今回は、イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェームズ・メイが2009年に英「Telegraph」に寄稿したF1に関する問題をテーマにしたコラム記事を日本語で紹介します。


F1

先週、BBCで経営陣との定例会議があったのだが、そこで私は独創的な新番組のアイディアを発表した。それは最高のファミリー・エンターテインメント番組であり、スチュアート・ホールを引退に追いやるほどの魅力がある。番組名は「カールスバーグオリンピック」だ。

最近、アスリートが不正薬物使用で糾弾される事件が多く、うんざりしている。そもそも、筋力を増強する薬物と栄養満点のバナナの間に明瞭な境界線は存在しないのだから、薬物使用がそれほど悪いことだとは思えない。それに、警察にとっても薬物事案というのは扱いづらい問題だろう。なので、それくらい見逃したらどうだろうか。

カールスバーグオリンピックでは通常の競技を行うのだが、選手は競技を行う前にカールスバーグのスペシャルビールを8缶飲まなければならない。酔っぱらいが棒高跳びのような競技を行えば、きっとかなりの視聴率が取れるはずだ。

しかし、熟考の末、このアイディアに改善の余地があることに気付いた。その後、1週間NASAの取材を行ったのだが、その経験から、選手ではなく会場を変えたほうがいいという結論が出た。

NASAは2020年に再び月に行くという計画を立てている。月に行けばさまざまな科学的疑問を解決することができるだろうし、貴重な物質を発見することもできるかもしれないし、アーサー・C・クラークが言っているように、月は宇宙への第一歩だ。

なにより、月の重力は地球の6分の1しかない。つまり、優秀な棒高跳び選手が月に行けば、とんでもない跳躍を披露してくれるはずだ。密封し、適切な気圧を保ち、酸素の供給体制を整えたスタジアムを月に建設することができれば、アスリートたちは1Gの枷から解き放たれたうえで、深呼吸をして競技に臨むことができる。きっとこの「ルナリンピック」は、古代ローマ人がチルコ・マッシモで開いた競技大会以来の革新的なスポーツ大会になるだろう。

続いて、F1についても考えてみた。かつて、まだ少しの技術的な無秩序が許されていたような時代は、面白いものがたくさんあった。スペースフレームやミッドシップエンジン、ウイング、スカート、ターボ、ファンカーなどがそうだ。しかし、いずれもやがては禁止されるか規制されるようになった。そうして、F1は技術を自由に使うことのできる競技から、戦術的で政治的な争いへと変貌していった。

そんなことで行き詰まるくらいなら、物理的側面から変えてしまえばいい。ここで私は月面グランプリの開催を提案したい。宇宙服を着たドライバーたちが戦うことで、人類の進歩の道が開けるのではないだろうか。

月面ではレーシングカーの車重が地球の6分の1になるのだが、当然ながら体積は(そして慣性力も)変わらないので、コーナリングが面白いことになるはずだ。コーナリングという概念は、これまでずっと1Gに縛られてきた。その83.3%がなくなれば、車の設計は大きく変わることだろう。

空気が存在しないので、空力パーツも不必要になる。どんなに巨大なウイングを付けたとしても、月面では何も変わらない。車を速くすることもなければ、逆に遅くすることもない。月面で内燃機関を動かすことはできないので、月面グランプリは燃料電池車の発展にも大いに寄与することだろう。地球でのレースはガソリンエンジンの発展を促した。月面でのレースはきっと電気モーターの発展へと繋がるだろう。

アポロ計画により既に分かっている通り、月の環境を地球上で再現することはできないので、月の環境を調査するためには実際に月に行くしかない。同様に、月における車の動きを検証するためにも実際に月に車を持っていくしかないので、ポルトガルで試験を行っても無意味だ。つまり、ぶっつけ本番で挑まなければならず、そうなれば開発に必要な予算はむしろ減るので、きっとF1への参加のハードルは下がることだろう。

いずれ、人類が月でフィアット・パンダのような車に乗る日が来るかもしれない。月でレースを行えば、そんな日が来るのが近い未来の話になるかもしれないし、そうなればF1は車の技術開発の礎となるはずだ。これこそがF1のあるべき姿なのではないだろうか。

そんな話をヒューストンのとある科学者にしてみたのだが、反応はあまり芳しくなかった。


James May's greatest hits: my version of the Olympics would be out of this world