今回は、ジェレミー・クラークソンが2012年に英「Top Gear」に寄稿した、BMW M3 GTSとメルセデス・ベンツ C63 AMG ブラックシリーズの比較試乗レポートを日本語で紹介します。

今回の主題はBMW M3 GTSとメルセデス・ベンツ C63 AMG ブラックシリーズだ。いずれもドイツ製の2ドアクーペだ。いずれも普通の車をベースとしており、強化され、車高が低くなっている。いずれも騒々しく、いずれも10万ポンドを超え、いずれも圧倒的に速く、いずれも光速の7速トランスミッションを持ち、そしていずれも見事な車だ。
ここまで読んで、2台が似たような車だと考える人もいるだろう。しかし2台は中国の出前とインドの出前くらい違う。いずれもアジア料理だし、いずれもスクーターで配達されるし、翌朝に少し具合が悪くなるかもしれないという点まで同じだ。しかし両者はまったく異なる。
ここで自分の立場を明らかにしておく必要がある。私はCLKブラックに乗っている。これはとんでもない車だ。目にも耳にもやかましく、真面目でありながら馬鹿でもある。私はこの車が大好きだ。しかし、この車には腹立たしい欠点がある。ガソリンを満タンにしてもロンドンと家を往復することはできない。オーディオシステムは最悪だ。フルスロットルはほぼ不可能だし、乗り心地の酷さは我慢できるものではない。あまりに欠点が多いので、ここ数ヶ月、M3に乗り換えることを真剣に検討している。
つまり、私はどちらに肩入れするつもりもないし、対決の結果を個人的にも楽しみにしている。
まずはBMWに乗ることにしよう。この中身は通常のM3とはまったく違う。ステアリングのセッティングも変更されているし、サスペンションも排気系も変更されている。インテリアも変更されており、リアシートはロールケージに置き換わり、窓はガラスではなくアクリル製になっている。
エンジンは4.4LのV8なので、出力も、トルクも、それにスピードも向上している。BMWによると、0-100km/h加速は4.4秒だそうだ。最高速度は306km/hを誇る。
ではメルセデスはどうだろうか。ベースのC63 AMGからの変更点はM3 GTSとさほど変わらない。軽量化。足回りの強化。座席の削減。出力向上。しかし、違いもある。ベースとなるC63 AMG自体の最高出力がM3 GTSよりも30PS以上優れた487PSなのに、ブラックシリーズの最高出力はさらに向上して517PSとなっている。スペインのアスカリレーストラックでは標準のM3が標準のC63に5秒の差をつけて勝利している。しかし、M3 GTSとC63ブラックを対決させたら、結果は真逆になると思う。ブラックはほとんど狂っている。
ただし、数字やスペックに惑わされてはいけない。トレッドは拡大しているし、カーボンファイバー製の空力パーツやアジャスタブルダンパー、軽量ピストン、高性能デフ、カーボンセラミックブレーキなどのモータースポーツアイテムも追加されているのだが、CLKブラック同様、C63ブラックもサーキット向けのマシンではない。
Top Gearテストトラックを4周しただけでタイヤが摩耗して金属が剥き出しになってしまった。わずか4周だ。10kmにも満たない距離を走っただけで、600ポンドのスポーツタイヤが煙と騒音に変わってしまった。

BMWとの違いはそこにある。BMWでもリアを滑らせることはできるのだが、リアを滑らせずに走ることもできる。GTSのほうがずっと正確な感じがする。直進するときも、曲がるときも、そしてなにより止まるときにそれが顕著に感じられる。BMWの車は概してそうなのだが、GTSのブレーキも文句のつけようがない。
エンジン音すらも完璧に調律された楽器のようだ。メルセデスががむしゃらに吠えて煙を上げる一方で、BMWは冷静に音を奏でる。シフトダウン時のブリッピングはなんとも美しく、必要性に駆られなくても、ただその音を楽しむためだけに無駄なシフトダウンをしたくなる。
