イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、フォード・フォーカスRSのレビューです。

スペインで行われた新型フォーカスRSの発表会に招待されたメディアによると、フォーカスRSは史上最高の車であり、ひょっとしたらそれ以上の存在かもしれないそうだ。彼らはさまざまな言葉を駆使して、この車が新たなる神の子であることを表現しようとした。
いわく、31,000ポンドの車でありながら、100万km/hで走ることもでき、5ドアハッチバックでありながら、ドリフトモードも付いているそうだ。圧倒的な速度と圧倒的な快適性を両立しているそうだ。千の言葉を尽くしたことで、読者もこの車の壮絶さを理解しはじめる。キリストの再臨がどのような形で起こるのかは誰も知らないのだから、新たな神の子がワイパーの付いた姿で登場しても何らおかしくはない。
しかし、評論家とはえてしてあてにならない。映画評論家たちはこぞって『それでも夜は明ける』が傑作だと評していたのだが、実際は違った。『ダラス・バイヤーズクラブ』も同様だ。マシュー・マコノヒーが飲んでいた痩せ薬の冗長な広告としか思えなかった。
新作映画『バットマン vs スーパーマン』の評価にも納得がいかない。評論家は口を揃えて駄作だと言っているのだが、それは間違っている。駄作どころの騒ぎではない。
要するに、映画業界において、映画評論家など迷惑以外のなにものでもない。評論家のせいで、観客がただ「楽しかった」と思って劇場を去ることはない。「前評判ほどは良くなかったな」と思って劇場を去っていく。そしてこれが、フォード・フォーカスRSの話に繋がる。
既に何度か書いてきたことなのだが、覚えていない人(要するに私のような50代の人たち)のためにもう一度書こう。フォードは現在、過去のブランドイメージとの決別を宣言する広告キャンペーンを展開している。言うまでもなく、ここでいう過去とは、凡庸の代表格だったモンデオのことだ。
しかし、ここには危険な落とし穴がある。我々の世代の人間が「フォードが過去と決別する」と聞けば、エスコート メキシコとも、ロータス・コーティナとも、3Lのカプリとも、RS200とも、GT40とも、シエラRSコスワースとも、コーティナ1600Eとも、XR3iとも決別しなければならないのではないかと考えてしまう。フォードが他のどんなメーカーよりも、フェラーリよりも多くの名車を生み出してきたという歴史とも決別しなければならないということなのだろうか。
1990年代初頭、私はエスコートRSコスワースを所有していた。この車は誰の目から見ても歴史的な名車だ。この車の人気の理由はターボエンジンや四輪駆動システムの実力でも派手なリアスポイラーでもない。エスコートRSコスワースは労働者階級の英雄であり、貴族を脅かすブルーカラーの暴れん坊だった。5倍も6倍も高価なスーパーカーに追いつき、時に追い越すことすらできた。
しかし、エスコート コスワースの販売終了以降、フォードは迷走しはじめた。GTとフィエスタSTという例外を除いて優秀な車を作らなくなり、利益を最優先するようになってしまった。
しかし、どんな自動車メーカーにも広告塔となる車が必要だ。新型ハッチバックのテールランプを作りたくて会社に入るデザイナーや技術者など存在しない。世界をあっと言わせるような車の開発に関わりたくて会社に入ったはずだ。
フォードは長らく、フォーカスを会社の広告塔にしようとしてきた。ディファレンシャルやレボナックルサスペンションを採用することで、FF車でも大パワーに対処できることを証明しようとしてきた。しかし、車好きの心に火をつけることはなかった。我々は四輪駆動を採用しない本当の理由を知っていた。四輪駆動にするためには車の中身を大きく作り替えなければならず、そのためには設備投資も必要となる。それではコストがかかりすぎる。

しかし、新型フォーカスRSの開発にあたって、フォードは険しい道程を選んだ。財務担当者を倉庫に監禁し、設備投資を強行して4WDシステムを採用した。100m走っただけで、この車が特別であると理解できる。ハウンズローのラウンドアバウトをジェームズ・メイのスピードで走ったとしても、普通の車より凄いということが理解できる。まるで日産・GT-Rのような感覚だ。
これはそんじょそこらの4WDシステムではない。この上ないほどに先進的な技術を使っている。どこかの倉庫でフォードの財務担当が叫んでいることだろう。
