イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ヒュンダイ・i800のレビューです。


i800

マラケシュからワルザザートまでの道は他の追随を許さない最高の道だ。この道にはすべてがある。最初に砂漠を通り、続いて雪の積もるアトラス山脈の松林を抜ける延々と続くヘアピンに入り、どんどんと山を登っていく。

海抜およそ1,800mの最高地点を過ぎると、外国の支援で整備されたおかげで路面はかなり滑らかになり、やがて3速コーナーや4速コーナーが続くようになる。ここはミッション:インポッシブル最新作のバイクチェイスの舞台にも選ばれているのだが、それも当然だろう。危険に溢れたここのコーナーはどれもこの上なく魅力的に感じられた。傾斜は85度ほどあるし、私がここで乗ったのがルーフを下ろしたアルファ ロメオ 4Cだったこともそう感じた理由だ。

しかし、この道路にはいくつか問題がある。その中でも最大の問題が対向車だ。対向車の多くは道路のどちら側を走るべきなのかいまいち把握していない。あるいは、対向車の多くはろくに整備もされていないような古代のルノー・12だったので、ひょっとしたらステアリングが機能していなかったのかもしれない。

長い直線である対向車がトラックを追い越そうと反対車線に出たのだが、私の車に気付いて追い越したらすぐに元の車線に戻るものだと愚かにも思っていた。なので私はブレーキをかけなかった。ところがその車は一向に車線を変えず、ドライバーの間抜け面がはっきり拝めるほどの距離まで突進してきた。

砂漠からやっとの思いで脱出して道路に戻り、3kmほど進んだところでまた同じことが起こった。きっと、モロッコの法律では追い越しをかける車が他のどんな車よりも優先されるのだろう。

肝を冷やしたのは地元住民に対してだけではなかった。モロッコは北アフリカで唯一の海外旅行できる国なので、ヨーロッパのクラシックカークラブの間で人気を博している。つまり、間抜け面の運転するオンボロルノーをうまくかわしたとしても、今度はベルギー人の大男が運転するフラフラ運転のジャガー・Eタイプが現れる。

もっと恐ろしいことも経験した。たとえ140km/hで走っていたとしても、道端から商人が飛び出してきて岩を売りつけようとしてくる。ここの商人は岩しか売っていない。きっとこの僻地の住人は何世代もこの岩を受け継いでいるのだろう。

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祖父はドイツ人が運転する巨大なヒーレーに轢かれてしまい、この岩を売ることができませんでした。父親はルノー・14に轢かれてしまい、この岩を売ることができませんでした。そして私も…

岩なんて道端にいくらでも転がっているのだから、わざわざ観光客が商人に金を払って岩なんか買うはずがない。商人はそれを理解するべきだ。それから、80km/hで走るアルファ ロメオ 4Cの制動距離が1cmではないということも理解するべきだ。

実際のところ、私は対向車のルノーとも爆走するシボレー・コルベットとも事故を起こさなかった。商人を轢くこともなく無事にワルザザートに到着した。この4時間の旅は実に楽しく、かつて私が4Cと恋に落ちた頃の感情が再び湧き上がってきた。

それから2日後にマラケシュまで同じ道を通って戻ることになったのだが、アルファ ロメオに乗ることはできなかった。そのため、同僚のジェームズ・メイとリチャード・ハモンドと一緒にヒッチハイクをして、ヒュンダイ・i800の後部座席に乗ることになった。帰りは行きとはまったく違った。

まずシートについて話そう。私は2列目のシートに座った。ヒュンダイのカタログには航空機のシートと同じくらいに快適だと書かれているはずだ。しかし実際は教会の座席の方が近い。さらに困ったことに、サードシートをしっかりと固定することができなかったため、運転手がブレーキをかけるたびにリチャード・ハモンドがシートバックに激突した。

景色も行きとは違った。私は砂漠が好きだ。広大な砂漠を見ると感激する。しかし、ヒュンダイ・i800からだと、まるで囚人護送車の中から世界を見ているような気分になる。i800にはパワーウインドウも付いていない。元祖ミニのように手動で少し開けることしかできない。しかも、エアコンすら付いていない。

車内は暑く、気分は犯罪者で、リチャード・ハモンドがまた私に攻撃を仕掛けてきたのだが、そんな中、帰りの旅程はかなり長くなりそうだと悟った。i800に搭載されているエンジンの出力はせいぜい4馬力くらいしかないだろう。

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荷物を満載していたわけではない。乗員も5人しかいなかった。しかも、そのうち1人がリチャード・ハモンドであることを考慮すれば、実質4人+ビスケット1箱だ。にもかかわらず、とんでもなく長い直線ですらゆっくり走るトラックを追い越せる力がなかった。

追い越しをかける車のほうが優先だとドライバーに説明してみたのだが、それも信じてもらえず、マラケシュまではまだ時間がかかりそうだった。車酔いしなかっただけ良かったのかもしれない。

体感時間で1ヶ月が過ぎ、これこそが世界最悪の車なのではないかと思い始めるようになった。ただ、リチャード・ハモンドは同意しなかった。
こいつは世界最悪の車なんかじゃない。車どころか、あらゆる物体の中で世界最悪だ。

ひょっとしたら、彼の言葉は正しかったのかもしれない。子供の目に入り込む寄生虫よりも、下痢や嘔吐の蔓延する真夏の軍事基地よりも酷い。ヒュンダイ・i800に乗るくらいなら、ジェームズ・メイの背中にサンオイルを塗ったほうがまだましだ。思うに、これは人生において最悪の4時間だった。

実に苛立たしかった。ヒュンダイはまともな車も作れる。しかし、i800は遅くて退屈で、醜くて最悪な車になることが承知で設計されている。なぜなら、アフリカのタクシードライバーと子供を産みすぎたヨーロッパのカトリックしか買わないような車なので、10km/hしか出せなくても誰も気にしないからだ。

こんな車など、二度と乗るつもりはない。雨が降っていたとしても、午前3時だったとしても、走っているタクシーがi800しかいなければ絶対に乗らない。そこら辺で寝てインフルエンザに罹ったほうがまだましだ。


The Clarkson review: Hyundai i800 SE manual