ステアリングについても語らなければならない。GTSのステアリングは見事だ。普通のM3よりも重く、これまでどんな車でも感じたことのなかったような正確性を有している。かつてのCSL同様、GTSもただの強化版M3だと思っている人もいるかもしれないが、そんなものではない。
メルセデスにはとんでもないパワーがあるが、コーナーではGTSが優勢だ。崇高だ。魅惑的だ。ペットで例えるなら、BMWは猫だ。冷静沈着で抜け目もなく、頭も良い。一方、メルセデスはカバだ。まったくもって狂っており、しっぽを振り回して糞を撒き散らす。
サーキットを走らせる車を選ぶとしたら、圧倒的にBMWが優勢だろう。しかし、ここからが大事なのだが、サーキットを走らせるために、どうしてケータハムやBAC Monoなんかよりもよっぽど重いクーペベースの車を選ぶ必要があるのだろうか。
これがもう一つの問題に繋がる。BMWの本気度に説得力を持たせるため、M3 GTSからはありとあらゆる装備が取り去られている。リアシートだけでなく、ドアポケットも、エアコンも、ナビも、オーディオも。とはいえ、ものにもよるが中にはお金を払わずに取り戻すことができる装備もある。しかし、試乗したモデルはかなりスパルタンだった。ナビも付いていなかったため常に不安がつきまとい、完全に楽しむことはできなかった。
この点、メルセデスは優れている。この車は本気で作られているわけではないので、標準車に付いているような装備はちゃんと付いている。BMWのような身体を切り刻む5点ハーネスではなく、真っ当なシートベルトが付いている。
確かに、しなやかなBMWに対してメルセデスの乗り心地は最悪なのだが、私のCLKにあった多くの問題点(極小の燃料タンク、まともに締められないシートベルトなど)はなくなっている。
日常の足としてメルセデスを使うこともできる。ただし、この場合、一点だけ注意すべきことがある。完璧なドライコンディションで、かつ既に140km/h以上出ている状況でなければ、フルスロットルにしてはいけない。もしそれを守らなければクラッシュしてしまう。
この車はいわば超高価な時計だ。水深900mでも動くのだが、それを確かめようと水深900mまで潜ろうものなら、自分がクルミくらいの大きさまで圧縮されてしまう。
パワーとトルクの存在を自覚しつつも、それを使おうとさえしなければ、クルーズコントロールを使い、クリス・エヴァンスのラジオを聴きながら、助手席に女性を乗せて走ることもできる。そうすればGTSよりもずっと充実した時間を過ごすことができる。

一方のBMには巨大リアスポイラーやカーボンルーフや悪趣味なシートベルトが付いており、周りからはそのドライバーは運転が趣味だと思われてしまう。ご存じの通り、趣味を持っている人間は怪しい。大概は人殺しだ。
ホイールアーチの膨らんだメルセデスも派手だし悪趣味だ。しかし、これはただドライバーを笑顔にするためだけに設計された遊び車だ。
最初に書いたように、この2台はまったく違っている。BMWはマクラーレン・MP4-12Cに近い。非常に優秀なのだが、少し冷静すぎる側面がある。バランスを重視する企業が作り上げた純粋な技術の結晶だ。持っている馬力はすべて使い切ることができる。パワーが無駄になることはない。素晴らしい車だ。
しかし、私ならばメルセデスを選ぶ。日常的に使いやすいというのも一つの理由なのだが、好きな銃を選べと言われたら、私は効率的で洗練されたスナイパー向けのライフルではなく、巨大で騒々しい50口径のマシンガンを選ぶ。
理由は他にもある。標準のM3自体もかなり素晴らしいのに、その2倍の価値があるとは到底思えないGTSに2倍の値段を払うのは馬鹿げているように思う。
しかし、メルセデスは違う。標準のC63は大した車ではないので、ブラックに巨額の追加料金を払うことに抵抗は感じない。そういうことだ。
