度は最高でも110km/hなのだから、126km/hもあれば十分だ。
当然、ドイツのアウトバーンではウーズレーなど使いものにならないのだが、イギリス人がドイツに行くことなどありえないので問題はない。イギリス人はドイツが憎くてたまらない。ロンドン大空襲、ヒトラー、バトル・オブ・ブリテンなどなど、積年の恨みを忘れられるはずがない。
また、現代の基準で考えるとウーズレーの操作性はかなり悪い。ステアリングとタイヤの間にはまるで固まりきっていないセメントが詰まっているかのようだし、ロールの量は危険なレベルだ。
しかし、そんなことを気にする必要がどこにあるのだろうか。車の走りを楽しむなど品がないし、それこそ外国人的だ。もし走りが気になるのであれば、ライレー・1.5を購入することもできる。これは基本的にはウーズレーと同じ車なのだが、スポーティーなサスペンションや2つのキャブレターが付いている。ただし、この車にはフランスの血が入っているため、イギリス人には相応しくないだろう。
ウーズレーとの旅はウェールズから始まった。ウェールズは良い。共産主義者の溢れるスコットランドよりよっぽどましだ。宿泊したホテルは本物のパンを使ったトーストに英国式のポーチドエッグを載せた飾り気のない料理を提供してくれた。
ホテルの向かいには魅力的なワンピース水着を販売しているアパレル店があった。その水着を着たマネキンを見ていると、恥ずかしながら性的興奮を覚えてしまった。
なので私は急いで車に乗り込んだ。その車は魅力的なグレーだった。シートはレザーで覆われ、ダッシュボードは木目で、まさしく正統派だった。ドア周辺にはわずかに赤い布地も使われており、おかげで荘厳な印象も受けた。プラスチックなどの共和的で信用ならない素材は当然使われていなかった。
この車からは故郷の匂いがした。木目に囲まれた校長室の匂いだ。理不尽に叱られる生徒たちの涙が染み込んだカーペットがふと思い出された。あの頃は良かった。湿っていて、憂鬱で、そして素晴らしい時代だった。
視界は全方向にわたって良好で、リアシートには子供を2人乗せることができる。夫婦が持つべき子供は2人だ。カトリックは17人が良いと主張するだろうが、それは間違っている。ありえない。
私はMG製のトランスミッションを慎重に1速に入れ、ブリドリントンに次いで世界で二番目に美しい場所であるブレコンビーコンズへと向かった。するとすぐに私の後ろに大渋滞が発生した。その列の中にはフェントのトラクターやゴミ収集車をはじめとして外国製の車がたくさんいた。
ウーズレーはスピードという概念とは無縁なのだが、気に病む必要はない。目的地に早く到着して何か良いことがあるのだろうか。速さとは国際的な概念だ。ダウンロードスピード。テイクアウトコーヒー。追い越し車線。そんなものは我々には必要ない。
それに、どちらにしてもこの車には面白いものがたくさんある。端に緑色のライトの付いたウインカーレバーも付いている。何故緑なのかはよく分からない。イスラム教徒的でもある。
操作系は非常に頑丈そうだ。ワイパースイッチを取り付けた男はきっと、バーミンガム訛りで、ブラウンの既製のコートを着用し、昔ながらのイギリスのコメディアンが大好きなのだろう。使おうとしたら取れてしまったのも彼の小粋なユーモアに違いない。
1.5Lエンジンは高速ギア(4速)に入れても力強く、トルクがあることが伺える。ただし、トルクという言葉はフランス的なのでこれ以上使うべきではないだろう。
数km走ったあと、景色を楽しむために路肩に車を停めようとしたのだが、ブレーキ(基本的には牛乳瓶の蓋と変わらない)が弱すぎて止まれず、結局、数km先のコスタ・コーヒーの駐車場でようやく止まることができた。
そこでは正統派のサンドイッチと正統派のソーセージを使ったソーセージロールを楽しんだ。外国産の鬱陶しいハーブなんかは入っていなかった。デザートにはよく曲がったバナナを食べた。イギリスのバナナはこうあるべきだ。
ジェレミー・ヴァインの意見はどれも的を射ているので、彼のラジオ番組を聴きたかったのだが、残念なことにウーズレーにはスピーカーこそ一つあったものの、ラジオは装備されていなかった。それに、ヒーターも装備されていなかった。
これが、今のイギリスの生活だ。これが、有権者の過半数が望んだものだ。昔ながらのイギリスだ。
こんなことを言うのは気が引けるのだが、私はこの国に、もっと別の道を歩んでほしいと願っていた。なので、次回はアルファ ロメオ・ジュリア クアドリフォリオの試乗記事を書くつもりだ。
そんな私に嫌悪感を覚えるのであれば、代わりにサンデー・エクスプレスを読んだほうがいいだろう。こちらにはきっと新型ヒルマンの試乗記事が載っているはずだ。
The Clarkson Review: 1957 Wolseley 1500 Mk 1

全編ジェレミー節炸裂!って感じ、最後まで皮肉でまとめずにちょっと本音が出ちゃったあたりにジェレミーの失望と彼なりの愛国心が見える