イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれたアウディ・TT 2.0 TFSI のレビューです。


TT

とある出版社が密偵を雇って私の伝記を出そうとしている、という噂が昨年メディアをわずかに賑わせた。ここで少し冷静になって、誰かが自分についての本を一冊書くような状況を想像してみてほしい。その本の中には、自分の友人、自分の敵についてあらゆることが書かれるはずだ。自分が恋人と一夜を過ごした時の表情さえ暴露されてしまうかもしれない。

それはとんでもなく恐ろしい話だ。それどころか、ひょっとしたら捨てたはずのゴミを漁られてしまうおそれさえある。あるいは、家に侵入され、ノートパソコンを盗まれてしまうかもしれない。私は医学用語で言うところの「不安」を感じるようになった。私の閲覧したウェブサイトから私の食べたベイクドビーンズの銘柄まで、すべて知り尽くしている人がいるのではないかと怯えるようになった。

しかし、今年の初めには嬉しいニュースがあった。あらゆる石の下まで調べ尽くした結果、私の伝記はお蔵入りになったことが報じられた。その時、私はとても安心した。ただ、その理由には納得がいかなかった。お蔵入りになった理由は、私が退屈な人間だったからだそうだ。

私は激怒した。しかし、すぐにその気持ちは収まった。以前にも私について書かれた本はあったのだが、それを読むと私が退屈な人間だと認めざるをえない。私は普通に生まれ、普通に成長し、普通に仕事に就いて、普通に子供を作った。それだけだ。私はそこらへんの水たまりと同じくらいに退屈な人間だ。

もし、辞書で私の名前を調べたら、「ありふれた」という定義が出てくるだろう。Wikipediaで私を調べてみると、実際に「木に車をぶつけたことがある」という記述がある。46年間生きてきた私なのだが、私の人生で特筆すべきことといえばそれくらいしかない。

なので、同性愛者しかいないオートバイのアクロバット走行チームでも作ろうと決意した。高純度コカインを大量に摂取し、裸になって南アメリカを横断しようと思う。これは、アウディ・TTに乗って思いついたアイディアだ。

ここからはアウディ・TTの伝記だ。EC1地域に住むスカッシュ好きなら、ドムという名前の人なら、ハービー&ハドソンでシャツを買うような人なら、『アメリカン・サイコ』こそが最高の小説だと思っている人なら、きっと興味を持って読んでくれるだろう。

1995年に発表された初代TTはライクラのスポーティーな下着を穿いただけの4WDのゴルフに過ぎなかった。テリー・ウォーガンにサイクリングウェアを着せただけで、ツール・ド・フランスで勝てると考えるような話だ。そんなことなどありえない。

1999年のプレスイベントでTTに初めて乗った時の話をしよう。もっとも、その時はかなり酔っ払っていたので何も覚えていない(これでも私は退屈な人間なのだろうか)。ただ、ハンドリングが緩慢だと指摘したとき、アウディの担当者がかなり動揺していたことは覚えている。

しかし、私の指摘は間違っていた。緩慢どころの話ではなかった。危険なレベルだった。実際、事故やちょっとした人死にもあり、リコールされて再び販売された。こんなことがあれば評判は落ちそうなものなのだが、 特にイギリスの人間はそんなことなど気にせず、イギリスはTTの最大の市場となった。

年を経るごとに様々なバリエーションが登場した。前輪駆動のモデルも出たし、150馬力のモデルも出たし、ソフトトップモデルも出たし、フォルクスワーゲンの優秀なDSGを採用したモデルも出た。しかし、緩慢さがなくなることはなかった。TTを運転して楽しんだことは一度としてない。誓ってもいい。

マン島TTレースの名前を冠し、バウハウスのデザインを備えた車の走りに生気がないのは本当に悲しいことだ。

新型TTも一見すると期待できそうにない。新型のベースとなっているのは現行型のゴルフなので、初代のベースよりは圧倒的にましだろうが、宣伝文句はデザインに関する戯言だらけだ。