Clarkson: head to head in the C63 AMG Black and M3 GTS

今回の主題はBMW M3 GTSとメルセデス・ベンツ C63 AMG ブラックシリーズだ。いずれもドイツ製の2ドアクーペだ。いずれも普通の車をベースとしており、強化され、車高が低くなっている。いずれも騒々しく、いずれも10万ポンドを超え、いずれも圧倒的に速く、いずれも光速の7速トランスミッションを持ち、そしていずれも見事な車だ。
ここまで読んで、2台が似たような車だと考える人もいるだろう。しかし2台は中国の出前とインドの出前くらい違う。いずれもアジア料理だし、いずれもスクーターで配達されるし、翌朝に少し具合が悪くなるかもしれないという点まで同じだ。しかし両者はまったく異なる。
ここで自分の立場を明らかにしておく必要がある。私はCLKブラックに乗っている。これはとんでもない車だ。目にも耳にもやかましく、真面目でありながら馬鹿でもある。私はこの車が大好きだ。しかし、この車には腹立たしい欠点がある。ガソリンを満タンにしてもロンドンと家を往復することはできない。オーディオシステムは最悪だ。フルスロットルはほぼ不可能だし、乗り心地の酷さは我慢できるものではない。あまりに欠点が多いので、ここ数ヶ月、M3に乗り換えることを真剣に検討している。
つまり、私はどちらに肩入れするつもりもないし、対決の結果を個人的にも楽しみにしている。
まずはBMWに乗ることにしよう。この中身は通常のM3とはまったく違う。ステアリングのセッティングも変更されているし、サスペンションも排気系も変更されている。インテリアも変更されており、リアシートはロールケージに置き換わり、窓はガラスではなくアクリル製になっている。
エンジンは4.4LのV8なので、出力も、トルクも、それにスピードも向上している。BMWによると、0-100km/h加速は4.4秒だそうだ。最高速度は306km/hを誇る。
ではメルセデスはどうだろうか。ベースのC63 AMGからの変更点はM3 GTSとさほど変わらない。軽量化。足回りの強化。座席の削減。出力向上。しかし、違いもある。ベースとなるC63 AMG自体の最高出力がM3 GTSよりも30PS以上優れた487PSなのに、ブラックシリーズの最高出力はさらに向上して517PSとなっている。スペインのアスカリレーストラックでは標準のM3が標準のC63に5秒の差をつけて勝利している。しかし、M3 GTSとC63ブラックを対決させたら、結果は真逆になると思う。ブラックはほとんど狂っている。
ただし、数字やスペックに惑わされてはいけない。トレッドは拡大しているし、カーボンファイバー製の空力パーツやアジャスタブルダンパー、軽量ピストン、高性能デフ、カーボンセラミックブレーキなどのモータースポーツアイテムも追加されているのだが、CLKブラック同様、C63ブラックもサーキット向けのマシンではない。
Top Gearテストトラックを4周しただけでタイヤが摩耗して金属が剥き出しになってしまった。わずか4周だ。10kmにも満たない距離を走っただけで、600ポンドのスポーツタイヤが煙と騒音に変わってしまった。

BMWとの違いはそこにある。BMWでもリアを滑らせることはできるのだが、リアを滑らせずに走ることもできる。GTSのほうがずっと正確な感じがする。直進するときも、曲がるときも、そしてなにより止まるときにそれが顕著に感じられる。BMWの車は概してそうなのだが、GTSのブレーキも文句のつけようがない。
エンジン音すらも完璧に調律された楽器のようだ。メルセデスががむしゃらに吠えて煙を上げる一方で、BMWは冷静に音を奏でる。シフトダウン時のブリッピングはなんとも美しく、必要性に駆られなくても、ただその音を楽しむためだけに無駄なシフトダウンをしたくなる。