それに比べるとエンジンは見劣りする。搭載されるのはマスタングの低級グレードに使われているのと同じ2.3LのEcoBoostなのだが、ヨーロッパでチューニングされ、最高出力は350PSまで増加している。スペックではメルセデスAMG A45に劣ってしまうのだが、フォーカスRSのほうが圧倒的に安い。
それに、いずれにしても350PSもあれば背中を突くような加速を体感できるし、ボンネットからは庶民の雄叫びが聞こえてくる。スポーツモードにすれば排気管からもうなり声が聞こえる。もしこの車が喋ったとしたら、きっとジョン・テリーのように話すだろう。
面白いことに、先進的な4WDシステムを有する一方で、トランスミッションは古典的な6速MTだ。それに、パーキングブレーキは標準的なサイドブレーキなので、駐車場でスピンターンをすることもできる。
すべて総合すると、評論家が言うように、これは非常に楽しい車だ。半値で買える日産・GT-Rだ。しかし、ドリフトモードにして他の評論家たちが遊んでいるのを横目に見ながら、私はこの車の欠点について考えてみた。
ノーマルモードでも垂直方向の揺れが激しく、かなり鬱陶しい。着座位置が高すぎるため、車の中に座っているというよりも、車の上に座っているような気分だった。それに、満タンにしても400kmしか走れないし、ワイパーの振動も酷い。そういえば、ダッシュボードにあったiPhone置き場は便利だった。ただし、急加速するとiPhoneが飛び出して床に落下してしまう。
それに、標準で選べる色は1色しか存在しない。「ステルス」という名の灰色だ。しかし、この車にステルス的な要素など一切存在しない。音はやかましいし、エアロパーツはド派手だ。ステルスを求めるような人はもっと地味なフォルクスワーゲン・ゴルフRを選ぶだろう。
これは賢明な選択だ。ゴルフにはドリフトモードも超絶的なコーナリング性能もないため、加速するたびに携帯電話が落ちることもないし、友人から変人扱いされることもない。
というわけで、ここまでで私がお送りしたのは、神の子に対する公正な評価だ。いくつか欠陥があるので、別のものを選んだ方がいいと書いておく。
そうすれば、読者が前評判を真に受けて過剰な期待をすることもなくなるだろうし、実際に試乗してこの車のことを気に入ることもあるだろう。
The Clarkson Review: 2016 Ford Focus RS
今回紹介するのは、フォード・フォーカスRSのレビューです。

スペインで行われた新型フォーカスRSの発表会に招待されたメディアによると、フォーカスRSは史上最高の車であり、ひょっとしたらそれ以上の存在かもしれないそうだ。彼らはさまざまな言葉を駆使して、この車が新たなる神の子であることを表現しようとした。
いわく、31,000ポンドの車でありながら、100万km/hで走ることもでき、5ドアハッチバックでありながら、ドリフトモードも付いているそうだ。圧倒的な速度と圧倒的な快適性を両立しているそうだ。千の言葉を尽くしたことで、読者もこの車の壮絶さを理解しはじめる。キリストの再臨がどのような形で起こるのかは誰も知らないのだから、新たな神の子がワイパーの付いた姿で登場しても何らおかしくはない。
しかし、評論家とはえてしてあてにならない。映画評論家たちはこぞって『それでも夜は明ける』が傑作だと評していたのだが、実際は違った。『ダラス・バイヤーズクラブ』も同様だ。マシュー・マコノヒーが飲んでいた痩せ薬の冗長な広告としか思えなかった。
新作映画『バットマン vs スーパーマン』の評価にも納得がいかない。評論家は口を揃えて駄作だと言っているのだが、それは間違っている。駄作どころの騒ぎではない。
要するに、映画業界において、映画評論家など迷惑以外のなにものでもない。評論家のせいで、観客がただ「楽しかった」と思って劇場を去ることはない。「前評判ほどは良くなかったな」と思って劇場を去っていく。そしてこれが、フォード・フォーカスRSの話に繋がる。
既に何度か書いてきたことなのだが、覚えていない人(要するに私のような50代の人たち)のためにもう一度書こう。フォードは現在、過去のブランドイメージとの決別を宣言する広告キャンペーンを展開している。言うまでもなく、ここでいう過去とは、凡庸の代表格だったモンデオのことだ。
しかし、ここには危険な落とし穴がある。我々の世代の人間が「フォードが過去と決別する」と聞けば、エスコート メキシコとも、ロータス・コーティナとも、3Lのカプリとも、RS200とも、GT40とも、シエラRSコスワースとも、コーティナ1600Eとも、XR3iとも決別しなければならないのではないかと考えてしまう。フォードが他のどんなメーカーよりも、フェラーリよりも多くの名車を生み出してきたという歴史とも決別しなければならないということなのだろうか。