ボンネットは延長され、よりアグレッシヴになった。ボディはより低く、長くなり、よりアグレッシヴとなっている…。カタログにはそんな表現が延々と続いていてうんざりしてしまった。実際のところ、見た目は旧型TTとほとんど変わっていない。

ただし、走りは旧型とはまったく違う。ステアリングには命が吹き込まれ、道路とちゃんと繋がっていることが体感できる。エンジンは抑えが効いた雄叫びをあげ、まるでアクセルを踏み込んで欲しがっているかのようだ。アクセルを離してコーナーにターンインすると、…なんだこれは。どうしてこれほどまで見事にリアが滑るのだろうか。まるでダーシー・バッセルのようだ。

この走りは細かい工夫によって実現している。制限速度をオーバーした時にせり上がってくる小型スポイラー。低いドライビングポジションによる重心の低さ。それに、この車はなんと前後で材質がまったく違う。前方はサスペンションも含めてすべてアルミニウム製で、後方はすべてがスチール製だ。

2種類の材質を接着させるのは簡単なことではない。しかし、この結果ははっきりと現れている。新型は従来型よりも50kg以上軽くなっており、重量配分も改善している。限界域ではこの違いをはっきりと感じ取ることができる。

勘違いしないでほしいのだが、私が乗ったのはV6のクワトロではない。私が試乗したのはエントリーモデルである2Lターボの前輪駆動車だ。この価格は2万6,000ポンドだ。

この車にはパドルシフト変速のトランスミッションが採用されており、アウディはこれをSトロニックと呼称している。しかしどうしてだろうか。DSGと呼ぶことになんの問題があるのだろうか。「私は猫を飼っているが、犬と呼ぶことにする」と言うような話だ。

試乗車にはオプションのマグネティックサスペンションも装備されていた。眠らないで読んでほしいのだが、簡単に言えば、ショックアブソーバー内の流体に鉄粉が混ぜられており、電流が流れると鉄粉の挙動が変化する構造となっている。これを設計した人間に是非とも会ってみたい。きっと彼は不眠症の治療の鍵を握っているに違いない。

普通のサスペンションのモデルにまだ試乗していないので違いはよく分からないのだが、磁気を帯びた鉄粉を搭載したTTのコーナリング性能は高く、アウディとしては当然なのだが、乗り心地も素晴らしかった。硬くはあるのだが、旧型モデルと違ってバタつくことはなくなっている。

いくつか問題点についても書くことにしよう。リアシートはこの車を製造している工場の従業員同様、明らかに使いものにならない。決して使われることのないシートの生地を縫うことに人生を費やすことに何の意味があるのだろうか。それに、使われることのないシートを覆うためだけに死ぬ牛もいる。意味のない殺戮だ…。

トランクも広くない。ただ、こんなことを気にするような人はゴルフを購入すべきだ。それより問題なのは、フロントのグリップがわずかに足りていない点だ。今回はアルファのブレラと一緒に試乗したのだが、アルファにも問題点は数多くあったものの(最大の問題点は馬力の完全なる欠如だ)、グリップの問題はなかった。

ブレラは見事にコーナーにターンインしてそのまま曲がっていく一方で、アウディは滑ってそのまま茂みに突っ込んでしまう。これはタイヤの銘柄を良いものに変えるだけで解決するはずだ。ディーラーにどれだけ嫌がられたとしても、タイヤの銘柄は自分で選択するべきだ。

それ以外の問題点は価格くらいしか思いつかない。同じくらい魅力的で、ただ燃費は圧倒的に悪いマツダ・RX-8はこれよりも4,600ポンドほど安い。

TTに惚れることはできなかった。嫌いだったものと見た目の似たものを好きになることなどできるはずがない。ただ、この車を運転するのは楽しかった。

旧型からの変更点は微妙で小規模なもののように思えるかもしれないが、その効果は絶大だ。

新型TTは言うなれば同性愛者しかいないオートバイのアクロバット走行チームを結成した私だ。私であることに変わりはないのだが、前よりもずっと面白い人間になっているはずだ。


Audi TT 2.0T