ステアリングについても語らなければならない。GTSのステアリングは見事だ。普通のM3よりも重く、これまでどんな車でも感じたことのなかったような正確性を有している。かつてのCSL同様、GTSもただの強化版M3だと思っている人もいるかもしれないが、そんなものではない。
メルセデスにはとんでもないパワーがあるが、コーナーではGTSが優勢だ。崇高だ。魅惑的だ。ペットで例えるなら、BMWは猫だ。冷静沈着で抜け目もなく、頭も良い。一方、メルセデスはカバだ。まったくもって狂っており、しっぽを振り回して糞を撒き散らす。
サーキットを走らせる車を選ぶとしたら、圧倒的にBMWが優勢だろう。しかし、ここからが大事なのだが、サーキットを走らせるために、どうしてケータハムやBAC Monoなんかよりもよっぽど重いクーペベースの車を選ぶ必要があるのだろうか。
これがもう一つの問題に繋がる。BMWの本気度に説得力を持たせるため、M3 GTSからはありとあらゆる装備が取り去られている。リアシートだけでなく、ドアポケットも、エアコンも、ナビも、オーディオも。とはいえ、ものにもよるが中にはお金を払わずに取り戻すことができる装備もある。しかし、試乗したモデルはかなりスパルタンだった。ナビも付いていなかったため常に不安がつきまとい、完全に楽しむことはできなかった。
この点、メルセデスは優れている。この車は本気で作られているわけではないので、標準車に付いているような装備はちゃんと付いている。BMWのような身体を切り刻む5点ハーネスではなく、真っ当なシートベルトが付いている。
確かに、しなやかなBMWに対してメルセデスの乗り心地は最悪なのだが、私のCLKにあった多くの問題点(極小の燃料タンク、まともに締められないシートベルトなど)はなくなっている。
日常の足としてメルセデスを使うこともできる。ただし、この場合、一点だけ注意すべきことがある。完璧なドライコンディションで、かつ既に140km/h以上出ている状況でなければ、フルスロットルにしてはいけない。もしそれを守らなければクラッシュしてしまう。
この車はいわば超高価な時計だ。水深900mでも動くのだが、それを確かめようと水深900mまで潜ろうものなら、自分がクルミくらいの大きさまで圧縮されてしまう。
パワーとトルクの存在を自覚しつつも、それを使おうとさえしなければ、クルーズコントロールを使い、クリス・エヴァンスのラジオを聴きながら、助手席に女性を乗せて走ることもできる。そうすればGTSよりもずっと充実した時間を過ごすことができる。

一方のBMには巨大リアスポイラーやカーボンルーフや悪趣味なシートベルトが付いており、周りからはそのドライバーは運転が趣味だと思われてしまう。ご存じの通り、趣味を持っている人間は怪しい。大概は人殺しだ。
ホイールアーチの膨らんだメルセデスも派手だし悪趣味だ。しかし、これはただドライバーを笑顔にするためだけに設計された遊び車だ。
最初に書いたように、この2台はまったく違っている。BMWはマクラーレン・MP4-12Cに近い。非常に優秀なのだが、少し冷静すぎる側面がある。バランスを重視する企業が作り上げた純粋な技術の結晶だ。持っている馬力はすべて使い切ることができる。パワーが無駄になることはない。素晴らしい車だ。
しかし、私ならばメルセデスを選ぶ。日常的に使いやすいというのも一つの理由なのだが、好きな銃を選べと言われたら、私は効率的で洗練されたスナイパー向けのライフルではなく、巨大で騒々しい50口径のマシンガンを選ぶ。
理由は他にもある。標準のM3自体もかなり素晴らしいのに、その2倍の価値があるとは到底思えないGTSに2倍の値段を払うのは馬鹿げているように思う。
しかし、メルセデスは違う。標準のC63は大した車ではないので、ブラックに巨額の追加料金を払うことに抵抗は感じない。そういうことだ。
Clarkson: head to head in the C63 AMG Black and M3 GTS