1990年代初頭、私はエスコートRSコスワースを所有していた。この車は誰の目から見ても歴史的な名車だ。この車の人気の理由はターボエンジンや四輪駆動システムの実力でも派手なリアスポイラーでもない。エスコートRSコスワースは労働者階級の英雄であり、貴族を脅かすブルーカラーの暴れん坊だった。5倍も6倍も高価なスーパーカーに追いつき、時に追い越すことすらできた。
しかし、エスコート コスワースの販売終了以降、フォードは迷走しはじめた。GTとフィエスタSTという例外を除いて優秀な車を作らなくなり、利益を最優先するようになってしまった。
しかし、どんな自動車メーカーにも広告塔となる車が必要だ。新型ハッチバックのテールランプを作りたくて会社に入るデザイナーや技術者など存在しない。世界をあっと言わせるような車の開発に関わりたくて会社に入ったはずだ。
フォードは長らく、フォーカスを会社の広告塔にしようとしてきた。ディファレンシャルやレボナックルサスペンションを採用することで、FF車でも大パワーに対処できることを証明しようとしてきた。しかし、車好きの心に火をつけることはなかった。我々は四輪駆動を採用しない本当の理由を知っていた。四輪駆動にするためには車の中身を大きく作り替えなければならず、そのためには設備投資も必要となる。それではコストがかかりすぎる。

しかし、新型フォーカスRSの開発にあたって、フォードは険しい道程を選んだ。財務担当者を倉庫に監禁し、設備投資を強行して4WDシステムを採用した。100m走っただけで、この車が特別であると理解できる。ハウンズローのラウンドアバウトをジェームズ・メイのスピードで走ったとしても、普通の車より凄いということが理解できる。まるで日産・GT-Rのような感覚だ。
これはそんじょそこらの4WDシステムではない。この上ないほどに先進的な技術を使っている。どこかの倉庫でフォードの財務担当が叫んでいることだろう。
それに比べるとエンジンは見劣りする。搭載されるのはマスタングの低級グレードに使われているのと同じ2.3LのEcoBoostなのだが、ヨーロッパでチューニングされ、最高出力は350PSまで増加している。スペックではメルセデスAMG A45に劣ってしまうのだが、フォーカスRSのほうが圧倒的に安い。
それに、いずれにしても350PSもあれば背中を突くような加速を体感できるし、ボンネットからは庶民の雄叫びが聞こえてくる。スポーツモードにすれば排気管からもうなり声が聞こえる。もしこの車が喋ったとしたら、きっとジョン・テリーのように話すだろう。
面白いことに、先進的な4WDシステムを有する一方で、トランスミッションは古典的な6速MTだ。それに、パーキングブレーキは標準的なサイドブレーキなので、駐車場でスピンターンをすることもできる。
すべて総合すると、評論家が言うように、これは非常に楽しい車だ。半値で買える日産・GT-Rだ。しかし、ドリフトモードにして他の評論家たちが遊んでいるのを横目に見ながら、私はこの車の欠点について考えてみた。
ノーマルモードでも垂直方向の揺れが激しく、かなり鬱陶しい。着座位置が高すぎるため、車の中に座っているというよりも、車の上に座っているような気分だった。それに、満タンにしても400kmしか走れないし、ワイパーの振動も酷い。そういえば、ダッシュボードにあったiPhone置き場は便利だった。ただし、急加速するとiPhoneが飛び出して床に落下してしまう。
それに、標準で選べる色は1色しか存在しない。「ステルス」という名の灰色だ。しかし、この車にステルス的な要素など一切存在しない。音はやかましいし、エアロパーツはド派手だ。ステルスを求めるような人はもっと地味なフォルクスワーゲン・ゴルフRを選ぶだろう。
これは賢明な選択だ。ゴルフにはドリフトモードも超絶的なコーナリング性能もないため、加速するたびに携帯電話が落ちることもないし、友人から変人扱いされることもない。
というわけで、ここまでで私がお送りしたのは、神の子に対する公正な評価だ。いくつか欠陥があるので、別のものを選んだ方がいいと書いておく。
そうすれば、読者が前評判を真に受けて過剰な期待をすることもなくなるだろうし、実際に試乗してこの車のことを気に入ることもあるだろう。
The Clarkson Review: 2016 Ford Focus RS